第11話 王太子様の裏怖いです


✖️月◯日

 

ここで、今までの状況を整理してみる。俺は「ロマンス・オブ・クラウン」という乙女ゲームの世界で悪役令息に生まれ変わった。破滅ルートを避けるためエリザベスと仲良くしたかったが、犬猿の仲だったレオが惚れ薬を飲んでしまい惚れられてしまう。それ以外にもなぜか俺が襲われたり告白されたりと、エリザベスほったらかしのおかしな展開である。おそらく、レオに惚れ薬を飲ませたせいでBLルートに入ってしまったのではないか。

 俺が好きなのは、あくまでエリザベスのはずだ。今後のBL展開を避けるために、俺は、エリザベスを王宮のダンスパーティに誘う計画を実行しようと思っている。そこで彼女に告白するのだ。


 王宮のダンスパーティは、エリザベスとレオの距離がグッと近づくイベントだ。それに嫉妬したアルヴィンが、エリザベスへの歪んだ想いを募らせて行くのである。いわゆる、破滅フラグを折るための大事なイベントなのだ。

しかし、いきなりパーティに誘うのも気が引ける。エリザベスとの関係はかなり縮まってきた感じがするが、まだ友達止まりだ。何かと邪魔されるから、二人きりになったこともほとんどないしな。日曜日、俺は、屋敷の庭で書き物をしながらつぶやいた。

「明日はエリザベスを昼食に誘ってみようかな…」

その声が聞こえたのか、給仕をしていたセバスチャンが口を挟んだ。

「エリザベス様以外のお友達も一緒ですか?」

俺はいや、とかぶりを振った。あの人たちがいるとややこしいことになるのだ。前はひどい扱いをしてきたのに、最近ではやたらと過保護に世話を焼いてくるし、俺を巡って喧嘩を始める。エリザベスとの会話を邪魔されたら困るし、秘密にしておこう。

 翌日、俺は早めに目を覚ました。料理人に頼んで、厨房を借りる。料理人たちはポカンとしていたが、俺の手際に感心していた。貴族の子息は台所になど立たないものらしい。

 料理って身を助けるよなあ。姉が原稿で修羅場の時に、よく手伝わされたものだ。俺は、エリザベスと食べるためのサンドイッチを作った。クロワッサンから覗くハムが、薔薇の花みたいに見えて可愛らしい。ついでに、アンティークショップで見つけた蝶形のピックで止めておいた。こういうの、女の子は喜ぶだろう。昼休み、バスケットを手にスコーピオンクラスへ向かった。ドキドキしながら、エリザベスに声をかける。

「エリザベス、昼食は食べたか? よかったら一緒に」

「あっ、ごめんなさい、アルヴィン! 予算会議があるの。生徒会に行かなきゃ」

 エリザベスは忙しそうに走り去って行く。嵐のように走り去った彼女を見送り、俺は肩をすくめた。仕方ないか、ジェラルドにでも分けてやろう。しかし、ジェラルドにも用事があると断られてしまった。こいつ、最近なにやらコソコソしてるんだよな。まさか、俺を差し置いて恋人でもできたのだろうか。それは羨ましすぎるぞ。

──なんか気が抜けてしまった。せっかく早起きして作ったのに。俺は中庭のベンチに腰掛けて、サンドイッチを齧った。他の生徒たちは仲間たちと楽しそうに過ごしている。今更だけど俺って、ぼっち……? そんなことを考えていたら、ひょい、とクロフォードが覗き込んできた。

「やあ、アルヴィン。こんなところに一人で、どうしたの?」

「クロフォード先輩」

「すごく美味しそうだね。食べていいかな」

クロフォードは流れるように俺の隣に腰掛けてきた。バスケットを見つめているので、勧めざるを得ない。余っても仕方ないしな。サンドイッチを食べる彼に、どうですか、と尋ねてみる。クロフォードは、柔らかい笑みを向けてきた。

「うん、美味しいよ」

俺はホッと息を吐いて、魔法瓶からスープを注いで彼に渡した。クロフォードはスープの味も褒めてくれる。やっぱり誰かに食べてもらうのっていいな。サンドイッチを食べ終えると、クロフォードがこう言った。

