第4章 第4話: 「エミリーの逃亡」

「ワタシ、街を見タイ……」


エミリーが突然そう言い出した。彼女の大きな碧眼は、まるで子供のようにキラキラと輝いている。私はまたしても面倒なことになるのではないかと心の中で思ったが、仕方なくうなずいた。


「わかったわ……でも、何か騒ぎを起こさないでよ。」

鎮光(しげみつ)も無表情のまま黙って従う。


こうして、いつもの一行――私、鎮光、お怜(おりょう)、そしてエミリーは再び街へと向かうことになった。



市場に出ると、賑やかな声と人々の喧騒が広がっている。エミリーは目を輝かせ、あちこちを見ては楽しそうに歩き回っている。


「オオ、スゴイ!ニギヤカ……イロイロアルネ……」

彼女は興味津々に屋台や商人たちを眺め、まるで観光客のような態度だ。私はまた彼女が何かやらかすのではないかと内心ヒヤヒヤしながらも、周囲を見渡していた。



その時、瓦版屋の松吉(まつきち)がニヤニヤと笑いながら私たちの前に現れた。


「お姫さん、いいネタがあるぜ!聞いてくれるか?」


「松吉……また何か騒ぎを持ってきたの?」

私は少し呆れながら聞き返した。松吉は何か面白いことがあると、すぐに私たちに持ってくるのだ。


「今さ、港に外国の商船が停泊してるんだけどな、そこのお嬢様が逃げ出したって大騒ぎになってるんだよ。金髪で青い目の美しいお嬢様らしいぜ!いやあ、大事件だな!」



その話を聞いた瞬間、私は直感的にエミリーに視線を向けた。鎮光も無表情のままエミリーを見つめ、お怜もにやりとしながら彼女を見た。


「……エミリー、もしかして……」


「ワタシ?違ウ、ワタシオ嬢様ジャナイ!」

エミリーは急にあたふたし始め、必死に否定した。手をぶんぶんと振りながら、しらじらしい嘘をつき続ける。


「ワタシ、タダノ旅行者……船ハ、ノッテナイ……エエ、全然関係ナイ!」


彼女の慌てた様子に、私たちはますます疑念を深めるばかりだ。そんな露骨な嘘、誰が信じると思っているのだろう?



「これはやっぱり役所に行って事情を説明するしかないわね……」


私がそう言いかけた時、エミリーは急に何かを思い立ったように辺りを見回した。そして、目の前に繋がれていた馬に目を止めると、突然その馬に飛び乗った。


「エミリー、何を――」


私は叫びそうになったが、彼女は馬を走らせ、あっという間にその場から逃げ出してしまった。まるで風のように、エミリーの姿は市場の奥へと消えていった。



「え……?」

私はしばらくの間、何が起こったのか理解できず、ただポカンと立ち尽くした。


「……逃げたよ、お姫ちん。」

お怜がケラケラと笑いながら呆れたように言う。鎮光も無表情のまま、ただ静かにその場に立っている。


「まさか、こんなことになるなんて……」


私は頭を抱え、これからどう対処すべきか悩み始めた。エミリーが次に何をしでかすか、まったく予測がつかない。果たして、あの金髪の美少女を追うべきなのか、それとも……。

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