第15話 これは本当の望みです

「──また来るよ、アルヴィン」

 ロイドは、小瓶に溜めた液体を手に去って行った。ロイドに解放されたアルヴィンは、シーツの上にとさり、と倒れる。この小屋に監禁されてから──拘束されているのだからそうとしか言えない──三日経った。俺の足はベッドの木枠に鎖で繋がれていて、気まぐれにやってくるロイドに聖液を絞られる。無理やり出させられたせいで胸がジクジクと痛むし、身体が酷くだるかった。外に連絡しようにも、見張りがいる。

 逃げられない……。このまま弱って、死んでしまうのだろうか。好きだと言われたが、俺に触れるロイドの手にはなんのいたわりもなく、レオに触られた時とは全然ちがった。それがどうしてかは、明らかだ。レオが……好きなんだ、俺。今更そんなことに気づいて、笑いたくなる。自分の気持ちを、認めたくなかった。だって彼と結ばれるなんてあり得ない話だから。

 ゲームのシナリオのようにレオが現れて俺を助けることを、まだ願っていた。だけどレオが俺を助ける理由など、もうない。膝を抱えていたら、女の子が顔を出した。ロイドの妹のシエルだ。彼女はこちらにやってきて、首を傾げた。可愛らしい仕草に、少しだけ心がなごむ。

「……どうしたのですか? 具合がわるいのですか」

「なんでもありません、姫君」

「昼間からベッドにいるのに?」

 セシルは不思議そうに言って、こほこほ、と咳き込んだ。俺は、とっさに彼女の背中を撫でる。その背中があまりに小さくて頼りなくて、胸が痛んだ。どうやら、セシルは病気らしい。薬は飲まないの、と尋ねたら、もうすぐお兄さまがお薬をくれる、と言った。もしかしてロイドは、この子のために俺を監禁したのか。そのとき、小屋の外から怒鳴りつける声が聞こえてきた。

「いつまでかかってるんだ! 聖液があれば治ると言ったろう!」

「し、しかし、あれにこれといって特別な成分はなく」

「もういい。あの聖女は用済みだ。始末しておけ」

 俺は、ぎくりと肩を肩を揺らした。やばい、殺される。回避したと思った未来が、また違う形で迫ってきた。震えている俺を、セシルは不思議そうに見ていた。兵士たちが部屋に入ってきて、俺の腕を掴む。セシルは慌てて兵士たちにすがりついた。

「やめて! その人、怖がっています」

「セシル様、ロイド様のご命令です」

「ひどいわ!」

 セシルが泣き出すと、兵士たちが困ったような顔を見合わせた。その泣き声を聞きつけたのか、ロイドが駆け込んできた。ロイドはセシルを抱き上げ、兵士たちを睨みつけた。兵士たちは慌てて頭を下げて部屋から出て行く。セシルはしゃくりあげながら、「アルヴィンさまをいじめないで」と言った。

「ああ、もちろんいじめたりしないよ」

 ロイドはそう言ったが、俺に向ける視線は冷たかった。

 

「うまくいきました!」

 セシルはカップを片手にふふっ、と笑う。可愛らしいけど油断ならないな、このお姫様。セシルのロイドに対する力は絶大で、あの後あっさり俺を解放させた。しかし、家に帰ることは許されなかった。家族に不審を抱かせないためか、俺はこういう手紙を書かされた。「王太子殿下の妹セシル様を治すため、しばらく滞在する」と。セシルを救うのは聖女のエリザベスだ。俺に利用価値なんかないはずなのに。しかし、あんな冷徹な男にエリザベスが攫われたら、どんな目に遭わされるかわからない。──エリザベスを守るためにも、俺がなんとかしないと。

俺はセシルに連れて行かれ、温室でお茶をした。

「おにいさまは、私が泣くととっても困るんです。学園に行かなかったのも、私のためなの」

 可愛らしいだけではなく、賢い子だ、と思った。ふと、朧げながらロイドのことを思い出した。たしか、彼は妹を溺愛していて、彼女の病を治すためならなんでもするというキャラクターだった。