「ねえ、アルヴィン。魔法薬学のマーヴィン先生が辞めたよね」

「あ、ええ」

「あれって、君が関わってる?」

 俺はぎくり、と肩を揺らした。クロフォードはやっぱりね、とつぶやく。

「薬学室、しばらく使えなかったからね。またレオが暴れたんだと思ってさ。普通なら揉め事を起こした時点で退学だけど、案の定学園長が揉み消したんだろうなと」

「……先輩って鋭いですよね」

「君たちがわかりやすすぎるんだよ。レオは独占欲が強くなってるし、君はぼんやりした顔でレオを見てるし」

慌てて頰に手を当てて、そんな顔をしていたのか、と自省した。クロフォードはじっとこちらを見て、俺の髪に触れてきた。陽に当たって輝く金の髪を、さらさらと解かすように撫でられる。

「せっかく、君の魅力に気づいたけど、レオには勝てないかな」

「え、いや、俺はエリザベスが」

「そうかな、本当に」

何が言いたいんだ、この人。俺のエリザベスへの気持ちが間違いだと言いたいのだろうか。ムッとして睨むと、クロフォードがふ、と笑った。彼は俺の耳元に唇を近づけてくる。

「エリザベスとキスしたい?」

「はっ? いやまあ、できるなら」

「じゃあ、レオとは?」

 俺は赤くなって、したくないです、と答えた。クロフォードは素直じゃないんだね、と囁いてくる。その言葉に、思わず動揺する。それじゃまるで、俺がレオを好きみたいじゃないか。彼は俺の金髪を撫でて、君は可愛いね、と言う。こちらを見つめる優しい瞳に動揺してしまい、俺は目を逸らした。

「俺は、男ですよ。可愛いなんて言われても嬉しくないです」

「そう? 男でも可愛いよ」

「おい、真っ昼間からなにをベタベタしてんだ」

 いきなり現れたイアンが、俺をクロフォードから引き離した。案の定、レオもやってきてサンドイッチの奪い合いが始まる。この世界には攻略対象が一人いたら、とりあえず集合する決まりでもあるのだろうか。エリザベスが来ないか期待したけど、来なかった。あれ? 予算会議があるって言ってたのに、クロフォード先輩がいる……。まさか嘘をつかれたのか。やっぱり逢引き? もやもやしている俺の横で、レオがサンドイッチを齧った。

 ◆


「殿下、痛いっ……」

 ロイド・ジェンキンスは、栗色の髪の少年の服に手を入れていた。少年は痛いといいながら、頰を紅潮させ、媚びた目でこちらを見上げてくる。ただの娼年だな。自分は聖女だというから寝室に連れ込んだのに。ロイドは舌打ちし、彼をベッドから蹴り落とす。少年はロイドに縋り付いてきた。勝手に靴を舐め出したので、放置しておく。栗色の髪を引きちぎってやろうかと考えていたら、ノックの音がした。一人でにドアが開く。現れたのは、マーヴィンという薬学教師だ。ロイドが潜入させていた間者だが、生徒に手を出してクビになったらしい。気色悪いが、その趣味を買って雇ったのだ。彼は物欲しげな眼差しを少年に向けている。──吐き気がするな。

「それで、見つかったのか?」

「は、はい」

 ロイドが尋ねたら、マーヴィンは、一人の少年の履歴書を見せてきた。金髪碧眼で美しい顔立ちをしているが、その表情からはどことなく冷たく、歪んだものを感じる。どこかで見た顔だ、と感じ、視察に行った時だと思いつく。あの時とは随分と印象が違うな。興味を惹かれたロイドは、アルヴィンという伯爵令息を眺めた。

「こいつは処女なんだろうな」

「レオナルド・キャピレスに気に入られているようですが」

レオ? そういえば、一緒にいたな。何度か顔を合わせているが、いけすかない相手だ。生まれつき強大な魔力を誇っているが、そのせいか人間味に欠ける。氷の王子と呼ばれていて、雑事には何の関心も持たない人間だ。なのに、執着しているのはアルヴィンが聖女だからか。ロイドが立ち上がると、マーヴィンがおずおずと少年を伺った。まるで、餌をもらえない犬のようだ。

