第3章 第1話: 「甚兵衛、初登場!鎮光が驚きの買い物」

市場の賑わいの中、私と鎮光(しげみつ)、そしてお怜(おりょう)は、色とりどりの品々が並ぶ露店を楽しんでいた。ふと、耳に飛び込んできた大きな声が、私たちの足を止めた。


「さあさあ、ここに集まれ!奇跡の商品が揃ってるぞ!最強の戦士になる剣術書、一瞬で病気が治る薬、そして富を呼び寄せる秘宝!」

派手な服装をした男――甚兵衛(じんべえ)が誇らしげに商品を掲げて、やたらと大きな声で宣伝をしていた。


「また怪しい商売してる人がいるわね……。」

お怜が少し呆れた様子で呟く。私も同感だったが、鎮光がその露店に視線を留めたのを見て、少し驚いた。


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「おお、いらっしゃい!侍さんにはこの剣術書がぴったりだ!これを読めば、一瞬で最強の戦士になれるんだ!」

甚兵衛は鎮光に近づき、古びた剣術書を手に取って売り込んできた。


「……それには興味がありません。」

鎮光は淡々と答え、甚兵衛が大袈裟に掲げた剣術書には目もくれなかった。


「えっ!?そ、そうか……じゃあ、こっちはどうだ!」

甚兵衛は少し焦りながら、別の商品を差し出そうとしたが、鎮光の目は隣に置かれていた古びた木箱に止まっていた。


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「その箱は何ですか?」

鎮光が興味を示したのは、他の商品に埋もれるように置かれた地味な木箱だった。


「おお、これか!?」

甚兵衛は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに得意げな顔になり、声を張り上げた。


「こいつはすごいぞ!この箱には、古代の秘宝が隠されていると言われている。持っているだけで富と名声を呼び寄せる、まさに奇跡の品だ!」

彼は大げさな動作で木箱を掲げ、その価値を語り始めた。


「持っているだけで富と名声が……?」

私は思わず笑いそうになったが、鎮光は真剣にその箱を手に取り、軽く揺らしてみた。


「確かに、何かが中に入っているようですね。」

鎮光が冷静に言うと、甚兵衛はすかさず「そうだとも!中には時を越えた秘宝が眠っているに違いない!」と熱弁をふるった。


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「で、おいくらなの?」

私は少し警戒しながら聞いた。


「これは……そうだな、特別価格だ。たったの1万文!」

甚兵衛は高額な値段をふっかけてきたが、すぐに私たちはそれに驚きの声をあげた。


「1万文!?そんなの、高すぎるわ!」

お怜が声を上げ、私も同意見だった。しかし、鎮光は何のためらいもなく財布を取り出し、素直に払おうとした。


「払います。」

そう言って鎮光が財布に手を伸ばした瞬間、私とお怜は同時に鎮光を止めに入った。


「ちょっと待って!そんな高額を払うなんて、バカげてるわ!」

私は鎮光の腕を掴んで制止し、お怜も「これ、そんな価値があるはずないって!」と加勢した。


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「でも、この商人も生計を立てなければならないでしょう。」

鎮光が無表情のまま、何やら甚兵衛を擁護するようなことを言い出した。


「商人には、それなりの利益が必要です。値切るのは、彼にとって不公平かもしれません。」

鎮光は至って真剣だった。私は思わず笑いを堪えつつ、冷静に言い返した。


「それでも1万文は高すぎるわ!価値と値段が釣り合ってないもの。」

お怜も「そうだよ、鎮光!ここは値切るべきだって!」と強く主張する。


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「い、いやいや、侍さんの言う通りだ!これは本当に価値がある品だからな!」

甚兵衛は必死に鎮光の味方をしようとするが、私たちに押され気味だった。


「いいえ、2千文。それが妥当な値段よ。」

私は強気に値段を提示し、甚兵衛がたじろいでいる間に、お怜も「もっと安くしてよ!」と畳みかけた。


「で、でも……それじゃあ儲けにならない……」

甚兵衛は少ししぶりながらも、「3千文でどうだ?」と最後の交渉を持ちかけてきた。


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鎮光は再び口を開きかけたが、私は彼をたしなめるように笑顔で「これで決まりね」と言い、3千文で木箱を買うことを了承した。


「よし、3千文で手を打とう。」

甚兵衛は少し悔しそうな表情を見せながらも、箱を鎮光に渡した。


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「これでよし。」

鎮光は箱を受け取り、無言で歩き始めた。お怜と私は、鎮光の無表情ながらも商人に配慮しようとした行動に呆れつつも、笑いを堪えるのに必死だった。


「鎮光って……本当に優しいんだか、変わってるんだか……。」

私は笑いながら、彼の後ろを追いかけた。お怜も「ちょっと面白かったね」と微笑んでいた。


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「また来てくれよ!もっとすごい商品を用意しておくからな!」

甚兵衛は大声で私たちを見送りながら、箱を売った悔しさを噛み締めているようだった。

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