第10話 なぜか男にモテるのです
俺は、ゆっくり瞳を開いた。ここは……レオの寮か。なんで俺、こんなとこにいるんだっけ。たしか、媚薬を盛られてやられかけて、レオがマーヴィン先生を吹っ飛ばして……。それからの記憶があまりない。レオも自分も全裸だったので、ギョッとする。慌てて起き上がって、服を着ていたら、伸びてきた腕に抱き寄せられた。寝ぼけた声が、耳元に響く。
「ん……どこいくんだ、アルヴィン」
「帰るんだよ」
「帰らなくていい。ここに住め」
そんなわけに行くか! なんとかレオを引き剥がし、ベッドから降りた。
×月◯日
変態教師のカーティスに襲われそうになり、レオに助けられて色々された。もう薬学研究室になんか近づかないでおこう。
+10万ローラ 学園で売ったポーション代
「レモンの匂いがするポーションいりませんかー」
中庭でポーションを売り捌いていたら、女の子たちが集まってきた。よし、この戦略はあたりだな。可愛いパッケージにしたらどうか、とエリザベスにアドバイスを受けたのだ。さすがエリザベスである。彼女は友達が多いし、男にも人気なので売り子として最高の人材だ。
たくさん売れていい気分でいたら、同じく客寄せでいてもらっているクロフォードがじっとこちらを見ていることに気づいた。
「先輩、どうしました?」
「うん……なんだか、色っぽくなったような気がする」
俺はぎくっと肩を揺らした。まさか、昨日のことをクロフォードが知っているわけもない。マーヴィンはクビになったが、学園の名誉を考えてなのか、理由は伏されているのだ。
「エリザベスが色っぽいですよね!」
「え? なんでもいいけど、二人ともちゃんと売って!
」
エリザベスってサバサバしてるよな。そんなところに憧れてしまう。そういえば、エリザベスの言ってた好きな人って誰なんだろう? 俺でないことは確かだし、おそらくレオでもない。俺は、クロフォードと一緒にいるエリザベスを見た。この二人、お似合いなんだよな。というか、攻略対象はエリザベスと並ぶと絵になる男性ばかりだ。イケメンなのは当然だが、男らしくて色気もある。俺ももうちょっと背が高くて筋力があればな……。そんなことを考えていたら、背の高い男性が現れた。ああそうそう、こんなふうに。彼は、オレンジのポーションを差し出してくる。
「これくれ」
「はいまいど、っ、イアン……」
つい手が震えて、小銭が落ちてしまった。イアンはちょっと来い、と言って俺を引っ張って行った。イアンは俺を廊下の壁際に立たせ、じろじろと見下ろしてくる。俺は肩をすくめ、「なに?」と尋ねた。
「あいつとやったんか」
「え、や、やってない」
「でも、レオが学園長に圧力かけたみたいだぞ。マーヴィンをクビにしないと即学園をやめるって」
レオがそんなことを? 俺は、マーヴィンを説得しようとしたら失敗したのだと話した。イアンは眉を顰め、バカか? と呟く。確かに一人で話したのは考えなしだったとは思うが、証拠が残っているうちになんとかしたかったのだ。しょんぼりしている俺を見下ろし、イアンは顔を顰めている。彼は髪の毛を乱した後、ため息をついた。
「……エリザベスは、おまえを許してるみたいだからな。ムカつくけど、俺はもうなんも言わねえよ」
「イアン……」
「ま、俺は二度とハイクラスには上がれねえけどな」
イアンはそう呟いて去って行った。カーティス先生がいなくなると、イアンの魔力は落ちてしまうのだ。俺、余計なことをしたんだろうか。無理なんだろうな、イアンとの関係を修復するのは。
俺はイアンを見送って、中庭に戻った。マーヴィンの代わりの先生が来るまで、薬学の授業は自習時間になった。自然と、学級会が開かれることになる。来週、球技大会があるらしく、種目決めに時間が割かれた。何にしようかな。あんまり運動神経が良くないので、地味なのにしよう。希望の種目を書いていたら、ふわり、と背後から抱き寄せられた。
「っ、レオ……っ」
「アルヴィン……洗髪剤はダミアン社のものだっただろう? 変えたのか」
髪に鼻先を埋めて、くんくん匂いを嗅がれて顔が熱くなる。周りのクラスメートは、レオがこのクラスにいるのも、俺にベタベタするのも、もはや完全にスルーしていた。そんなことが当たり前になっているのが恐ろしい。俺は羞恥心を押し殺して尋ねる。
「なんでうちのシャンプーの銘柄を知ってるんだ」
「おまえの匂いでわかる。この匂いも好きだ」
「は、離れろ」
レオがくっついてくるなんていつものことだが、こないだのことを思い出すと、どうしても意識してしまう。でもあれは、事故みたいなもんだし。レオを引き剥がすのは至難の業なので、諦めて違う話題にシフトすることにした。
「そんなことより、球技大会の種目、なににする?」
「何でもいい。おまえと同じで」
「クラス違うけどな」
「俺はこのクラスに移る。学園長と取引をしたんだ」
その言葉に、俺はギョッとした。スコーピオンもアルファルドも、ハイクラスではあるが種類が違う。例えるなら隠と陽。水と油。レオは選ばれた人間が在籍するスコーピオンクラスの中でも、特別な存在だ。なのにクラスを移るなんて。
「あ、あのさ。もうちょっと考えたら? 違うクラスでも、別に話したりできるし」
「もう決めた」
全キャラクターで一番頑固なレオの意思を変えるなんて、俺にはできない。しかし学園長との取引ってなんなんだろう。気になったが、球技大会のくじ引きが始まったので聞きそびれてしまった。
