第7話 一難去ってまた一難です
×月◯日
先日、レオが寮を凍らせて、大変なことになった。薬の効果が切れるまで、「嫌い」という単語は使わない方が良さそうだ。あと、クロフォード先輩の家にわずかばかりの寄付をした。ポケットマネーから出したので、残りの学園生活を過ごせる程度の額だ。金持ちとはいえ小遣いには限りがあるし、ローラを稼ぐ方法を考えなきゃな。
追記・明日は解毒薬について、マーヴィン先生に話を聴きに行く。
−200万ローラをクロフォード先輩の家に寄付
そこまで書いて、なにか大事なことを忘れている気がした。しかし、眠かったので休むことにした。スマホもないので、夜更かししなくて毎日安眠だ。布団に潜り込んで、しばらく経ったころ、俺は勢いよく起き上がった。
「ああっ、しまった! エリザベスを家に呼ぶんだった」
怒ってるかな、約束を反故にして。明日朝、スコーピオンクラスに行ってみよう。ついでにくまのぬいぐるみを渡して好感度アップだ。スコーピオンクラスへ向かうと、エリザベスが友人たちと話していた。近づいて行くと、おはよう、と挨拶を返してくれる。珍しく、イアンの姿もない。よし、今だ。俺は、エリザベスにくまのぬいぐるみを手渡した。エリザベスはぱっ、と表情を明るくする。
「私に? ありがとう!」
喜んでくれている。渡してよかった。よし、この勢いで家に誘おう。
「おい、アルヴィン。てめえ、なにベスにちょっかいかけてるんだよ」
どすっ、と肩に圧がかかり、俺はびくりと肩を揺らした。こちらを見下ろしている、目つきの鋭い短髪の男。一見寄りかかっているだけに見えるだろうが、肩に肘が食い込んできてめちゃくちゃ痛い。俺は曖昧な笑みを浮かべる。
「や、やあ、イアン。今日もワイルドだね」
「舐めてんのかてめえ。来いや、しごいてやる」
イアンはズルズルと俺を引きずって行った。彼に連れて行かれたのは、訓練場だ。イアンはたしか、フェンシング部だったな。おそらくフルーレを挑まれるのだろう。どちらかといえば知性派の俺としては、一番苦手なのが武術である。イアンはこちらに剣を投げてきた。細い針にお椀がくっついたような形状の剣だ。これで相手の急所を突く。しかし、イアンは素で攻撃してきた。フルーレって防具を使うはずでは!? 魔具に付いているセンサーに剣先が当たると、得点が表示されるのだ。
慌てて避けたら、膝を打たれた。早い……っ。イアンはトップクラスの剣術の使い手で、魔剣士の素質がある。片手を出して降伏の合図を示したが、イアンはその手すら打ち据えてきた。
「ぐ、っ」
「はっ、モヤシが。卑怯な手を使わなきゃ相手にもならねえな!」
「ひ、卑怯な手……? 俺、なにかした?」
覚えてねえのか、とイアンがこちらを睨みつけてくる。いじめるのに理由はないってクロフォードは言っていたけど。なんかしてるのかよ、アルヴィン。落ち着いて、と言う前に、剣をはたき落とされた。イアンは、容赦なく俺の顔を叩こうとする。頭をかばったその時、氷の盾が現れた。
「あっ?」
「──何をしている、イアン・ガーネット」
あたりを凍てつかせる氷魔法の中から現れたのは、レオだった。なんでいつも絶妙なタイミングで現れるのだろう。まさかストーカーされてる? イアンは鼻を鳴らし、氷の盾を打ち据えた。すると盾が真っ二つに割れる。レオの氷魔法を打ち砕くなんて、すごい腕力だ。イアンは俺の肩に靴をめり込ませた。俺は痛みに顔を歪める。
「こっちの台詞だっつの。最近、こいつにベタベタくっついてなんのつもりだ。ベスを守るって言ったのはどこの誰だ?」
「それは昔の話だ。今すぐアルヴィンから離れないと殺す」
「やってみろよ!」
イアンはフェンシングの剣を捨て、風魔法を出現させた。レオが氷の剣を出現させる。アルヴィンの肩が軽くなった、と思ったら、イアンはレオの前に移動していた。レオはなんなくイアンの攻撃を交わす。二人の打ち合いは早すぎて目に見えない。激しい風や氷風のせいで、床板が捲れ始めていた。ここは魔法を使うようには設計されていないのだ。このままだと訓練場が壊れる。しかし俺が行っても木っ端微塵にされるだけだ。そこにエリザベスが駆け込んできた。
