第3章 第8話: 「商人の再来とさらなる試練」

その日の午後、私はまだ布団の中で昨夜の出来事を思い出し、何とも言えない気まずさを抱えていた。鎮光(しげみつ)との会話もぎこちなく、気分が落ち着かないまま、朝食を終えたが、どうにも心のもやもやが晴れなかった。


「はあ……あの秘薬、本当に効果があったのかしら……」


私は小さな声でつぶやきながら、巻物をぼんやりと眺めていた。その時、突然お怜(おりょう)が慌ただしく部屋に駆け込んできた。


「お姫ちん!あの甚兵衛(じんべえ)がまた市場に来てるよ!しかも、また何か怪しいもの売ってるみたい!」


私は一瞬驚きながらも、すぐに興味を引かれた。恋愛成就の秘薬を売っていたあの甚兵衛がまた市場に現れたということは、何か新しい情報や品物があるかもしれない。私は急いで立ち上がり、身支度を整えた。


「甚兵衛……あの男、また何か企んでるのかしら。」


---


市場に着くと、そこにはいつも通り人だかりができていた。甚兵衛が大きな声で何かを宣伝しており、その周りに集まる客たちが興味津々で耳を傾けている。


「さあ、さあ、ここにあるのはただの薬じゃない!これを使えば、どんな悩みも一瞬で解決!健康になり、心も体もリフレッシュ!しかも……恋の悩みもすっかり消えてしまうという優れものだ!」


私はその言葉を聞いて眉をひそめた。


「また恋の薬?まさか、私が飲んだのと同じじゃないでしょうね……。」


お怜と顔を見合わせながら、私は甚兵衛のもとに向かった。彼は私の姿に気づくと、にやりと笑いながら手を振った。


「お嬢さん!お久しぶりだね。前にお買い上げいただいた品、どうだったかな?効果はあったかい?」


私は一瞬言葉に詰まった。効果があったと言うべきか、なかったと言うべきか……。昨夜の出来事を思い出し、また顔が赤くなった。


「ええ、まあ……効果があったと言えば……。」


曖昧に答えると、甚兵衛は得意げにうなずき、さらに大きな声で続けた。


「だろうとも!私が売る品はすべて効果抜群だからね。今日もまた、新しいものをお届けしようと思ってさ!」


「新しいもの?また怪しい薬なんじゃないでしょうね……?」


私は疑いの目で甚兵衛を見つめた。彼は笑いながら、小さな包みを取り出し、私に見せた。


「ほら、今回はこれだ。**真実の心を引き出す香**だよ。これを使えば、相手の心の奥底を見透かすことができるってわけさ!」


「相手の心を……見透かす?」


私はその言葉に少し興味を引かれたが、同時に何か嫌な予感もした。


「まさか、これも飲んだりするものなの?」


「いやいや、今回は飲むんじゃないさ。これを焚くだけでいいんだ。香りが広がると、その場にいる人の本心がポロッと出てくるんだよ。どうだい?試してみるかい?」


甚兵衛はにやりと笑いながら、包みを私に差し出した。


「またこんなもの売って……前の薬でさえ、なんだか怪しかったのに……。」


私は怪しげな気持ちが拭えないまま、甚兵衛の提案に迷った。前回の秘薬も効果があったとはいえ、鎮光との気まずさを思い出すと、今回も何か厄介なことになりそうな予感がする。


「どうする、お姫ちん?試してみる?」


お怜がからかうように聞いてくるが、私はしばらく考えた。真実の心を引き出す香――もしこれが本当に効果があるなら、鎮光が何を考えているのかも知ることができるかもしれない。昨夜のことについてどう思っているのか、彼が何を感じているのか、少し気になっていた。


「……じゃあ、それをもらうわ。」


私は決心して甚兵衛からその香を買い取った。果たして、この香がどんな効果をもたらすのか……少し不安を抱えつつ、香を試してみることにした。

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