「好きにしろ」

マーヴィンはその言葉を待っていたように、少年に馬乗りになった。少年はうるさいほど喘いでいる。

虫の交尾などどうでもいいので、さっさと部屋を出た。ロイドが歩くたびに侍女や侍従が頭を下げる。どれだけかしづかれても、空虚さしか感じない。彼らが敬っているのは、ロイドの地位にすぎない。とある少女が現れると、なんの感情もなかったロイドの顔に、笑みが浮かんだ。ふわふわした栗色の髪と、自分とよく似た蜂蜜色の瞳。ロイドは、駆け寄ってきた少女を抱き上げた。マーヴィンに対してとは別人のように優しい声で話しかける。

「ミア、起きていていいのか?」

「はい、お兄様。今日は具合がいいのです」

 ミアは生まれつき、心臓が悪く早くに死ぬと言われている。妹の病を治すためには、聖女の力が必要だった。魔術学園に現れるという予言を信じて莫大な寄付金を支払っているのに、聖女は現れない。当初はエリザベスという女生徒が聖女の力を持っていると聞かされていたが、それ以来、何も音沙汰がない。

 どうやらあれは何かの間違いだったようだ。アルヴィンを手に入れ、ミアの病を治す。それ以外のことは、ロイドにとってどうでもよかった。

「ロイド・ジェンキンス様が視察に?」

「うそ〜っ、花の王太子様が我が校にいらっしゃるなんて!」

女生徒たちがやけに賑やかなので、どうしたのかと思って振り向く。すると、一緒に勉強していたジェイドが口を開いた。

「たしか、先月も来ていましたよね。王太子殿下が二度も視察なんて、優秀な生徒をスカウトでもいらしたんでしょうか」

ジェイドは、アルヴィン様がスカウトされるのでは、なんて興奮している。いや、もしかしてエリザベスに会いに来ているのでは? きっと一目惚れして、王宮に呼ぶつもりに違いない。他の攻略に比べて、ロイドがどんな人物だったかよく覚えていない。なんとか思い出そうとしていたその時、教師が俺に声をかけてきた。

「ベルグレイズ、ロイド様の案内をしてくれ」

 なんで俺なんだろう、と俺は不思議に思った。前は学年一、二を争う秀才だったが、現在のアルヴィンは魔法薬学以外の成績は大したことがない。おそらく、王太子に失礼がないよう、家名が高い貴族の子息が指名されたのだろう。ベルグレイズ家は、それぐらいの家柄ということなのだ。

 (現代人の俺からしたら、しょうもないと思うけど)

「また会ったね。ロイド・ジェンキンスだ。校内を案内してもらえるんだって? 嬉しいよ」

 ロイドは爽やかな笑みを浮かべて、手を差し出してきた。淡い金髪と、蜂蜜色の瞳。品のいい物腰と白皙の美貌はまさに完璧な王子様という感じで、さすが女子に騒がれるだけはある。しかし、最近美形を見慣れてしまったせいか、あまり驚かなかった。どうせ案内するなら女の子の方がいいんじゃないかな、どうしてエリザベスを指名しなかったんだろう。

 ふいに、ロイドのスチルを思い出した。王宮の薔薇園で、エリザベスの手の甲にキスをするシーンだ。

 これだけの美形なのに、あんまり印象がないのはなぜだろう。まあ、他のキャラクターが濃すぎなのか。エリザベスの好きな人って、この王子様なのかな。以前顔を合わせた時にフラグは立っていた気がするが、ロイドは学校に通ってないし、接点がない。じゃあ一体誰なのかと、謎は深まる。すれ違った女子生徒が、羨ましそうな顔でこちらを見てきた。できるなら変わってあげたいぐらいだ。ロイドは、廊下から見える庭を眺めながら尋ねてくる。

「君は魔法薬学の成績がトップと聞いたが」

「はい。他に取り柄がなくて」

「謙虚なんだな。ベルグレイズ家といえば、かなりの家柄だというのに。君のような生徒がいれば学園も安泰だね」

 王太子にほめそやされても、他人のことみたいに感じられた。どちらも別に俺が努力したことじゃないからだ。転生してからしばらく経つが、やっぱりこの体は俺のものじゃない、という感覚がある。だから、やっぱりレオが好きだというのも俺じゃないのだ。俯く俺を、ロイドはじっと見ていた。


俺は、ロイドの案内をしながらどこか行きたい場所はあるか、と尋ねてみた。ロイドは、剣技の稽古場を見てみたいと答える。ロイドを連れて、学園の訓練所へと向かった。訓練所が見えてくると、金属音が聞こえてくる。広々とした訓練場の中央では、レオがイアンと真剣に打ち合っていた。二人の激しい攻防が繰り広げられる中、周りには学園の生徒たちが集まり、熱心に観戦している。