球技大会当日、俺は卓上魔球に参加していた。平たく言えば、普通の卓球+魔法である。運動には自信がないが、卓球は中学の時にやっていて、まあまあ得意だったのだ。ラバーのチェックをしていたら、いきなり頭に圧がかかった。
「おいおまえ、卓球かよ。クソ地味じゃん」
イアンが在籍するアルタイルクラスは、こういった大会にやたらと闘志を燃やしている。アルファルドクラスは、インドアタイプが多いのでこういう大会はなあなあに済ませるのだ。わざと負けて、図書室で勉強する連中もいる。
「イアンは何に出るんだ?」
「俺は籠球」
いわゆるバスケだ。背が高いから重宝されるだろうな。イアンと会話していたら、審判をやっていたレオがピーッと笛を吹いた。彼は素早くこちらにやってきて、イアンの腕を捻り上げた。
「アルヴィンに触るな。殺すぞ」
「保護者かよ、おまえ」
二人が睨み合っている間に、クラスの試合を応援しに行くことにした。例えるなら、バレーみたいな競技である。ふと、違うコートでクロフォードが試合をしているのに気づいた。アタックを決めるたびに女の子たちがきゃあきゃあ騒いでいる。さすが騎士の家系だけあって、運動神経は抜群だ。ふと、こちらに気づいたクロフォードが笑顔で手を振った。
「クロフォード先輩ってかっこいいなあ」
俺が何気なくつぶやくと、いつのまにかそばにいたレオがぴくりと肩を揺らした。レオは俺に上着を押し付けて、クロフォードの相手チームのところに歩いて行く。
「俺も混ぜろ」
「えっ、レオナルド・キャピレス? 君、2年生だよね!」
「君が出たら失格になるよ!」
レオが他人の注意など聞くはずがない。クロフォードを狙って氷の球を打ちまくり、最終的にはコートが凍りついてしまって試合にならなかった。結果、クロフォードのチームが不戦勝になった。レオはぶーぶー文句を言われたが、無言の圧力で黙らせている。俺は、不思議に思いながらイアンに尋ねる。
「レオのやつ、急にバレーがしたくなったのかな」
「おまえのせいだろ」
イアンは呆れた顔で呟いて、ポケットからオレンジのポーションを取り出した。使ってくれているんだ、と思ったらうれしくなる。
「あ、それ、効果どう?」
「まあまあ」
「まあまあか。改良の余地ありだね」
彼はちらっと俺を見て、顔を覗き込んできた。レオとクロフォードの容姿がいかにも美形って感じに対して、イアンはワイルド系というか、野性味がある。何にしろ整った顔だちが迫ってきて、息を飲んだ。
「な、なに?」
「おまえさ、本当にアルヴィンなのかよ」
俺は、ぎくっと身体をこわばらせた。そういや、イアンは魔力が低い代わりに野生の勘が鋭いんだっけ。やばいな、クロフォード先輩にも違和感持たれてたし。アルヴィンは、曖昧な笑みを浮かべてみせた。
「当たり前だろ。他の誰に見える?」
「そりゃ見た目は同じだけど、前のおまえはもっと小憎らしい顔だった。自分は特別だって顔して、クラスメートの応援なんざ絶対しないし」
「……嫌なやつだよね」
ゲームの設定だから仕方ないし、今まで過ごした時間は巻き戻せない。アルヴィンが幸せになる道なんか、いくらだってあったはずなのに。ふと、体育館の外をエリザベスが通りかかった。思い切って手を振ってみたら、笑顔で振り返してくれた。可愛いなあ。幸せな気分でいたら、イアンがじっとこちらを見ているのに気づく。やばい、エリザベスに関わるなって殴られそう。怯えている俺を見て、イアンは目を細めた。
「レオとは相変わらずやってんのか」
「……う」
「聞くまでもねえか。氷魔法のすげえ匂いするからな」
俺は赤くなって目を泳がせる。自分の身体にレオの匂いがついてるっていうのが、いやらしい。もじもじしていたら、イアンがごく、と喉を鳴らしたのが聞こえた。
「風魔法の魔力供給、してやろうか」
「はい?」
「いや……おまえって見た目はまあ、いいし。ロンもいいやつって言ってたし。嘘つかねーから、あいつ」
「確かにロンはいい人だけど」
「付き合ったらポーションタダでくれよ」
「いや、付き合わなくてもあげるし。イアンって男同士とか嫌いなんじゃ」
「そうなんだけどよ……わかんねえ。おまえといると変になる」
イアンはぐしゃぐしゃと髪をかき回して去って行った。俺は、ポカンと彼を見送った。めちゃくちゃ嫌われてたはずなのに、なんで? というか、イアンはエリザベスが好きなんじゃなかったのか。唖然と立ち尽くす俺に、クロフォードが近づいてきた。どうかした? と尋ねられて、黙ってかぶりを振る。そしたら、いきなり抱き上げられた。
「え、っ」
「具合が悪いなら、保健室に行こう」
「おまえ、俺の目の前でいい度胸だな」
光の速さで近づいてきたレオはクロフォードから俺を奪い返した。クロフォードは俺の手を取ってキスをした。レオが怒りに青筋を立て、氷の剣を出現させる。体育館が壊れるから、やめてほしい。
なんか、これおかしくないか? なんで攻略対象が俺に迫ってくるんだ。ゲームのバグ? 考えていたら頭が痛くなってきて、俺はううっ、とうめいた。臨戦大勢だったクロフォードとレオが、はっ、として魔法を引っ込める。
「大丈夫? やっぱり保健室に行こうか」
「おまえにキスされて苦痛だったんだ」
レオとクロフォードの言い合いを、周りがじろじろと見ている。目立つからやめてほしい……と思いながら、俺は頭を押さえていた。
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