「セシル様は、どこがお悪いんですか」

「すぐ熱を出してしまうのです。私は、16で隣国に嫁がなければならないのに」

エリザベスはそう言って、目を伏せた。その言葉に、心臓がどくんと高鳴る。

隣国──こんなに小さいのに、もう結婚相手が決まっているのか。ロイドルートになれば、セシルは助かるはず。だがエリザベスがロイドを好きになるとは思えなかった。そしたら、この子はどうなるんだろう。まさか、アルヴィンと同じように死んでしまうのか──? セシルは、瞳を潤ませて健気に訴えかけかけてくる。

「おにいさまを許して、アルヴィンさま。本当は、おにいさまは優しい方なんです。私のせいで人に酷いことをするの」

「うん、わかってるよ」

 俺は、セシルを安心させるように微笑んだ。本当は、ロイドの気持ちなどわからない。本当にセシルを思うなら、もっとやり方があるはずだ。彼がどんな人間でも、乙女ゲームの攻略対象なのだ。ちゃんと話をすれば通じるはず。

 ロイドは剣技場で剣を振るっていた。12歳ぐらいの子どもを相手にしているが、まるで勝負になっていない。しかし、爽やかにその子を励ましていた。この王子様は、猫をかぶるのが上手いみたいだ。本当はセシル以外興味がないくせに。ロイドはこちらにやってきて、俺の肩を抱いた。

「やあ、アルヴィン。セシルに付き合わせて悪いね」

「……いえ、セシル様はとても可愛らしい方ですね」

「ああ。なぜ神はあの子にあんな運命を負わせたんだろう」

 それだけはロイドの本音に聞こえた。彼の妹への想いだけは本ものだ。セシルを治す方法を見つければ、変わってくれるかもしれない。そう思っていたら、賑やかな声が聞こえてきて、俺はぎくり、と肩を揺らした。エリザベスとイアン、クロフォードとレオがこちらにやってくる。イアンとレオは言い合いをしていて、クロフォードとエリザベスは談笑していた。なんで来るんだ!? 俺はかなりひどい態度を取ったはずだ。思わずロイドの後ろに隠れたが、エリザベスはすでにこちらに気づいていた。彼女は笑顔でこちらに駆け寄ってくる。

「アルヴィン!」

「え、エリザベス。みんなも、どうしたんだ」

「あなたが学園に来ないから心配して、家まで行ったの。そしたらここにいるって聞いたから」

 俺を心配してくれたのか。そこまで関係を修復できたと言う事実に、思わず泣きそうになる。ロイドはわかってるな、と言うように、掴んだ肩に力を込めてきた。ロイドが恐ろしかった。だけどエリザベスが聖女だと、気づかれるわけには行かない。ロイドは取り繕った愛想の良さで、エリザベスたちを王宮に迎え入れた。ティールームに通され、お茶とお菓子を振る舞われる。エリザベスは王宮の豪華さに感心し、イアンは王太子を前に緊張しているようだ。クロフォードは、ロイドとブドウの収穫量について話している。レオはいつもの冷たい表情を浮かべていて、こちらを見ようとしない。きっと、エリザベスが来るからついてきただけなんだろう。俺は、レオに菓子を勧めてみた。

「あ、あのさ、これ美味いよ」

「いらない。おまえ、こんな場所で何をやっている」

「セシル様に魔法薬を与えて、病気を治してるんだ」

「おまえに誰かを救えるわけがない」

 その言葉に、胸が痛くなった。だがレオの言うことはもっともだ。俺はヒロインでもヒーローでもない、ただの悪役令息なのだから。ロイドはちらっとアルヴィンを見て、カップを置く。

「雪の女王、って話を知ってる?」

「ああ、どっかの国の民話だろ……でしょう」

 イアンはいつもの口調で話しかけて、慌てて訂正した。王太子に対する言葉遣いを選んでいるのだろう。ロイドは敬語は良いよ、と笑って言葉を続ける。

「とある国に、ゲルダという女の子と、カイという少年がいた。カイはとても優しい子だったが、二人の親しさに嫉妬した雪の女王のせいで、氷が目に入って冷たくなってしまう。雪の女王に囚われたカイを、ゲルダが助けに行く」

