第12話 溺愛の終わりです

俺は、魔法ポーションを飲んで、「水よ、いでよ」と唱えた。学園の裏手にある花壇に、溢れ出した水を撒く。花は癒されるなあ。そんなことをのんびり考える。水をやっていたら、やたらと魔法蝶がまとわりついてきた。この蝶は、魔力を欲しがるのだ。

 ──自分ではよくわからないけど、どうやら、俺にはレオの匂いがベッタリついているらしい。レオがハイクラスの3年生を病院送りにしたことも話題だ。誰も同じ目に遭いたくないのだろう。そんなわけで、俺の周りはすっかり平和なのである。おかげでゴミ拾いしたり、図書委員を替わったり、色々と善行を積むのに邁進できた。生徒会室でクロフォード先輩の仕事を手伝っていたら、彼が眉を顰めた。

「アルヴィン。氷魔法の匂い……すごいよ」

「えっ」

 俺は、慌てて自身の匂いを嗅いだ。あれから結構日にちが経つけど、まだ匂いが消えないのだろうか。仲がいいんだね、と言うクロフォードは目を細めてこちらを見ている。

「で、でも、今だけですから」

「そうかな。あれだけ独占欲の強い男だからね。誰にも手出しさせなくして、君と結婚するとか言い出したりして」

 俺はその言葉に青くなった。

「俺は男ですよ! だいたい二人とも嫡男だし」

「そんなのなんとでもなるんじゃない? 君を薬で女体化させて孕ませるとか」

 女体化? 俺はその言葉にガタガタと身体を震わせる。姉の同人誌で見たことがある。なぜか男性のキャラクターが女性として描かれるのだ。最近じゃ、男が妊娠するとかいう話も流行りらしい。この世界がBL展開のためになんでもありなんだとしたら……俺、女にされて子供を産まなきゃならないのか。

 俺は男だし、将来の夢だってある。なんでレオにそれを壊されなきゃいけないんだ。俺は、あることを思いついた。──レオの記憶を、消せばいいのだ。俺はごくり、と唾を飲んだ。おそらく、解毒薬も効かずに惚れ薬がこれだけ持続的に効いているのは、記憶が混濁しているからだ。レオが本来好きなのは、エリザベスなんだから。

 俺は、薬房へと向かった。フラスコを手に取ると、忘却薬のレシピが浮かんでくる。その通りに薬を作った。

 慎重に忘却薬を小瓶へと移し替える。あとは、これをレオに飲ませるだけ。魔法瓶に入れたカモミールティーに、忘却薬を入れる。それを手に、レオの部屋へ向かった。

「レオ、いる?」

 ノックしてみたが、返事がない。ドアを開けたら、レオの姿がなかった。どこかに出掛けてるのかな。俺は部屋に入って、ソファに腰かけた。魔法瓶を机の上において、ソファにもたれる。そうしていたら、だんだんうとうとしてきた。衝撃が走った、かと思ったら、いきなり身体がソファから転がり落ちた。いま、蹴られた……のか。

「っ……」

「──俺の部屋で何をしている」

 俺は、ハッとして顔を上げた。レオが無表情でこちらを見下ろしている。久しぶりの冷たい眼差しに、息を飲んだ。いつもの……悪役令息に対する冷酷な目。さりげなく目線を動かしたら、机の上に魔法瓶の蓋が置かれていた。飲んだんだ、忘却薬。持ってきたのは自分なのに、なぜか後悔していた。レオは無言で俺の襟首を掴み上げた。

「っ、ぐ」

「何をしてるかと聞いてるんだ。場合によっては殺す」

「……随分とご挨拶だな。君が俺にここに来いと言ったんだぞ」

「馬鹿馬鹿しい。そんなこと言うはずがない」

 吐き捨てるように告げ、レオは俺を外に放り出した。廊下に尻餅をついた俺は、ノロノロと顔をあげる。言うはずがない、か。こんなものだ、レオの「好き」なんて。よかったじゃないか。付き纏われて、迷惑していたんだ。これでBLルートも終わるはずだ……。俺はふらふらと立ち上がって、寮から出た。夜空には星が光っていた。蠍座のアンタレスは、なんで赤いんだっけな。ああ、もうすぐ消える星だから。さそりの心臓だって言われているのに。なぜだか涙が出て、俺は目尻を拭って歩き出した。

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