第2章 第10話: 「決意と静かな終幕」

翌日、私は鎮光(しげみつ)の言葉が頭から離れず、庭で考え込んでいた。彼の無表情の裏に隠された何か。それを知りたいと思いながらも、彼が自ら話してくれることはないだろうという諦めにも似た感情が心を覆っていた。


「お姫ちん、また鎮光のこと考えてる?」

お怜(おりょう)が私の横に座り、声をかけてきた。彼女の軽い調子の声が少しだけ心を和ませてくれるが、それでも鎮光への思いが頭から離れない。


「そうよ……。でも、彼が話したがらないのも分かるわ。」

私はため息をつきながら答えた。お怜は少し考え込むように目を細めた。


「まあ、鎮光って本当に感情を表に出さないもんね。でも、無理に話させるのはよくないんじゃない?」

彼女の言葉に、私は少しだけ考えた。確かに、鎮光はいつも冷静で無表情で、私に対しても距離を保とうとしている。無理に聞き出すのは、彼に対して無礼かもしれない。


「分かってる。彼が自分から話す日が来るのを待つしかないわね……。」

私はそう言いながらも、やはり鎮光の無表情の裏に隠された真実を知りたくてたまらなかった。お怜は私をじっと見つめながら、軽く肩を叩いて励ましてくれた。


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その日の午後、私は再び市場に足を運ぶことにした。いつもと変わらぬ賑やかな市場。しかし、私の心はどこか重かった。鎮光のことが気になりすぎて、市場の雑踏すら上の空で歩いていた。


「姫さん!今日はまたすごい話を持ってきましたよ!」

案の定、松吉(まつきち)が瓦版を手にして駆け寄ってきた。彼は相変わらず興奮した様子で、何か新しい噂話を持ち込んでくるつもりらしい。


「また何の噂?今度はどんな話なの?」

私はため息をつきながら尋ねた。松吉の話は大抵が誇張されたものだと知っていたが、それでもどこかで真実に繋がっているのではないかという期待を捨てきれなかった。


「今度は鎮光さんが、昔、ある大名家の裏切り者を斬ったって話ですよ!しかも、感情を完全に失ったとか……!」

松吉は得意げに瓦版を掲げ、まるで劇的な物語のように話し始めた。


「……またそんな馬鹿げた話を。」

私は笑いながら答えたが、鎮光の過去に何か大きな出来事があったという事実を無視することはできなかった。松吉の話はいつも誇張されているが、彼の噂には時折、真実が隠されていることがある。


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松吉が立ち去った後、私は再び鎮光に話しかけることにした。


「鎮光、松吉の話、あれ本当なの?あなた、本当に何か隠してるんじゃないの?」

私は彼の無表情な顔を見つめながら、問いかけた。彼が何を思っているのか、何を隠しているのか、それをどうしても知りたかった。


鎮光はしばらく黙って私の方を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「松吉の話は、ただの噂です。それ以上のことはありません。」

彼の返事は冷静そのもので、私の期待を見事に裏切った。しかし、私はさらに踏み込んで聞くことにした。


「でも、あなたが何かを隠しているっていうのは本当でしょう?昨日の稽古、見てたのよ。」

私はそのまま詰め寄るように続けた。鎮光は一瞬、驚いたような顔を見せたが、すぐに表情を元に戻した。


「……私が何をしていようと、姫様には関係のないことです。」

彼の言葉は冷静だったが、その裏には何かが隠されていることを私は確信していた。


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「関係ないわけがないでしょう!私はあなたのことを知りたいの。」

思わず声を荒げてしまった。鎮光が何かを隠していることを感じながらも、それを聞き出せない苛立ちが私を突き動かしていた。


鎮光はしばらく黙って私を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……姫様、私はあなたをお守りするためにここにいます。それ以上のことを望むのは……危険です。」

その言葉には、普段の冷静さとは違う、微かな重みが感じられた。彼の言葉が何を意味するのかはわからなかったが、確かに彼の中に隠された感情があることを私は感じ取った。


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その後、私たちは無言で市場を歩き続けた。私の心の中では、彼の無表情の裏にある何かを知りたいという気持ちがさらに強くなっていたが、それと同時に、彼の言葉に込められた「危険」という意味を理解しなければならないという思いも湧き上がっていた。


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夜、私は再び鎮光のことを考えながら床に就いた。彼が何を隠しているのか、その答えがすぐに手に入るわけではない。しかし、彼の決意に触れたことで、私もまた、彼を理解するためにもっと時間をかける必要があるのだと感じた。


「いつか……彼が話してくれる日が来るのだろうか。」

そう自問しながら、私は静かに目を閉じた。彼の心に隠された感情に触れる日は、まだ遠いかもしれない。しかし、その日を待つための時間を、私は自分の中で受け入れる決意を固めた。

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