「イアン! やめて」
「エリザベスっ、危ない!」
激しい剣の打ち合いによって飛び散った氷の破片が、エリザベスに向かって飛んでいく。俺は彼女を突き飛ばした。氷の破片が、俺の肩に突き刺さる。痛みにうめいたら、レオがはっ、と振り返った。
「アルヴィン!」
「よそ見するな!」
イアンがレオに一発入れた。しかし、剣の一振りで弾き飛ばされる。レオはエリザベスを押し除け、アルヴィンに寄り添った。
「大丈夫か、アルヴィン」
「平気、だから。落ち着いてくれ」
「早く保健室に行こう」
「おい、てめえ逃げんのか」
頭から血を流したイアンが吠える。エリザベスは必死になってイアンをなだめていた。彼女は早く行って、と合図をしてくる。レオは俺を抱き上げて、保健室へ向かった。俺はハア、とため息を漏らした。情け無いな、俺。エリザベスをまともに守れないなんて。強い魔力がないのは、やっぱりヒーローじゃないからなのかな。レオに魔力供給されたら、強くなれるのかな。そんなことを考えて、慌てて振り払う。なにバカ言ってるんだ。もうあいつとHしたりしないぞ。
カーティスは止血魔法をかけた後、氷の破片をピンセットで引き抜いた。血は出なかったが、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
「い、っ」
「こりゃひどいな。凍傷になりかけてる」
マジかよ。すぐに破片を抜いたのに、そんな影響が出ているなんて。レオの氷魔法は恐ろしい。ゲーム世界での処刑の方法も凍死だったしな。ゾッとしていたら、レオが俺の服に手をかけた。俺は真っ赤になってもがく。
「ちょ、何してんだ!」
「人肌で暖めればなんとかなる」
なるわけないだろ! カーティスは呆れた目でこちらを見ている。止めてくれよ、先生なんだから! その時、シャッ、とカーテンが開いた。造花を手にしたクロフォードが、こちらを見て笑みを浮かべる。
「──僕でよかったら、手を貸しましょうか?」
「先輩……その花は」
「内職だよ。貧乏学生だから」
なんて涙ぐましいんだ、とほろりとする。クロフォードはこちらに来て、俺の肩に触れようとした。しかし、レオがその腕を掴んで捻り上げてくる。俺を挟んで、二人が睨み合った。あの……早くしないと凍傷で肩がもげそうなんですけど。俺の心を読んだかのように、保険医が口を挟んだ。
「レオ、アルヴィンが怪我したのおまえのせいなんだろ。他のやつに触らせたくないのはわかるが、我慢しろ」
さすが先生、大人の余裕が感じられる。でもなんでそんなに理解が早いんですか。こっちはまだレオの豹変ぶりについていけてないのに。レオはちらっとカーティスを見た後、渋々手を引いた。クロフォードはそっとアルヴィンの肩に手を置き、熱を送ってきた。その暖かさにホッとする。
「痛い?」
「痛くないです。気持ちいい」
「そう……もっと強くする?」
「それは強すぎます。さっきの、ん……先輩の手、あったかい」
俺が吐息を漏らしてつぶやくと、クロフォードがなぜかごく、と喉を鳴らした。しきりと気持ちいいかとか、熱いかとか、痛くないかとか聞いてくる。不思議に思いながらも、「痛くない」「気持ちいい」「熱いです」と答える。背後にいるレオの機嫌がだんだん悪くなってきたのがわかる。傍観していた保険医は、呆れた声を漏らす。
「あのさあ、保健室でいかがわしい会話するのやめてくれないか」
「いかがわしい? 治療してるだけですよ」
「もういいだろう。離せ」
レオはクロフォードの手をはたき落とした。クロフォードは再び内職に戻る。俺は少し残念な気持ちになった。さっきの、気持ちよかったんだけど。内職で稼ぐよりも、あの特技を活かして、商売をやったらどうだろう。カイロプラクティックみたいなやつ。治療してもらったおかげに、内職を手伝うことにした。
