第2章 第8話: 「無表情の裏側と稽古の影」
その夜、私は眠れずにいた。鎮光(しげみつ)の無表情が頭から離れない。彼は何も感じていないわけではないはずだ。松吉(まつきち)の話がどこまで真実かはわからないけれど、鎮光の過去に何かがあることだけは確かだと思う。
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夜遅く、ふとした拍子に外から聞こえる音に気づいた。静寂な夜の中で響く、何か鋭い音。私はそっと窓を開け、外を見渡した。庭の片隅で、鎮光がひとりで剣を振っていた。
「……稽古?」
私は思わず呟いた。普段は感情を見せず、任務に忠実な彼が、こんな深夜に剣の稽古をしている姿に驚きと興味が湧いた。彼は一体何を思い、今、剣を振るっているのだろうか。
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鎮光の動きは鋭く、無駄がなかった。普段の冷静さとは裏腹に、その剣さばきには何かしらの感情が込められているように見えた。私は静かに庭に降りて、少し距離を置いて彼を見守ることにした。
その剣の動きは、私がこれまでに見たことのない激しさを持っていた。無表情の彼とは違う、何か内に秘めたものを感じさせる動きだった。彼は何かを抑え込むように、あるいは何かから逃れるように剣を振り続けていた。
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「鎮光……」
思わずその名前を口にした。声はほとんど無意識に出てしまったもので、自分でも驚いた。彼は剣を止め、私に気づいたようだった。
「姫様、こんな時間に……。」
彼は一瞬、驚いたような顔を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻り、静かに剣を収めた。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの。ただ……稽古しているところを見て、思わず……。」
私は少し言葉を濁したが、どうしても彼の表情の変化が気になっていた。
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「夜の稽古は、私にとって習慣のようなものです。」
鎮光は淡々と答えたが、その言葉には何かを隠そうとしているような重さがあった。彼が何かを抱えているのは間違いない。そして、その無表情の裏には、彼が必死に隠している感情があるのだろう。
「そんなに無理をしなくてもいいのに……。」
私はそう言いかけたが、鎮光は私の言葉を遮るように言った。
「無理をしているわけではありません。これも私の務めの一部です。」
彼の声は冷静だったが、その背中には一瞬の疲れが見えた。いつも完璧に見える鎮光が、稽古でさえ感情を抑え込んでいるのかもしれない――そんな思いが私の中で膨らんだ。
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「でも、あなたはいつも何かを我慢しているように見えるわ。」
私は意を決して問いかけた。彼の無表情の裏に何があるのか、どうしても知りたかった。
鎮光はしばらく黙っていたが、やがて深く息をつき、静かに答えた。
「姫様、感情を表に出すことが私にとって必要なことではありません。私の務めは、常に冷静でいることです。」
その答えは以前と同じだったが、私は彼が剣を振っていた時の姿を思い返しながら、その言葉が本心ではないと感じた。
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「稽古の時、あなたは何かを感じていた。そう見えたわ。」
私は一歩踏み込んで、彼に問いかけた。彼の冷静な顔には変わりがなかったが、その目の奥には一瞬だけ何かが揺らいだように感じた。
「……姫様、どうかこれ以上はお尋ねにならないでください。」
鎮光は静かにそう言うと、再び無表情に戻り、私の前に立った。その無言の姿が、彼がまだ多くのことを隠していることを私に伝えていた。
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私はその場でしばらく彼を見つめていたが、これ以上は踏み込むべきではないと感じた。彼が自分から心を開いてくれる日が来るのを、待つしかないのだろう。
「……わかったわ。無理はしないでね、鎮光。」
そう言って、私はその場を去ることにした。彼の背中は、依然として冷静で、そして何かを隠しているように感じた。
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