第3章 第9話: 「真実の心を引き出す香の行方」

私は香を焚き、部屋に漂う淡い香りをじっと見つめていた。甚兵衛(じんべえ)から手に入れた**真実の心を引き出す香**。これを使えば、鎮光(しげみつ)の本音が聞けるはずだと思っていたが、目の前の彼はいつも通り冷静なままだった。


鎮光が扉をノックし、私の部屋に入ってきた瞬間から、私は少し緊張していた。香がどう作用するのか、鎮光がどんな反応を示すのか――心の中で期待と不安が入り混じっていた。



「姫様、体調はよろしいでしょうか?」


彼はいつもの落ち着いた声で尋ねてきた。私は少し間を置いて答えた。


「ええ、大丈夫よ、ありがとう。でも……鎮光、少し話がしたいの。」


鎮光の動きを観察しながら、私は彼に香の効果が現れることを期待していた。しかし、彼の表情や態度には変化が見えない。淡々とした様子で、私の話を待っている。



「昨夜のこと……覚えているかしら?」


鎮光は一瞬眉をひそめたが、すぐにいつもの無表情に戻り、冷静に答えた。


「もちろんです、姫様。」


「じゃあ……昨夜の私の行動について、どう思った?」


私はじっと彼の顔を見つめた。香が彼の心を揺さぶり、何か本音を引き出してくれるはずだと思っていたが、鎮光は特に動揺することもなく、真面目な顔のままだった。



「姫様は……少しお疲れだったように見受けられました。それ以上のことはございません。」


冷静な言葉に、私は少しがっかりした。いつも通りの態度で、何の感情も見せない鎮光を前にして、香が効いていないのではないかという不安が押し寄せてくる。


「……本当にそれだけなの?」


私は少し強い口調で問いかけた。鎮光の本心を知りたくて仕方がなかったが、彼は依然として表情を崩さない。



「姫様、私は……」

鎮光は一瞬言葉を詰まらせたように見えたが、すぐにまた無表情に戻った。私は内心で焦りを感じ始める。


「私はただ、姫様のお側にお仕えするのみです。それが私の使命です。」


私はその言葉を聞いて、さらにがっかりした。彼は本当に私のことをどう思っているのかを語る気がないように見えた。香が思ったほどの効果を発揮していないことに気づき始めた私は、次第に苛立ちを覚えた。

 

「それだけ?本当はもっと何か考えているんじゃないの?」


私の問いに対して、鎮光は再び視線を少し逸らした。


「姫様、私にはこれ以上申し上げることはありません。」


その言葉に、私はとうとうあきらめかけた。香はただの偽物だったのだろうか……。鎮光の心を開くどころか、何も変わらないままだ。私はため息をつき、椅子に深く腰掛けた。


---

その時、お怜(おりょう)が勢いよく部屋に入ってきた。


「お姫ちん!さっき市場で聞いたんだけど、あの甚兵衛がまた怪しいものを売ってるって!」


お怜の言葉に、私は驚きつつも少し興味を引かれた。あの甚兵衛がまた市場に現れたということは、何か新しい情報や品物があるのかもしれない。


「甚兵衛が……また何か売ってるのね……。」


私の苛立ちを感じたのか、お怜は鋭い目で私に問いかけてきた。


「ねえ、お姫ちん、あの香、本当に効果あったの?あいつ、何か隠してるんじゃない?」



私はその言葉にハッとして、香と一緒にもらった書き物の最後の部分に書かれていた一文


「心を開くためには、鍵を手にせよ。さすれば真実は明らかになるであろう。」


「……そうか、まだ何か足りないのかもしれない……。」


私はそうつぶやくと、お怜と顔を見合わせた。


「お姫ちん、あの甚兵衛に会いに行こうよ!きっと何か隠してるよ!」


お怜の勢いに押され、私は頷いた。鎮光も、黙って私たちの会話を聞いていたが、やはりいつもの冷静な表情のままだ。


「鎮光、私たちは市場へ行くわ。甚兵衛に会いに行くの。」


「承知いたしました、姫様。」


鎮光は淡々とした口調で答え、私たちは急いで市場へと向かった。私の胸には、新たな疑念と期待が入り混じっていた。

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