第18話 探偵役と犯人

 クルスの言葉に俺は驚き、友の顔をじっと見る。リビングにいた他の人間も、同じような反応を示す。


「犯人の名前って、誰の名前が書かれてたんだよ?」


 他の人間を代表するように、俺はクルスに質問をぶつける。クルスは持っていた紙に視線を移し、言葉を発する。


「告発文を文面通りに読み上げます。"もし、私が殺されたのなら、犯人はアイシアさんです。私は彼女の犯行に気付いてしまいました。"そう、書かれています」


 全員の視線がアイシアに移る。アイシアは目を見開き、硬直状態になる。


「何を言ってるんですか? 何で、私が犯人なんですか? そんなのデタラメですよ」


 アイシアは激しい口調で反論する。


 あんなに怒っている彼女の顔、見た事ないぞ。クルスとアイシアの顔を交互に見て、俺はゴクリと唾を飲み込む。


「この告発文は、エミノールさんの部屋の机の引き出しから見つかりました。昨日のアリバイ証明が出来なかったアイシアさんの状況から考えて、この告発文は正当性があると僕は考えます」


 クルスは皆に見えるように、告発文の書かれた紙を掲げる。手前にいたラウナがそれを手に取り、じっと見ている。そして、驚きの顔でアイシアを見ている。


 嘘だろ? アイシアさんが犯人? まさか?


 俺は愕然として、アイシアの表情を観察する。彼女は動揺し、必死で反論を考えているような、そんな素振りを見せる。


「その告発文はニセモノです。誰かが私を犯人におとしいれようとして作られた物です。そんな物は、引き出しに入ってなかったですから」


 アイシアは興奮しながら、クルスに応える。クルスはその言葉を受け、ニヤリと微笑む。


「なぜ、アイシアさんはこの告発文がエミノールさんの部屋の机の引き出しに入ってなかったと分かるんですか? 説明してもらえますか?」


 アイシアは絶句する。まるで罠にハメられたと言わんばかりの焦りの表情を彼女は見せている。


「エミノールさんに化粧道具を貸していたんです。それを返してもらおうと彼女の部屋に行ったんです。彼女の部屋のドアが壊されていたので、失礼かと思ったんですが、入って中を探させてもらいました。その時に、告発文の紙なんてなかったのを確認しました」


「なるほど。それは、どんな化粧道具だったんですか?」


 クルスの質問に、アイシアは目をキョロキョロさせて応える。


「口紅です」


「そんな物はあの部屋になかったですね。どういう事ですか?」


「私に聞かれても困ります。エミノールさんが自分の部屋以外のどこかに持って行ったんじゃないんですか?」


「では、質問を変えます。エミノールさんは、なぜあなたが犯人だと告発していると思いますか?」


「分かりませんよ。私が聞きたいくらいです。何で私が犯人なんですか? 教えて下さいよ」


「例えば、エミノールさんに毒の入ったグラスをベルンさんの所に持って行ったのを見られたんじゃないですか? だから、エミノールさんは告発文を残し、あなたに殺された」


「私は持って行ってませんし、誰も殺していません」


 リビングはクルスとアイシアの問答の為、張り詰めた空気になっている。そんな中、俺はさっきのクルスの一言でとんでもない事を思い出してしまう。


 俺にとっては今の今までは、重要な事ではなかった些細な出来事。なぜなら、俺は事件の犯人よりも、このお泊り合コンで、いかに彼女を作るかが重要だったのだ。その事で頭がいっぱいだったので、完全に忘れていた。


 犯人を特定する行動の記憶……。


 緊迫した空気の中、俺は申し訳無さそうに手を上げ、口を開く。


「あの……今さらで申し訳ないんだけど、いいかな? 俺、ベルンにグラス持って行った人、知ってる。この目で見たよ。今、思い出した」


 その一言で、全員の視線が俺に集まる。そして、場はさらに緊迫した雰囲気に変わり、興奮したクルスが俺に近付いて来る。


「誰なんですか? サークさん。応えて下さい」


「……アイシアさんだよ。最初のランチの時に、アイシアさんが一番に料理を運ぶの手伝いに行っただろ? 俺、その時にこの子は誰の所に一番に飲み物と料理を持って行くのか気になったんだ。そしたら、一番にベルンとマルノオの所に飲み物を持って行ったんだよ。その事に嫉妬してたから、よく覚えている」


「嘘よ。私は持って行ってない。サークさんの勘違いよ」


「ゴメン、アイシアさん。間違いないよ。アイシアさんは、飲み物はベルンとマルノオに一番に持って行ったけど、料理は俺やクルスの方に先に持って来てくれたんだ。この時、アイシアさんはベルン達に特別、好意を持ってる訳じゃないんだなと俺は思ったんだ」


「だから、それはあなたの勘違いですって……」


 アイシアは興奮しながら、俺を睨んで来る。俺は申し訳ないと感じ、彼女から目線を逸らす。


「こういう時のサークさんの記憶は間違いないと思います。やっぱり、アイシアさん、あなたが犯人です」


 クルスはアイシアを指を差し、叫ぶ。アイシアはキョロキョロと周りを見回し、状況を確認している。皆、驚きの顔で、アイシアに冷たい視線を送っている。


 そして、アイシアは観念した顔になり、静かに目を閉じる。








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