クロフォードはというと、なぜか観客たちの間で賭け事を始めていた。商魂たくましいというか、なんというか。

「競馬じゃないんだから……」

俺はため息をついて、イアンとレオに視線を向けた。どうやら互角の勝負のようだ。──すごい。以前はレオが圧倒していたのに。アイルはあんなにも短期間で成長したんだ。努力したんだな、としみじみ思う。アイルは息を切らしながらも、挑発的な笑みを浮かべる。


「はっ、大したことないな、氷の王子様!」


レオは冷静にアイルを見据え、「魔力が上がったな。何をした?」と問いかける。


アイルはニヤリと笑い、「アルヴィンに魔法薬もらってんだよ。ダチだから、タダでな!」と、自信たっぷりに答える。


その言葉を聞いた瞬間、レオの表情が険しくなる。

「アルヴィンに近づくな、三流剣士」

「おまえのものじゃねえだろ!」

イアンが叫んだその瞬間、二人は再び激しい剣戟を交え、訓練所内に金属音が響き渡る。クロフォードは、呑気に「二人とも、なかなかやるな」と感心したように呟いているが、俺の内心は複雑だった。なんで俺を奪い合うみたいな感じになってるんだ。

クロフォードはふと俺を見やり、「アルヴィンって君のことだろう? 人気者なんだな」とからかうように言う。全く嬉しくないんだけど……と、俺は心の中で思う。最近、アイルが妙に自慢げに自分との仲の良さを語るのが不思議だった。悪役令息の自分と仲良しでも、なんの自慢にもならないのに。その時、レオが突如、驚くべき言葉を放った。

 「俺はアルヴィンの乳を吸った」

その場は一瞬で騒然となり、クロフォードは息を飲んだ。イアンは顔を真っ赤にし、「は……? なに言ってんだ色ボケ!」と怒鳴るが、声は震えていた。

周囲の視線が一斉に俺に集まってくる。思わず勢いよく顔を伏せた。あまりの恥ずかしさに、顔から火を噴きそうだった。ロイドはもの言いたげにこちらを見る。俺は違うんです、と慌てて弁解しながら、レオに駆け寄った。腕を引っ張り退場させようとするが、レオは冷静に告げる。

「事実だ。アルヴィンは俺の手でイッた」と言う。

 さらに追い打ちをかけるレオの言葉に、俺の赤面はさらに深まっていく。多分レオのファンだろう、誰かが倒れた。何言ってるんだよこいつ。王太子の前だぞ! 俺はグイグイとレオの腕を引っ張って、訓練所の外に連れ出した。レオがどうした、と尋ねてくる。

「どうしたじゃないっ! なんであんなこと言ったんだ」

「アイルが自慢するから腹が立った」

 だからって人前であんなこと言うなんて。二人だけの秘密にしてほしかったのに。

「……俺、ロイド様を案内しなきゃいけないから」

 歩き出そうとしたら、レオが引き寄せてきた。

 だから、そういうのをやめろって言ってるのに!

 引き剥がそうとしていたら、ロイドがやってくる。ロイドは爽やかにやあ、と挨拶するが、レオは恐ろしいぐらい冷たい眼差しをロイドに向けていた。態度悪いな、こいつ。二人は親戚のはずなんだけど。俺がレオを睨んだら、やっと手を離した。はあ、疲れる。ロイドは穏やかに声をかけてきた。

「すまないね、恋人との逢瀬を邪魔して」

「こっ、違います。俺、エリザベスのことが」

「ん? じゃあ彼がさっき言っていたのは?」

「あの、ちょっとした手違いで、そういうことになって」

 しどろもどろになっていると、ロイドがふ、と笑った。

「その──エリザベスだったか? 一緒に王宮のパーティーに来るといい。招待状を送るよ」

「本当ですか?」

 俺は目を輝かせた。そうと決まったら早速、エリザベスを誘わなきゃ──。ロイドを案内し終えた俺は、エリザベスに会うためスコーピオンクラスへ向かった。どうやら不在らしいので、待つことにする。何か見られている、と思っていたら、ヒソヒソと囁く声が聞こえてきた。

