レオくんのひとりごと

「このサンドイッチ綺麗ねー。ハムが薔薇みたいに見えるわ」

「とても美味しいよ。アルヴィンは薬学だけじゃなく、料理の才能もあるんだね」

「なあ、もっとねえの?」

 王立魔法学園の中庭にて、生徒たちがわいわいと騒いでいる。アルヴィンは、彼らに嬉しそうにサンドイッチを振る舞っていた。アルヴィンは周りから嫌われてしまう悪役令息として生まれ変わった──本人によれば──らしいので、仲間に囲まれるのが貴重なのだろう。喜んでいるアルヴィンは、とてつもなく可愛らしい。

 しかし、レオ・モンタギューは不機嫌だった。せっかく恋人──多分──のアルヴィンと昼食を取っていたのに、余計な連中がワラワラ湧いてきたのだ。まずはエリザベス。それからクロフォード、それからイアン。お決まりのメンツで、全員アルヴィンとは親しい仲だ。だが、一番好かれているのは自分だという確信がある。

 エリザベスはわからないが、イアンとクロフォードは、間違いなくアルヴィンに恋心を抱いている。なのにアルヴィンときたらまるで無防備な態度で接している。サラサラした金髪と、整った顔立ち。青い瞳は空のようで、笑うと天使のように可愛らしい。しかし、アルヴィンは自分の容姿に自覚がないのだ。悪役の汚名をそそぐために誰にでも優しくして、すぐに好かれてしまう。ふと、中庭の隅にアルヴィンに馴れ馴れしい男の姿を見つけた。たしか、ジェラルドとかいったか。威嚇していたら、彼の方にエリザベスが駆け寄る。腕を組む彼らを見て、アルヴィンがポカンとした。

「ま、まさかエリザベスの好きな相手って」

「ジェラルドよ」

エリザベスが笑うと、アルヴィンががくりと肩を落とした。まだエリザベスに気があるのだろうか。アルヴィンはしょんぼりしながら、サンドイッチをかじっている。

「気づかなかった……」

「別にどうでもいいだろう」

「よくないよ。俺、エリザベスとの橋渡しとか頼んでたし」

たまに、疑問に思う。アルヴィンは、本当に俺を好きなのだろうか。


「なあ、アルヴィンって最近めっちゃいいやつだよな」

「わかる。この間なんて、散らばったプリント拾うの手伝ってくれてさ。前は、無視して踏みつけてくような奴だったのに」

「話しかけてみよっかなあ」

 廊下ですれ違った連中がそんな話をしていたので、思わず睨みつけた。彼らは青くなって目を逸らした。圧倒的な魔力を誇るレオに逆らってくる連中はまずいない。敵認定するなら、イアンとクロフォードぐらいか。本当なら消してやりたいが、アルヴィンが悲しむから我慢している。あの王太子は論外だし、いつか必ず消すつもりだ。

 最近アルヴィンはセシルの病を治すために王宮へ通っていて忙しく、いちゃつく暇がない。キスしたいし、抱きしめたい。誰にも奪われないように、たくさん匂いをつけたい。だがアルヴィンの邪魔をしたら嫌われるかもしれない。彼に嫌われるのは怖い。

 昔は他人の感情なんて、構わなかったのに。

 

「──レオくん、僕との約束覚えてるかな?」

 年齢不詳の男が、ニコニコと笑っている。レオは無感情に彼を見返した。王立魔法学園学園長、アーサー・ランドルフだ。たしか100歳近いはずだが、どう見ても20代ぐらいにしか見えない。あまりに強大な魔力を得たものは、人間ではなくなるという。レオも似たようなもので、母親はどこにいるかわからない魔女だ。レオは冷たい口調で答える。

「忘れた」

「もー、僕の孫とデートするって約束じゃん!」

 そうだ、たしかアルファルドクラスに移籍するのを条件に約束した。

 レオがこの学園にやってきたのは、とあるパーティーで学園長に声をかけられたからだった。

──君すごい魔力だね〜。うちの学園来ない?