「それで、どうなるんですか?」

 エリザベスが興味を持ったように身を乗り出した。ロイドは話を続ける。

「ゲルダは雪の女王を倒して、カイは元通りになっておしまい」

「くだらない話だな」

 レオの言葉に、その場の注目が集まった。エリザベスがレオ、とたしなめる。イアンは顔をしかめ、クロフォードは苦笑する。ロイドは興味深そうに、レオを眺めていた。レオはカップの中身を凍りつかせた。それから、冷たい眼差しをロイドに向ける。

「氷魔法を使う俺への当てつけか?」

「別に? ただ、以前会ったとき、君はアルヴィンに随分執着していたように見えたから。あまりに態度が変わって、彼が気の毒に思えてね」

「記憶にない。こいつが俺に惚れ薬を飲ませたんだ」

「そうか。じゃあ、俺がアルヴィンにキスしても構わないかな」

 俺はぎょっとした。何を言い出したんだ、この人。ロイドはこちらにやってきて、俺の顎を掴んだ。クロフォードとイアンが立ち上がる。ロイドはクスッと笑って、「彼らにも何か飲ませたのか?」と囁いてくる。違う。原作にありもしないBLルートに入ったんだ、なんて言ってもわかってもらえない。

 俺がかぶりを振ると、ロイドが目を細めた。唇が合わさりかけた時、何かが飛んできた。がしゃん、と音を立ててカップが割れる。しかし、中身が凍りついていたせいでこぼれなかった。俺ははっ、と顔を上げる。

「レオ……」

 レオは自分がしたことが信じられない、という顔をしている。ロイドはふっ、と笑って俺から身体を離した。

「ライバルが多くて大変そうだ。俺は政務があるから、ゆっくりして行くといいよ」

 エリザベスはふう、とため息をついて、アルヴィンに笑いかけた。

「なんだかドキドキしちゃった。ロイド様って冗談がお好きなのね」

「頭は良さそうだけど、何かを隠している感じがする。どうも好きになれないね」

 クロフォードはロイドをそう評した。クロフォードは、ロイドが抱える闇に気づいているんだ。でもクロフォードを巻き込むことはできない。ロイドはこの国の王太子。気に入らない人間を追い落としたり、時には命を奪ったり……なんだってできるのだ。そう考えたら、なんかロイドの方が悪役っぽいな。エリザベスを監禁するわ、過度のシスコンだわ。なんで彼がヒーローで、俺だけが悪役を押し付けられているんだ。やっぱりスペックの高さかな。女の子はただのお坊ちゃんじゃ満足しないらしいし。

「つか、おまえあいつになんもされてないだろうな」

 イアンの問いに曖昧に答えていたら、レオが立ち上がった。「帰る」と言って部屋を出て行ったレオを、慌てて追いかける。声をかけたが、レオは振り向きもせずに歩いて行く。

「待てよ、話を聞いてくれ」

俺は、レオを追いかけて走って行く。やがて、階段にさしかかった。俺は段差につまずいて、転がり落ちそうになる。

「──!」

衝撃を覚悟したが、伸びてきた腕にふわりと抱き止められた。アイスグレーの瞳が、じっとこちらを見つめている。少し前までの彼は、こんなふうに俺を見つめていたんだ。

 レオに好きだと言われるのは居心地が悪くて、迷惑で、でもドキドキしていた。綺麗なスチルの中で、レオが一番輝いて見えた。多分俺、前世からずっと。

「……俺、レオが好き」

 思わず、ぽろりと言葉がこぼれた。ああ、言ってしまった。レオの反応が怖くて、ギュッと目を瞑る。しかし、レオは何も言わなかった。恐る恐る瞳を開けたら、いきなり抱き上げられた。おい、と声をかけたが無視される。レオは階段を登っていき、近くにあった部屋に放り込んだ。レオは俺をバン、と壁際に追い詰めた。殴られるのかと覚悟したら、彼はうめくようにつぶやく。