「先輩、手伝います」
「いいよ。氷の魔王様が機嫌を損ねるだろ?」
「レオも手伝ってくれよ」
俺が誘うと、レオは黙って材料を手にした。クロフォードは、驚いたような顔でこちらを見る。レオが人に従うなんて、思ってもみなかったんだろうな。惚れ薬の力、すごい。だけどそろそろ、薬の効果が切れる頃だよな。俺は自分の墓を掘らなきゃならないかも。内職を終えたクロフォードは、箱を抱えて保健室を出て行った。にしてもあの数の造花をなんに使うんだろう。
保健室を出た俺は、レオにこう告げた。
「レオ。俺、マーヴィン先生のとこ行くから先戻ってて」
「俺も行く」
「勉強のことで質問するだけだよ」
レオは不満げにした後、教室へと歩いて行く。なんかさっきからおとなしいな。怪我をさせたことを引け目に思っているのかもしれない。レオを見送ったアルヴィンは、はあ、とため息をついた。やっと一人になれた。最近、レオにべったりくっつかれていたから、屋敷ぐらいでしか気が抜けなかった。その屋敷にも突撃してくるから、疲れてしまう。教員たちがいる棟へ向かい、薬学研究室の戸を叩く。
「マーヴィン先生、いらっしゃいますか?」
返事がないので、戸を開けてみた。しかし、マーヴィンの姿はない。少し待ってみようかと、アルヴィンは部屋に入った。椅子に腰掛けたアルヴィンは、研究室の中を物珍しげに眺める。見ているだけでワクワクした。いいなあ、卒業した後は、こういう場所で働きたい。たしかアルヴィンは、王宮薬師になりたいんだっけ。レオに殺されるので、その夢は潰える訳だけど。
個人的には、研究者もいいと思っていた。破滅を免れたら、思う存分魔法薬を研究できる。ふと、緑色の綺麗な薬品がテーブルに置かれているのに気づいた。ん? なんだろ、これ。
「アルヴィン?」
いきなり声をかけられて、慌てて振り返る。マーヴィンはこちらにやってきて、どうしたんだい、と尋ねてくる。
「惚れ薬について、質問したくて」
「惚れ薬? そんな課題を出した覚えはないが」
「じ、実は……遊びで作った薬を、レオにうっかり飲ませてしまって」
俺は、叱責覚悟で真実を話す。マーヴィンは、呆れた顔をした後、納得したように頷いた。
「だからレオの様子がおかしかったわけだな。彼は他人に構うタイプじゃないだろう」
「はい。効き目が異常で、解毒剤が効かないんです」
「なるほど……とりあえず、君が作った惚れ薬、見せてくれるか。成分がわからないと、解毒剤を作れないんでね」
やっぱり専門家は頼りになるなあ、と俺は思った。日記に挟んでおいた、惚れ薬のレシピをカーティスに手渡す。研究室を出た俺は、ポケットに緑の薬品が入っていることに気づいた。あ、これ持ってきちゃった……まあ、今度来た時に返せばいいか。さて、エリザベスを家に誘いに行かなきゃ。エリザベスの教室に向かっていたら、クロフォード先輩が現れた。
「クロフォード先輩」
「ちょっと話があるんだ。いま、いいかな?」
俺は返事に困った。早くエリザベスに合わないと、放課後が終わっちゃうんだけど。でもクロフォードを無碍にするのは気が引けた。さっき助けてもらったわけだし。クロフォードは、生徒会室に俺を連れて行った。じっと見つめられて、気まずい思いをする。最近まで殴る蹴るされてたし、二人きりでいるのは正直怖い。クロフォードは、視線を外さずに口を開いた。
「なんでレオは、元に戻らないのかな?」
「えっ?」
「惚れ薬の効果はせいぜい二日。彼が変になってから、もう1週間以上経ってる。そろそろ元に戻らなきゃおかしいだろう」
そんなこと、俺が聞きたい。解毒薬も効かなかったのだと話したら、クロフォードがへえ、と相槌を打った。
「じゃあ、考えられる可能性は一つなんじゃないかな」
「可能性って、なんですか」
「レオは最初から君が好きだった」
俺はギョッとして、クロフォードを見た。まさか、そんなことあるはずがない。初対面から冷たくて、クロフォードたちと一緒に俺をいじめてたっていうのに。動揺している俺に、彼は冷静な口調で続ける。