 無視したらしつこくされたので、魔法を放った。学園長は、難なくレオの魔法を弾き飛ばした。そんなことは、初めてだった。

 ──魔法学園には君より強い人間もいるよ。

 そう言われて、レオは興味を持った。だがこの学園に、大した人間はいなかった。興味を惹かれたのは、エリザベスぐらいだった。理由はよくわからないが、彼女を守らなければと感じた。貴族でもなく、珍しい力を持つエリザベスを傷つける人間は大勢いた。特に、アルファルドクラスのアルヴィン。

「──おまえが、レオ・ヴァレンティアか」

 初めて会ったのは、確か図書室だった。暇だったから本でも読もうとやってきたのだ。そしたら知らない連中が奴隷にしてくださいだの、踏んでくださいだの言ってわらわらと集まってきて、面倒だし、気持ちが悪いから奥に引っ込んだ。さして面白くもない本を読んでいたら、アルヴィンが声をかけてきた。レオより10センチは低い背丈。美しい顔立ちをしているのに、どこか捻くれたような表情。なんの興味も持てずに無視をしたら、彼はおい、と苛立ちをあらわにした。レオが横目で見たら、少し怯んだような顔をした後、慌ててこう言った。

「エリザベスと随分仲がいいらしいな。君のような人間が、あんな庶民と親しくしない方がいいんじゃないか」

「俺が誰と親しくなろうが勝手だ」

「はっ。なんなら僕が仲良くしてやってもいい。だからエリザベスからは手を引け」

「おまえ、エリザベスが好きなのか?」

 そう尋ねたら、アルヴィンが真っ赤になった。彼は何かをもごもごと呟いて逃げていった。それ以来、やたらとアルヴィンが目につくようになった。アルヴィンはあからさまにエリザベスを意識していて、なのに声をかけられずにいるらしかった。ある日、アルヴィンが図書室でエリザベスと話しているのを聞いた。

「……乙女座のスピカとアクルトゥルスは夫婦星と呼ばれてるんだ」

「アルヴィンって、星に詳しいのね」

 エリザベスにそう言われて、アルヴィンははにかんだ。──どくん、と心臓が鳴った。彼はレオとすれ違うたびに敵意を向けてくるのに、エリザベスといると楽しそうだった。その様子を見るたびに、苛立った。

 なぜこんな気持ちになるのかと、レオは一瞬考えた。しかしすぐに目障りだからだ、と結論づけて、彼をエリザベスから遠ざけた。クロフォードたちと一緒にアルヴィンを虐げた。アルヴィンが何かを企んでいるのはわかっていたから、手にしていた薬瓶を取り上げて飲んでやった。

 その時の記憶はあまりない。とにかくアルヴィンのことしか考えられなくなり、四六時中彼に迫っていたらしいことはクロフォードとイアンから聞いている。クロフォード曰く、「まあ、今もあんまり変わらないけど」らしい。イアンには、こう尋ねられた。

「おまえ、エリザベスのことはもういいのかよ」

 不思議なことに、アルヴィンと想いが通じ合ってからはすっかりどうでもよくなった。それは多分クロフォードやイアンも同じだ。何か強制的に、彼女を好きになるよう決められていた感じがする。アルヴィンもエリザベスと結ばれたかった、と言っていた。それはアルヴィンが話していた悪役令息がどうこうと関係しているのだろう。

 なぜ俺なんだ、とアルヴィンはよく尋ねてくる。アルヴィンは何事も一生懸命で、可愛らしい。それに、どこか可哀想で守ってやりたくなる。それに気づいたのが、自分だけではないことが腹立たしかった。いっそ、誰の目にも触れないようどこかに閉じ込めたい。レオだけを見つめるように、凍らせてしまいたいとすら思う。思考が危険な領域に達した時、学園長がひらひらと手を振った。

「おーい、レオくん?」

「なんだ」

「もー、聞いてよ。デート、日曜日でいい?」

レオはああ、と答えた。孫だか娘だか知らないが、どうでもいいし、さっさと片付けよう。学園長室から出たら、アルヴィンがもじもじしながら「レオ」と声をかけてきた。顔を赤らめ、ちらっと上目遣いでこちらを見てくる。可愛い。誘われているのか……。思わずごく、と喉を鳴らした。

「な、なあ、学園長と話したの?」

「ああ」

「いいなあ! なあ、どんな人? 17でマジックマイスターになったんだよな。なんの話したの?」

 アルヴィンは目を輝かせて迫ってくる。瞳をキラキラさせる彼は可愛いが、違う男に夢中になっているらしいのが、なんだか腹が立つ。ふと、デートすると言ったらヤキモチを妬くだろうか、と気になった。

「デートの話」

「え」

「学園長にしろって頼まれてた」

 アルヴィンは目を瞬いて、そっか、と相槌を打った。彼は頑張れよ、と笑った。さほど気にしている様子がなくて、ガッカリした気分になる。アルヴィンは、レオほど好きという気持ちがないように見える。本当なら他人とデートなんかしたくない。アルヴィンとすらしていないのに。そもそも最近は、アルヴィン以外の人間といるのが苦痛なのだ。デート当日、レオは魔法学園近くの街にある、妖精の時計の近くにいた。懐中時計を取り出して、時間をチェックする。あと5分で来なかったら帰ろう。