「そんなことを言うのは、惚れ薬のせいなんだろう」

「え?」

「おまえの作る惚れ薬……厄介すぎるからな。この陰険オタクが」

 レオが手をついている壁が凍って行く。やばい、殺される。レオはなんでだ、と低い声でつぶやいた。

「ずっと、おまえのことが頭から離れない。おまえなんか嫌いなはずなのに。おまえが他の男といると腹が立つ。おまえ……俺に何をした」

「な、なんもしてないって」

「おまえなんか殺してやる。存在を消せばなんとも思わなくなる」

 レオの手が首に伸びてくる。グッと締め上げられ、恐怖に身体が震えた。しかし、それ以上何も起こらない。瞳を開いたら、レオが苦しげな顔でこちらを見下ろしていた。

「レオ……?」

「俺は、エリザベスを守らなきゃならない。俺の相手は、おまえじゃない」

 レオは俺にしがみついてきた。俺は、そっと彼の背中を撫でる。そうだな、レオ。俺たちは結ばれたりしたらいけないんだ。おまえはもっとも輝く一等星で、俺はスピカにぶら下がってるカラス座なんだから。

 俺は、全てを正直に話すことにした。自分が転生者で、レオに殺される運命にあること。それを回避したくて、エリザベスに惚れ薬を飲ませようとしたこと。そしたらレオがそれを飲んでしまったこと。レオは終始怪訝そうな顔をしていたが、黙って話を聞いていた。全てを話し終えた後、彼はうめく。

「……そんなバカみたいな話信じろっていうのか」

「信じなくてもいいんだよ。とにかく、俺のことは気にするな。エリザベスを幸せにしてくれ」

 それで話は終わったと思ったが、レオは俺の腕を掴んでベッドに投げた。ギョッとした俺に、覆い被さってくる。俺は慌ててレオを押し除けようとした。

「ちょ、なに」

「……あの王太子にもやらせたのか」

「……うん」

 気まずげに頷いたら、レオの身体から溢れ出した冷気が、部屋中を凍らせて行く。俺はひっ、と悲鳴を上げた。なんだよ、どうして怒るんだ。レオは俺を嫌っているはずなのに。イライラする、とレオがつぶやいた。彼の瞳には怒りと困惑が滲んでいる。かすかに赤くなった目は、レオがキレている証拠だ。

「記憶がないのもイラつくし、おまえなんかとしたことにもイラつく。あの王太子がおまえを自分のものみたいに扱うのもイラつく。エリザベスはおまえを親友みたいに扱う。クロフォードとイアンはおまえをやたらと気にする。全てにイライラする」

「カルシウムとったら……っ」

 顎を掴まれたと思ったら、レオが俺の唇を奪った。唇を離したレオが、囁いてくる。

「他の連中に媚を売るな。おまえは、俺のものだ」

「だ、だから、おまえの相手はエリザベスなんだって」

「誰のせいでこうなったと思ってる。帰るぞ」

レオは俺を引っ張って、部屋から出ようとする。突然現れたロイドが、扉の前に立ち塞がった。俺ははっ、と身体を強張らせる。ロイドは二人を見比べた後、クスッと笑って口を開いた。

「不思議だな、君たち。くっついたり離れたり」

「アルヴィンは連れて帰る」

「何を言っているのかな。アルヴィンは厚意でここにいてくれているんだよ。妹のために」

「そんなわけがない。こいつはずっと暗い顔をしてた。おまえが無理やり監禁してるんだろ」

 ロイドは俺に視線を向けてきた。どうするんだ、と言いたげな顔だ。どうしたいかなんて、明らかだ。レオに迎えに来て欲しかったんだから。俺は、思い切って口を開く。

「帰ります。もしレオが、学園で暴れたりしたら止めなきゃならないから」

「──そうか。なら彼を殺さなきゃならんな。ディオ・デスリア」

 次の瞬間、アルヴィンを、レオが突き飛ばした。ロイドが放った魔法を、氷の剣が弾き返す。壁に大きな穴が空いて、アルヴィンはギョッとした。あんなの食らったら死ぬだろっ……! ロイドはへえ、とつぶやいた。

