File No.1
僕は、初夏の日差しが眩しい駅前に指定された時間10分前にただ、立って真莉の登場を待っていた。言われた通りに2、3日分の着替えや諸々の必要品を詰めたショルダーバッグを肩にかけて、異常な暑さの中、背中にツゥーっと落ちる汗に不快感を感じつつ今か今かと待っていた。
あー、あちぃ……
あ、やっぱりイタズラだったんだ、帰ろうと思って来た道を引き返すと、背後から
「ぷ、ぷぅー」
と、何とも気の抜けたクラクションが背後から聞こえてきた。
僕は、何事かと思って振り返ると、黄色いフォルクスワーゲンビートルに乗った真莉が大きく手を振っていた。
ビートルは、ニューじゃない旧型のビートルで今の時代良くあるなぁと感心してしまうくらい年季の入った代物だった。
僕は、真莉に乗る様に促されるままビートルの助手席に座った。
「ごめん待った?ちょっと途中、パトカーにスピード違反で切符切られそうになったから振り切るのに時間かかちゃった」
と、真莉は舌を出して
テヘペロ
と言ったが、僕はこの時から真莉の事を綺麗な同期とは何となく思えなくなってきていた。
そう、はっきり言ってこいつは危ない奴だと言う匂いが流石の平和ボケした僕でさえ嫌というほど感じた。
こいつ、一体どんな日常を送っているんだ?
そんな、僕の内心などどこ吹く風の真莉は、僕に向けて申し訳なさそうに
「ごめんね。この子、エアコン壊れているから、暑いかもしれないけど我慢してね」
と、一瞬信じられない言葉を吐いた。
こんなにクソ暑いのに……エアコンがない……だと?
僕は、胸に溜まった不満を撒き散らそうかとも考えたが、そこを喉元でグッと堪えた。
ダラダラ汗を流しながら、真莉に
「明石さん、これから僕たちはどこへ行くの?」
そもそもの話、僕たちはこれからどこに何しに行くのかさえも知らないのだ。
ただ言えるのは、これから楽しいカップルのドライブと言うわけでないのは、薄々感じてはいた。
そんな、僕をまるで江戸時代の侍を初めて見た外人の様な本当に信じられないと言う顔で
「え?
これから、何をしに行くのかもわからないのについてきたの?」
真莉は、穴が開くほど僕の顔見てきた。
「明石さん、危ないよ!
前!
前!」
と、真莉は、顔を前に向け直して急ハンドルで前方のトラックをギリギリでかわして追い越して走ると
「私は、真莉でいいわよ。ねぇ、拓磨。この前話たよね。ミステリーの謎解きには、5W1Hが鍵になるって……それを、使ってこれから、どこに行って何をするのか謎解きしてみて?」
僕は、腕を組みながら、考えてみた。
「このままこの道を進めば港に着く……と言う事は、海水浴……いや……まだ、そんな時期じゃないな……となれば、海釣り?」
「拓磨?私が海釣りするとしたら、そこにあるべき物が車にあるかしら?」
僕は、随分すすけた後部座席を見ると、真莉のおそらく着替えなど入ったボストンバック以外、釣り道具らしきものは、一切なかった。
「これ以上は、データが不足して答えが出ないよ……」
と、降参したけど真莉は、なおも続けて
「ミステリー好きなら、聞いたことないかしら?この辺りには名探偵女子高生がいるって」
そして、しばらくの沈黙の後
「名探偵女子高生も歳を取れば大学生になるわよね」
僕は、信じられない物を見る思いで真莉の顔を見ると
「それじゃあ、時々新聞で書かれていた人って……」
「そうよ。私よ」
と、あっさりと答えた。
「さぁ、ヒントは出したわ。考えてみなさい」
僕は、時々紙面に登場する名探偵が現実に今ここにいるとは、にわかに信じられなかった。
しかし、それが事実なら、答えは大分絞られてきた。
「それなら、海で遭難した人の捜索かな?」
真莉は、首を左右に振ると
「それじゃあ、謎解きも何もないわよ。答えはこれよ」
と、真莉はポケットから一枚の手紙を差し出した。僕は手紙を読んでみると
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明石真莉様
拝啓 益々の〜(以下略)
つきましては、先日におきまして私、藤田薫に一風変わった脅迫状が届きました。私は、一応大きくはありませんが資財家でもあると共にそれなりの画家でも、あるのです。何でも脅迫状によると、私の絵の出来事を再現して私の命を頂くと言う端的に言えばそう言う話の物でした。警察は、例の如く事件が起きないと動いてくれませんので、大変恐縮では、ありますが何卒先生のお力を〜
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僕は、手紙に目を通した後真莉に返すと
「と言う事は、これからこの人の警護が目的なのかな?」
「そうよ。だから、あなたを連れてきたの。あなた武術の心得あるでしょ?
私には、一目でわかるわ。私が推理して犯人を特定してあなたが抑える。今回の計画を簡単に言えばそうなるわ」
「それで、これから行くところって……」
「港よりも海の向こうの離島……月島にある異人館……地元の人はその館をゴルゴダの館と呼んでるらしいわ」
……ゴルゴダ……イエス・キリストが十字架につけられた丘……ドクロと言われた丘の名前だ……僕は、嫌にでも不吉な予感がしてならなかった。
僕たちは、イエス・キリストと同じ様にゴルゴダへと向かって走っていた……
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