第14話 白だけど、黒

「え、俺、部屋に入っていいの?」


 ドア越しに俺はエミノールに確認する。自分でも耳を疑うレベルの人生で初めて言われた言葉だった。


「えぇ、どうぞ」


 部屋のドアが少し開き、中からエミノールが覗き込むように外を確認している。俺は言われるがままに彼女の部屋へと入って行く。


 俺が入ったと同時に、エミノールは部屋の鍵を閉める。俺は女の子の部屋で二人きりとなる。


 ヤバいぞ。スゴくドキドキする。身体も震えている。落ち着け、サーク。落ち着くんだ。


 俺は深呼吸をし、心拍を落ち着かせる。エミノールはリラックスしたような感じで、ベッドに座る。


「何で、俺だけ部屋に入れたんだ? どういう事なんだ?」


「別に深い意味はないわ。しいて言えば、あなたは殺人犯ではないと思ったから、入れても大丈夫かなと思ったの」


 それはつまり、俺の事が好きって事ですか?


 俺のドキドキは、さらに加速する。が、冷静な顔を装い、なおも彼女に続ける。


「なぜ、俺が殺人犯でないと思ったんだ?」


「だって、あなたみたいにエロくて、バカな男が殺人犯なワケないでしょ? この殺人犯は知的で、かなりクールな奴よ。今までの犯行を見てたら、想像がつくわ。だから、全く逆のタイプのあなたは、信用出来るかなって思ったの」


 何だって? 俺がエロくて、バカだと。ふざけるな。俺のどこがエロいんだ? いや、確かに少しだけ、みんなよりほんの少しだけ、エロいかな? そして、俺は決してバカではないぞ。


 反論したい言葉を、俺は心の中に押し込め、他の人間から託された任務を遂行する。


「なるほど。じゃあ、早速、部屋と手荷物を調べさせてもらうぞ。他のみんなは調べた。他のみんなからは毒は発見されなかった」


 俺はそう言いながら、部屋の中を調べる。簡素な部屋だ。時間と手間は掛からない。エミノールは余裕の表情を見せ、俺の行動を見ている。


「無いようだな? 次は手荷物検査だ。カバンの中を見せてもらおうか?」


「いいわよ」


 エミノールは、俺にカバンを差し出す。俺はドキドキしながら、カバンの中の物を調べて行く。


 中には化粧道具や着替えなどが入っている。そして、俺はエミノールの黒いきわどい下着を発見する。


 心臓が胸から飛び出すくらいの衝撃を俺は受ける。ある意味、毒よりも、こちらのお宝を本当は探していたのかもしれない。


 だが、この下着をゆっくりと堪能する勇気はない。その選択をすれば、痴漢だの変態だのの烙印を押され、俺は女の子から嫌われてしまう。


 欲望と理性が俺の中で戦う。そう、俺は葛藤しているのだ。


「どう? 毒なんて持ってないでしょ? 私は犯人じゃないんだから」


 エミノールの言葉で、俺はドキッとし、カバンを慌てて閉める。そして、何事もなかったように、クールな表情を彼女に見せる。


「そうだな。確かに毒は持ってないようだな」


「でしょ? 私は白よ」


 エミノールは自信満々の顔で、こちらに訴え掛けている。


 いや、下着は黒でしたよ。かなりセクシーな。


 俺はまた、エロい事を考えそうになり、頑張って理性を呼び覚ます。


「でも、他の人も手荷物検査を受けて、何も出て来なかったんでしょ? 当たり前だけど、犯人もそんなヤバい証拠、いつまでも持っておかずにすぐに捨ててしまうわよ。だって持ってたら、犯人確定だもの」


「ま、確かに。逆を言えば、もう毒を捨てたという事は、ターゲット、つまり殺される人間は、もう居ないって事になるのかな?」


「そうかもね。まぁ、今だから言っちゃうけど、殺されたあの二人、かなり評判悪かったからね。殺されて当然って所はあったのかもね」


 エミノールは腕組みをし、考え込むような表情をしている。


「あの二人の事、前から知ってたのか?」


「いえ、会ったのは今日が初めて。名前も一応、聞いた事はあったんだけど、殺されるまでピンと来なくて、噂の事を思い出せなかったの」


「ふーん。で、アイツらの噂って?」


「あの二人組は、"味方殺し"で名前が通ってたのよ。パーティーを組んで、同じダンジョンに行った仲間は帰って来ないっていう噂が頻繁に流れていたの。まぁ、あんな性格だしさ、かなり色んな所から恨みを買ってたんじゃないのかな?」


 エミノールはまたもや、考え込む表情をする。


「なるほど。だから、殺されて当然ってエミノールさんは思ったのか。その辺に、もしかしたら殺人犯の動機があるのかもしれないな。でも、その推測が間違ってて、無差別殺人だったらどうする?」


「もしそうなら、とっくにみんな死んでるわよ。ところで、ねぇ、あなた。本当に強いの?」


 エミノールは真剣な顔で、俺の目を見つめる。


「あぁ、強いよ。それは嘘じゃない」


 俺はものすごく照れていたが、表情に出さないように冷静に振る舞う。


「サークさん。あなた、女の子にがっつかなければモテるのに、惜しい男ね」


 エミノールは軽く微笑む。俺の胸の鼓動が速くなる。俺は彼女をじっと見つめ、彼女の次の言葉を待つ。


「私、犯人が分かったかもしれない。今からちょっと調べたい事があるの。だから今夜、またこの部屋に来て。そして、朝まで私を守って欲しい」


 俺はその言葉で鼻から血が出そうになった……。






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