第2話 恥の多い一生です
「おまえは我が家の恥だ、アルヴィン」
アルヴィン・フォン・グレイスは頰にガーゼを貼ったまま、むっつりと父親の小言を聞いていた。
「七大家の一つであるグレイス家の嫡男が、野良犬のように品のない生徒にコテンパンにされるとは」
「いえ、レオは学年一の魔力と学力のある天才で」
「キャピレス家の子息を褒めるなっ!」
アルヴィンの父、モンタギューはカッとなって机を叩いた。落ち着けよ、とアルヴィンは内心で思う。ただでさえ頬が痛いのだ。多分折れている。レオめ、親父にも殴られたことないのに。ちなみにこの親父ではなく、本当の親父の方だ。現在の父、モンタギュー伯の説教は止まず、そもそもおまえには武術の才能がないだの、このままでは弟に継がせる必要があるだのと続いた。やっと説教が終わり、俺は父の執務室を出た。不機嫌に歩いて行く俺に、使用人たちが頭を下げる。アルヴィンは陰険オタク薬学バカなので、こういう態度でも不審に思われない。つーか、この屋敷の廊下長っ。室内を歩くだけで疲れるわ。部屋に戻った俺は、ベッドに寝転がり、思いっきり伸びをした。
「あーくそ、なんで悪役なんだよー」
俺は起き上がり、壁にかかっている鏡を恨めしげに眺めた。そこに映るのは、姉がハマっていた乙女ゲーム「ロマンス・オブ・クラウン」の悪役令息、アルヴィン・フォン・ベルグレイスの姿だ。ゲームの中では、ヒロインを監禁して陵辱しようとし、最後には破滅する悲劇の悪役である。
現実世界では、直哉は商業高校に通う学生だった。成績も普通、見た目も中身も派手ではなく、バイトと勉強で毎日忙しかった。オタクというわけではないけど、ゲームは好きだし、クラスで流行っていた転生ものの人気アニメや漫画はだいたい見ていた。しかし姉はかなりのオタクだった。
「ねえっ、これ超萌えだからやってみてよ!」
姉が薦めてきた乙女ゲームには興味がなかったものの、グラフィックが結構きれいだったので、プレイの様子をちらちらと見ていたのを思い出す。そして、ヒロインをいじめた結果、レオナルド・キャピレスによって処刑される悪役令息、アルヴィンのことも――。顔も地位も金もあるくせに、ヒロインを落とせないとかバカだなあ、と笑っていた。こういったゲームは普通、ヒロインに感情移入して楽しむものだと思うが、姉の楽しみ方は若干特殊だった。
「レオ様とアルヴィンの殺伐BLが萌えなのよ〜」
「はあ」
殺伐BLとは、仲が悪いんだけど身体の関係がある、みたいなよくわからないボーイズラブのことらしい。ちなみに原作での二人は敵家同士な上に恋のライバルなので、そんな設定は微塵もない。レオは好きな相手以外には超冷酷で、アルヴィンを処刑するシーンは乙女ゲームとしてはちょっとどうかと思うぐらいエグかった。しかし姉的には二人の恋愛が成就したぐらいの萌えシーンだったらしい。「アルヴィンを転生させて二人を幸せにする」とかいうネタで同人誌を作っていたのだから、大した情熱である。──じゃなくて。
「俺、殺されるじゃん!」
転生直後、俺はめちゃくちゃ焦っていた。
これは大変だ。このまま普通に生きていたら、ゲームの筋書き通り王太子に殺されてしまうかもしれない。なんで普通の高校生だった俺が、そんな目に遭わなくてはならないのか。まだ女の子と何もしていないのに! 幸い、アルヴィンはエリザベスを賭けてレオと勝負をしたらしく、「負けた方が学園を出て行く」という約束をしたようだった。記憶が戻る前のアルヴィンに会えたらアホかと言いたい。そんなもん、レオが勝つに決まってるだろうが。レオは作中最強のチートキャラで、王家に連なるキャピレス侯爵家の嫡男にして氷の魔女ブリュンヒルデの息子という、さすがに盛りすぎだろみたいなキャラクターなのである。そして、俺の生家であるベルグレイス家は敵対していて、とにかく仲が悪い。アルヴィンは超ガリ勉で勉強はなんとか二位につけている。しかし魔法の才能はまるで歯が立たず、毎度卑怯なことをしてはぼろ負けしているのだ。俺はアルヴィンのように無謀な勝負をする気はない。エリザベスはそりゃ可愛いが、命をかけてまで落とそうとは思わない。破滅を避けるのに一番簡単なのは、コレだ!
「父さん、俺学園を辞めます」
そして、説教を食らったのである。ベルグレイス家は七大家と呼ばれるものすごい貴族さまなんだから、学園に通わなくたって領地経営で食べていける。しかし父は、キャピレスに負かされて学園をやめるなんて恥だと考えているのだ。学園をやめたらおそらく、家を追い出されるだろう。転生早々いきなりそれはきつい。なんといってもただの高校生だから、そんな大層なスキルはない。あるのは薬学チートぐらいか。アルヴィンは、書斎机の方に歩いて行った。試験管を手にし「惚れ薬」と唱える。すると、惚れ薬のレシピがゲームのメモ画面みたいにばっ、と表示された。異世界の言語なんだろうけど、文字が勝手に頭に入ってくる。
こんなん何の役に立つんだ。アルヴィンの能力は悪役だけあって地味だ。高校生の俺としては、めちゃくちゃ強いとかめっちゃモテるとかの方がいい。レオに痛めつけられてしばらく学園を休んでいたが、明日から学園に行かなきゃならない。ああ、憂鬱だなあ。俺はため息をついて、窓の外を眺めた。アークトゥルス、スピカ、デネボラ。春の大三角形が見えている。
「今って、春なんだ」
何を隠そう、俺は高校で天文部に入っていたのだ。ここには東京と違って、高い建物がたくさんあるわけではない。遠くには、塔が聳えている。あれは多分、魔法学園だよな。窓枠に頬杖をついて、塔を眺める。明日からあそこに通うのかあ。何にも覚えてないけど大丈夫かな。破滅イベントはたしか、高三のプロムで起きるのだ。アルヴィンはエリザベスに振られてかっとなり、彼女に薬を飲ませて無体なことをしようとする。
あ、そういやあのゲームR指定だっけ……そういうシーンだけ、姉ちゃんに内緒で見たような。プレイ内容とか結構ハードなんだよな。なんかドキドキしてきた。エリザベスは可愛いし、あわよくば付き合えたり、エッチできたりして。
原作ストーリーのような悪事を働かず、善行を積んで自分のイメージを変えなければならない。そうすれば、運命を変えられるはずだ。よし、頑張るぞ。決意した俺は、とりあえず二度寝しよう、とベッドに戻った。
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