第3章 第10話: 「香だけでは足りないもの」

市場に足を踏み入れた瞬間、私は胸の奥にある不安と期待が混ざり合う奇妙な感覚を抱いていた。鎮光(しげみつ)の心をどうしても開きたいという気持ちが高まり、甚兵衛(じんべえ)の露店へと足早に向かった。


彼はいつもと同じ笑顔で、客を引き込んでいた。怪しげな品物を次々に売りつけている姿は、変わらない。


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「甚兵衛、少し話があるわ。」


私が近づくと、甚兵衛はにやりと笑い、手を止めてこちらを見た。


「お嬢さん、またお会いしましたね。先日の香、どうでしたか?」


私は少し険しい表情を浮かべながら、問い詰めた。


「正直、効果が感じられなかったわ。香と一緒にもらった書き物には、何かが足りないようなことが書かれていたけれど、それってどういうこと?」


甚兵衛は肩をすくめ、まるでそれが当たり前のことのように答えた。


「まあ、そういうこともありますよ。香だけでは効果が十分に出ないこともあるんです。実はね……」


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お怜(おりょう)が横から口を挟んだ。


「お姫ちん、やっぱり!何か怪しいことがあると思ってたんだよ。で、何が足りないっていうの?」


甚兵衛はにやりと笑いながら、私たちをじっと見つめた。


「さて、真実を完全に引き出すには、**もうひとつの道具**が必要なんです。香は確かに重要なアイテムですが、それだけでは心を完全に開くことはできないのです。何かを足さなければ……」


私はその言葉に少し驚きつつ、何かが足りないという書き物の記述を思い出した。やはり、鍵になるものがあるのだろうか。


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「何かを足すって……具体的には?」


甚兵衛は再びにやりと笑い、手の中に何かを取り出そうとしていたが、私はその前に止めた。


「また何か売りつけるつもりじゃないでしょうね?」


「お嬢さん、そんなに疑わないでくださいよ。必要なのはこの**心の石**です。香と一緒に使うことで、真実がより鮮明に見えるんです。これがなければ、完全な効果は得られません。」


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私は「心の石」という名前に少しだけ耳を傾けたものの、何か引っかかる部分があった。再び甚兵衛に騙されるのではないかという疑念が頭をよぎる。しかし、鎮光の本心をどうしても知りたいという強い気持ちが、それを押しのけた。


「……本当に、それで心を開くことができるの?」


甚兵衛はにやりと笑い、確信に満ちた表情で言った。


「もちろんですとも。これを使えば、もう何も隠されませんよ。」


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お怜が隣で私の顔を見て、疑わしそうに言った。


「ねえ、本当に買うの?また何かおかしなことにならなきゃいいけど……」


私も心の中で少し迷ったが、ここまできて引き下がるわけにはいかない。


「鎮光の本心を知るためなら、やるしかないわ。」


そう言いながら、私は心を決めて甚兵衛から「心の石」を買った。


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「お嬢さん、賢明な選択です。これで全てが明らかになるでしょう。」


私は受け取った石をしっかりと握りしめた。この石が、香と合わせることで、鎮光の心を本当に開くのだろうか……私は不安と期待を胸に抱きながら、鎮光に向き直った。


「鎮光、これを使って、あなたの本当の気持ちを知りたいの。」


鎮光は私の言葉に少しだけ戸惑ったようだったが、すぐに冷静な表情に戻った。


「姫様、私はただ姫様にお仕えする身でございます。それ以上のことを知る必要はございません。」


「でも……私はあなたの本心を知りたいのよ。あなたが本当に何を感じているのか、それが重要なの。」


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私の言葉に鎮光は少しだけ視線を逸らし、目を伏せた。


「……姫様、私が感じていることは……」

鎮光は何かを言いかけたが、その瞬間、部屋の外からお怜の声が響いた。


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「お姫ちん!大変だよ!市場が騒がしくなってる!何か起こったみたい!」


私は驚いて、鎮光に目を向けた。市場で何か大きな異変が起きているらしい。鎮光は私にすぐに対応するよう促し、私は鍵を握りしめたまま、外に向かう準備を始めた。

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