「さすが氷の魔術師。普通はこれを弾き返すなんて無理なんだが」

「おまえ……それは禁忌の魔法だぞ」

「君だって禁忌魔法の集合体みたいなものじゃないか。

 氷の魔女、ブリュンヒルデの息子。レオナルド・キャピレス」

 その名前が出た途端、レオのまとう空気がいっそう冷たくなった。

「あまりにも強大な魔力に周囲が恐れをなし、赤ん坊の頃に地下牢に閉じこめられた。母親はぬいぐるみだったそうだね?」

 レオは剣呑な眼差しをロイドに向けている。ロイドは煽るような口調で続けた。

「君は人間じゃない。人ではないものを神は救わないんだ。聖女を得たって仕方がないよ」

「レオは人間です」

 俺は思わず口を挟んだ。

「どちらにせよ、アルヴィンは渡さない」

 ロイドが再び魔法を放った── 俺に対して。あまりにも突然のことで、防御姿勢を取るのが遅れてしまった。懐から杖を出したが、すでに眼前に迫って来ている。防御が間に合わない……! 焦った俺は、ギュッと目を閉じた。恐る恐る瞳を開けたら、何かが視界を覆っていた。──え。俺は、目の前にいる男を見上げた。

「レオ……」

レオの唇から、血が滴り落ちる。

彼はそのまま床に崩れ落ちた。俺は悲鳴を上げた。レオの腹部に大きな傷ができていた。いくら止血しても、じわじわと出血していく。必死になって、レオの名前を呼ぶ。心臓の鼓動が、どんどん小さくなる。ロイドはこちらにやってきて、蔑んだような眼差しをレオに向けた。

「氷の魔術師の異名もかたなしだな。妙な薬でたぶらかされて、哀れだ」

 いやだ。レオが死ぬなんて。俺の瞳から、涙が溢れ落ちる。レオは薄目を開けて、こちらを見上げてきた。伸びてきた指が、俺の涙を拭う。それは氷になって弾けた。レオは泣くな、とつぶやいた。ロイドは俺を煽るように声をかけてきた。

「聖女ならばレオを救ってみろ、アルヴィン」

「ちがう、俺は、聖女じゃない」

 ただの悪役令息だ。だからレオは死ぬのか? 俺なんかを好きになったから。本当は、エリザベスに恋をして一緒に生きていくはずだったのに。悪役の俺が、結末を変えようとしたから? 全身が震えて、目の前が真っ暗になる。

 エリザベスを呼べば助かるかもしれない。俺は立ち上がったが、ロイドがドアを塞いできた。俺は彼を押し除けようとした。懐から取り出した杖を向ける。

「どけよ!」

「早く助けないと、彼が死ぬぞ」

レオが死ぬ。俺のせいで──。

 俺は跪いて祈った。神様、お願いします。俺は死んだって構わないから。レオを助けてください。俺の命を捧げるから……。

 その時、溢れ落ちた涙が、床に落ちて光った。俺の目の前に、翼の生えた女神が現れる。彼女は優しく微笑んで、俺の額にキスをした。俺の全身が光に包まれる。──その人を助けてあげなさい、聖女スピカ。

 まるで福音のような、美しい声が鼓膜を揺らす。女神はふっ、と姿を消した。俺はレオに近づいて行き、唇を重ねた。傷口が光り輝き、みるみるうちに塞がって行く。レオが身じろぎし、ふ、と瞳を開ける。よかった。俺は泣きながらレオにしがみついた。レオは俺の背中を撫でてくる。ロイドはしばらくじっとしていたが、いきなり笑い始める。

「素晴らしい! 君はやっぱり聖女だった。さあ、一緒にきて、妹を治すんだ」

ロイドが俺の腕を引く。その腕が跳ね飛ばされた。俺はハッ、とする。レオが氷の剣を手にして、ロイドを見据えていた。その瞳は真っ赤に染まっている。ロイドが痛みに叫んで、剣を引き抜こうとする。しかしその腕も跳ね飛ばされた。ロイドは血走った目でレオを睨みつける。

「おまえ! どういうつもりだっ」

「おまえを殺す」

 レオは、冷え切った声で告げた。瞳は真っ赤に染まっていて、彼の体から発せられた魔力は、吹雪のように荒れ狂っている。俺はぞくり、と身体が震えるのを感じた。

 レオは、ゲームの中で俺を処刑したようにロイドを殺す気なんだ。ロイドが体当たりをするように扉を開けて、部屋を飛び出した。レオがそのあとを追いかけて行く。止めなきゃ、と俺は思った。だが、身体が動かない。聖女の力を使ったせいなのか? くそっ、こんな時に!

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