「あいつ、レオ様に抱かれてるらしいぞ」

「へえ、最近やたらと一緒にいると思ったら」

「すっごい性格悪いって話だけど。まあ顔は綺麗だもんな」

 俺は顔を熱くした。訓練所でのことが、もう広まってしまっている。だから嫌だったんだ。レオといると、否応なく目立ってしまうのだから。誰よりも、光り輝く星。その場にいたくなくて歩き出したら、三年生に囲まれた。なんだか嫌な予感がして、逃げようとしたら腕を掴まれる。ぎりっ、と力を込められて、顔をゆがめた。

「な、なんですか」

「おまえレオにやらせてるらしいじゃん」

「俺らも相手してよ」

 俺は杖を取り出したが、クロフォードの言っていたことを思い出す。普通なら、揉め事を起こした時点で退学だよね──。退学は嫌だ。せっかく悪役を回避できそうなのに。エリザベスや先輩や、イアンに会えなくなる。なにより、レオに。なんでレオのことなんか考えてるんだろう。あいつのせいでこんなことになってるのに。

 大人しくしている俺の背中を、彼らが押した。空き教室に放り込まれ、魔法で施錠された。普通、こういうことに巻き込まれるのはヒロインなのでは? なんでこんなことになるんだ。それもこれも、最近のBL展開のせいに違いない。やっぱり普通のルートに戻さなきゃ。ああでも、エリザベスが酷い目に遭うのも嫌だ。後ずさる俺に、3年生たちが近づいてくる。そのうちの一人が、俺の顎を捉えた。

「ふうん、顔は可愛いじゃん」

抵抗しようともがいたら、後ろから抱きすくめられる。そのまま首筋を舐められてぞくりとした。気持ち悪い……。男が好きってわかっても、彼らに触られるのは嫌だった。ネクタイを解かれて、シャツのボタンを外される。ひやりとした感触に、身体が震える。

「んー、でも匂いしなくね。レオの魔力ってすぐわかるじゃん」

「多分、薬かなんかで匂いを消してんだろ。ただの性処理道具ってことだな」

三年生のひとりが、俺の胸元に手を伸ばしてきた。身体をこわばらせたその時、バン、と音を立てて扉が凹んだ。三年生たちが顔をひきつらせ、一斉に杖を取り出す。バン、バン、と何度も音がして、扉が吹っ飛んだ。扉の向こうには魔王が、いや、レオが立っていた。全身から立ち昇るすさまじい冷気に、三年生たちはすっかり怯えている。アイスグレーの瞳が、アンタレスのように赤く光った。誰かがひいっ、と悲鳴を上げる。

「……殺されたいのか?」

「ま、待てよ。こいつが誘ったんだ」

 三年生の一人が、俺の肩を掴む。俺は必死に被りを振って、違う、と言った。レオは彼らの言葉など相手にせず、杖を振って、氷の剣を出現させた。容赦なく、俺の肩を掴んでいる手に突き刺す。彼はぎゃあ、と悲鳴をあげた。滴り落ちる血を、俺は呆然と見つめた。レオは淡々とした口調で尋ねる。

「なんだって? もう一度言え」

「だ、だから、こいつが、ぎゃああ」

 レオはグリグリと剣をひねった。三年生たちは恐怖で固まっている。俺は、慌ててレオの腕を掴んだ。

「レオ、やめろ!」

「おまえを傷つけたやつは全員殺す」

「何にもされてない!」

 レオはチラッと俺を見た後、ペタペタと全身を撫でまわした。異常がないことを確認したあと、上着を着せて抱き上げる。自分で歩けると言ったのだが無視された。レオは俺を抱いて歩いて行く。3年生は、石像にでもされたみたいに一歩も動かなかった。吐く息が白く震えている。きっと、レオに挑む気にすらなれないのだろう。魔力のあるものたちは、みんな自分の力量がわかっている。圧倒的な強者には、立ち向かおうとはしないものだ。だから俺に攻撃してくるんだろうな。レオが怖いから、弱いものを虐げるのだ。俺はレオに医務室に連れ込まれた。そのままベッドに転がされる。

「ん、レオ、待って」

「待たない」

 レオに唇を奪われると、もう抵抗できなくなった。レオは俺を責め立てた。ダメだって言ってもやめてくれなかった。俺は恨めしげな目で、キスマークだらけになってしまった身体を見下ろす。レオはすやすや眠っている。起きたら文句を言ってやろうと思いつつ、横たわって目を閉じた。

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