「あれ、レオ!」

 顔を上げたレオは、ハッとした。私服姿のアルヴィンが、息を切らしながらこちらにやってくる。白いセーターとスラックスという軽装なのに、とんでもなく可愛かった。今すぐどこかに連れ去って、抱き潰したい。しかし表には出さずにどうした、と尋ねたら、アルヴィンは子供用の本を見せてきた。なんでも、セシルにあげるのだという。幼女に嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいが、アルヴィンに構われていて妬ましくなる。

「おまえは? デートの相手待ってんの?」

「ああ」

「そっか」

 アルヴィンは本を片手に、そわそわしている。デートしないで、という一言を期待して、彼を見つめた。しかし、アルヴィンは期待外れの言葉を発した。

「学園長のお孫さんって魔力すごいのかな」

「……さあ」

「レオ様っ!」

 こちらにやってきた少女が、レオにしがみついた。鼻をつく香水の匂いが嫌だと感じる。アルヴィンはいつも石鹸のいい匂いがするのだ。彼女はレオに抱きついたまま、じろじろとアルヴィンを見ていた。アルヴィンは慌てて挨拶をする。

「レオと同級生のアルヴィン・フォン・ベルグレイスです。すみません、お邪魔して」

「あら、構わなくてよ。荷物持ちでしょう」

 少女はアルヴィンにカバンを押し付け、レオと一緒に歩き出す。アルヴィンは慌ててついてきた。アルヴィンは荷物持ちではない、と言おうとしたら、少女が囁いてくる。

「ねえ、買い物が終わったら魔力供給していただきたいわ」

「嫌だ」

「あら。じゃああなたが、後ろの彼のために学園で大暴れしたことも、モンタギューの皆様に知れ渡りますわね」

 後ろの彼──。そもそも、家の外に出すべきではないという意見を、学園長が押し切ったのだ。彼には広い世界を見る必要があるんですよ──。学園で魔力を暴走させたとわかれば、おそらくレオは家に連れ戻される。アルヴィンが妙なことに巻きこまれるのも面倒だ。こんな女はどうだっていいんだ。魔力が目当てなら、さっさと済ませてしまえばいい。レオは孫の手を引いて歩き出した。アルヴィンが慌てて追いかけてくる。

「ちょ、何してんだレオ」

「ホテルに行くから、アルヴィンはそのへんにいろ」

 アルヴィンが息を飲んで、こちらを見つめた。それから穏やかな笑みを浮かべ、うんわかった、と頷く。

 10分後、孫は憤慨しながら去って行った。怒りをぶつけられても、無理だったのだから仕方がない。レオがホテルから出たら、雨が降っていた。アルヴィンはどこだ? 辺りを見回していたら、ぽん、と傘を開く音がした。そちらを見たら、アルヴィンが立っていた。彼は少し迷ったあと、こう尋ねてきた。

「あ、のさ……俺の家、くる?」

 アルヴィンは馬車を捕まえて、レオと一緒に屋敷へ向かった。セバスチャンが出てきて、二人を迎え入れる。どうやら家族は領地に行っているらしく、ひと気がなかった。アルヴィンはタオルをレオに差し出して、自分の頭を拭いている。濡れたシャツから透けた肌が見えていて、思わず凝視してしまった。

「おまえに見せたいものがあるんだ」

 アルヴィンはそう言って、日記を開いた。そこには、見慣れない文字が並んでいた。レオはいくつか言語を学ばされたが、こんな言葉は見たことがなかった。アルヴィンが言っていた話の信憑性が高くなる。読めない文字を追っていたら、アルヴィンが身を寄せてきた。長いまつ毛と、小さな唇。シャツ越しにピンク色の何かがうっすら見えている。もはやそれしか見えなくなった。

「──でさ、きいてる?」

「ああ、聞いてる」

 アルヴィンは肩をすくめ、日記を閉じた。彼は視線を泳がせて、思い切ったように口を開く。

「レオ……やっぱり女の子の方がいいだろ?」

「は?」

「俺がおまえに惚れ薬を盛ったせいで、BLルートになっちゃったんだよ。おまえはもともとエリザベスが好きだし、さっきの子も可愛いし。俺なんかと付き合わなくても、んっ」

 レオはアルヴィンの唇を奪って肩を掴み、ベッドに押し倒した。BLだのルートだの、何を言っているのかよくわからなかったが、そんな話は聞きたくなかったし、我慢の限界だった。


 

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