File No.4

 真莉は、その人を睨みながら、強い口調で


「ここにいる人の中で藤田さんを、殺せたのは、あなたしかいない!

 あなたは、まず、藤田さんが、部屋に入る前に口紅に細工をした。

 まず、見てください!」


 と、真莉は口紅を掲げると


「私の観察眼だと、藤田さんは、大人しいシックな趣味の人だと思われます。藤田さんの化粧品や服を見れば一目瞭然です!

 ですが、この口紅は、それとは真逆で派手なラメ入りの口紅なのです!」


 その人は、何の臆面もなく平然としながら


「それが、どうしたのですか?たまたま、使ってみたかっただけじゃないですか?」


真莉は、激しく首を左右に振ると


「これが、犯人の罠だったのです!

 犯人は、まず、いつも藤田さんが使っている口紅をこの口紅にすり替えた。

 藤田さんを殺すために!」


 僕は、訳がわからず、真莉を宥めながら落ち着いた口調で


「なら、口紅に毒が仕込んでいたの?」


「いいえ!

 そこが犯人の頭の良いところよ!

 口紅に毒を塗ると、犯人が特定されてしまう!

 だから、罪を擦りつける為に敢えて口紅には、毒を塗らなかった!」


「なら、真莉。一体どこに毒が塗られていたの?」


 と、真莉に僕が説明を求めると、真莉はコホンと咳払いをして皆んなをゆっくり見まわすと


「順を追って説明するわね。まず、藤田さんは、自室に入った。その時には、口紅はラメ入りになっている。犯人は、その間をおかず、レモンが濃く絞ったレモネードを持って行く。ある物と一緒に……」


「ある物って何なの?

 真莉?」


「漂白剤が強く湿っているお手拭きよ!」


……お手拭き?


 一同が的を得ない中、真莉は


「藤田さんは、夕食の為に、化粧を直そうと口紅を引く。しかし、口紅は趣味に合わない派手な物。藤田さんは、お手拭きで口紅を落とす。そして、漂白剤が口に入って気持ち悪くなった藤田さんは、レモネードも口に入れる……」


 僕は、疑問符が頭に浮かんだまま


「なんだ、何も、毒なんてないじゃないか?」


「いいえ!

 漂白剤とレモンが混ざると、所謂、混ぜると危険……有毒な塩素ガスが起きるのよ!」


 一瞬にして、その場が凍りついた。


「じゃあ……藤田さんは、それで……」


「そう……ただ、犯人の誤算は、そのメリーゴーランドのオルゴールよ!

 藤田さんは、化粧を直す前にオルゴールを動かした。そして、塩素ガスで苦しんでいる中回っているオルゴールを掴み、印を残した!」


「その印って?」


「見て頂戴!

 ここに爪の後があるわ!」


 真莉は、高々とオルゴールを掲げると確かに爪の跡が残っていた。


 「そして、犯人は、しばらく様子を見て藤田さんに夕飯の用意ができたとか適当な用件で部屋を訪れる……予定通り亡くなっているかどうかを確かめる為に……そして、亡くなっている藤田さんを、見立て自殺の為に、お手拭きを仕舞い、首吊りした様に舞台を整えて、そして全てを完了した後、何食わぬ顔で私たちの目の前に現れる……」


 真莉は、目を閉じて場には静寂が支配した。

 そして、キッと、その人を睨むと


「そうですよね?

 荒川さん?」


 全員の視線が荒川さんに向けられた。


「明石様……何故、私がそんな事……」


「荒川さん!もし、あなたのポケットから、漂白剤の染み込んだお手拭きが出てこなかったら、私の推理は引っ込めます!

 拓磨!」


 僕は、荒川さんを念の為に素早く拘束して、ポケットを探ってみると……


濃いルージュの痕が付いたお手拭きが出てきた。


 真莉は、呟く様に


「やっぱり……

 拓磨!

 そのまま荒川さんが暴れない様に縛って!」


 僕は、国木田さんに頼んで縄を用意してもらって縛った。


 荒川さんは、観念したのか、紳士的な態度とは打って変わって鬼の様な形相で


「私は、あの悪魔を地獄へ落としたのです!

 何も悪いことはしてない!」


「荒川……お前……」


 と、国木田さんは、荒川さんを憐れむ様に


「私の主人は、薫の旦那様しかいないのです。

 あの悪魔は、旦那様を体良く殺して全財産を手にしたのです!

 自分は画家とか言いながら、金の亡者その者です!

 まさしく、金でキリストを裏切ったイスカリオテのユダだったのです!

 だから、それに相応しい死を与えてやっただけなのです……

 私は、自分の行為に後悔は、ありません……

 ただ、罪を擦りつけようとした、国木田には申し訳ないとは思っていますが……」


 しばらく、沈黙が支配した後、荒川さんが


「私が、若い頃不況の中、食べるのに困った時仕事を与えてくださったのは、旦那様でした……あの様な、優しい方は、会った事はありません……それに、つけ込む様に悪魔が旦那様に保険金をかけて全財産を悪魔に捧げる様にたぶらかしたのです……私は、内々、旦那様に忠告しましたが……旦那様は、人が良すぎたのです……さぁ、名探偵さん、後悔は、ありません。警察へ私を突き出して下さい」


 そして、月島における、異人館のユダ殺人事件は、幕を下ろした。


 執事と藤田薫の2人の裏切りと言う、結果的に二重の裏切りが起こった事件だった……

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