「たしかにレオはエリザベスに好意を持っているように見えたよ。だけど君を気にかけているようにも見えた。何度か僕たちに、君に手出しするなって言ってきたからね」
「え……どうして」
「さあ? 君たちのことは僕にはわからないけど。なにか心あたりはないの?」
「転生前の記憶がなくて」
「転生?」
俺は慌てて口を塞いだ。くそ、つい思ったことを口走ってしまった。クロフォードはじっとこちらを見つめている。そもそもなんで先輩は、こんな場所に呼び出してまで俺を追求してくるんだ? 前まで見かけたら無視か、嫌がらせをしてくるだけだったのに。多分レオのせいだ。レオはエリザベスをめぐる一番のライバルだろうから、彼の動向が気になるんだろう。
クロフォードは生徒会室の椅子に腰を下ろし、冷静な視線で俺を見つめていた。俺はごくっと唾を飲む。
「その……転生というのは比喩的な意味で、過去の自分を振り返って、変わりたいと思ったということです。エリザベスに好かれるために、もっと努力しなきゃと思って」
どうにか話をまとめながら、俺はクロフォードの反応を待った。自分が異世界転生したなどと信じてもらえるはずがないので、上手くごまかすしかない。
クロフォードは黙って俺の話を聞いていたが、しばらくしてゆっくりとうなずいた。
「なるほどね。エリザベスへの想いは本物なんだ」
「はい!」
「へえ……そう」
「そ、それだけですか? 俺、エリザベスを家に誘いたくて」
「もう一つ。寄付金をくれたのは君?」
俺はぎくりと肩を揺らした。俺とクロフォードは、お世辞にも仲がいいとは言えなかったのだ。彼は一体どういう魂胆なのかと、警戒しているのかもしれない。
ここで下手に否定すれば、もっと怪しまれるかもしれない。俺は苦し紛れに笑顔を浮かべた。
「俺は何も知らないんですが……誰かが、先輩を助けるためにやってくれたんじゃないですか?」
クロフォードは目を細め、じっと俺を見つめた。その冷静で洞察力に満ちた視線は、俺が何かを隠していることを見抜こうとしているかのようだった。
「善意の寄付なら、もらわないわけにはいかないよね」
クロフォードの言葉に、俺はホッとした。後輩から恵んでもらうなんて、誇り高い騎士である彼は喜ばないだろう。こんなものいらないと、突き返されたらどうしようかと思っていたのだ。自己満足でしたことなので、感謝されたいとは思っていない。クロフォードは黙り込んでこちらを見ている。この人も綺麗な顔してるよな……。俺は、しどろもどろになりながら口を開いた。
「あ、あの。そろそろ行ってもいいですか? 放課後の予定があって……」
「ああ……そうだね。引き留めてごめん」
「じゃあ失礼します……」
部屋を出る直前、クロフォードは静かに言葉を投げかけた。
「ねえ、アルヴィン。僕を恨んでいないの?」
俺ははっ、と振り返った。クロフォードは立ち上がって、こちらにやってくる。彼が頭を下げたので、俺はハッとした。クロフォードはすまなかった、と震える声で告げる。
「僕は、君に散々なことをした。エリザベスのことが大きいけど……家のストレスもあったよ。殴るなり蹴るなり、したらいい。なんなら、全裸で土下座する」
その言葉に少し胸が詰まる思いがした。俺だって、ゲームの世界でエリザベスに対して許されないことをしたのだ。セバスチャンのことも傷つけた。だけどこうやって、やり直す機会を与えられている。なら、他の人間にだってチャンスは与えられるべきなんだ。俺は、懐から杖を取り出した。呪文を唱えたら、ぽん、と音を立てて、クロフォードの髪がアフロになる。クロフォードが目を瞬いた。
「これでチャラですね」
俺が微笑むと、クロフォードが息を飲んだ。早くエリザベスのとこに行かなくちゃ。
俺は生徒会室を後にし、エリザベスの教室へと急いだ。
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