第2章 第7話: 「姫の葛藤と松吉の迷走」

翌朝、私は昨日の市場での出来事を思い返しながら、鎮光(しげみつ)との関係について考えていた。彼は確かに私のことを守ってくれているが、その冷静で無表情な態度は、ますます私の心をざわつかせる。


松吉(まつきち)の噂話が頭から離れない。彼の話はいつも荒唐無稽だけれど、今回はなぜかその裏に真実があるような気がしていた。鎮光の無表情は、単に「職務」としての振る舞いではないのではないか――彼が何か大きな感情を封じ込めているのだとしたら、私もその一端に触れたいと感じていた。


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「お姫ちん、今日も鎮光のこと考えてる?」

お怜(おりょう)が笑いながら私に話しかけた。彼女の声で、私はふと現実に引き戻される。


「うん、まあ、そうかもね……。彼が何を考えているのか、最近気になって仕方がないのよ。」

私は正直に答えた。お怜は私の心境を察しているのか、軽く肩を叩きながら言った。


「まあ、あの無表情じゃ、何を考えてるのか分からなくて当然だよね。でもさ、お姫ちん、もしかして鎮光に惚れてるんじゃないの?」

彼女の言葉に、私は一瞬ドキッとしたが、すぐに笑ってごまかした。


「そんなことないわ。ただ、彼のことをもっと知りたいだけよ。」

そう言いながら、私の心は揺れていた。彼への気持ちは単なる好奇心なのか、それとももっと別の感情なのか、自分でもはっきりとは分からなかった。


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その時、遠くからまたしても松吉の声が聞こえてきた。


「姫さん!また新しい話があるんです!」

瓦版を手にした松吉が、いつものように興奮した様子でこちらに駆け寄ってくる。彼が来るたびに、何かしらの騒動を持ち込むが、今日は何を言い出すのだろうか。


「今度はどんな話?」

私はため息をつきながらも、彼の話を聞く準備をした。


「鎮光さんが昔、大きな決闘で相手を倒しすぎて、それで感情を閉ざしたって話ですよ!いやぁ、壮絶な過去ですよねぇ。これを瓦版に載せたら、町中が大騒ぎですよ!」

松吉はまたもや大げさな身振りで語り始めた。彼の話には一貫性がないが、どこかに鎮光の過去の真実が含まれているのではないかと、私は思わず考え込んでしまった。


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「松吉さん、またそんな嘘ばっかり言って……。でも、もしかして本当のことも少しは混じってるのかしらね?」

私は苦笑しながら答えたが、心の中では彼の話に引っかかる部分があった。もし、鎮光が過去に何かを封じ込めるような出来事を経験していたのだとしたら、なぜ彼は私に何も話さないのだろう?


「まあ、姫さんが信じるかどうかは別ですけど、真実ってのは意外なところに隠れてるもんですよ!」

松吉は瓦版を振りかざして自慢げに言った。


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その後、松吉が去り、再び静けさが戻った。私は再び鎮光の無表情について考え込んでいた。彼が過去に経験した何かが、今の彼を作り上げているのだろうか。松吉の話は誇張されているとしても、何かが真実に繋がっているのではないかという疑念が私の中で消えなかった。


「お姫ちん、そんなに深刻にならないでよ。松吉の話なんて、ほとんど嘘なんだから。」

お怜が私の顔を覗き込みながら言ったが、私はその言葉を聞いても、心の重みが取れなかった。


「分かってるわ。でも、鎮光のことを考え始めると、どうしてもその過去が気になってしまうのよ。」

私は本音を漏らした。鎮光が何を思い、何を感じているのか、その全てが知りたいと思ってしまう自分がいる。


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その夜、私は布団に入っても眠れなかった。鎮光の無表情の裏には、何かが隠されている。その「何か」に触れたい――そう思うと、ますます彼に対する気持ちが深まっていくのを感じた。彼がいつか自分の心を開く日が来るのだろうか。私の心は、彼のことを知りたくてたまらなかった。

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