第2章 第6話: 「小さな優しさと瓦版屋の野望」
市場の賑わいの中、私はまたもや鎮光(しげみつ)と共に歩いていた。彼は相変わらず無表情で、常に私の側に立っている。その冷静さには慣れているはずなのに、昨日の出来事が頭に残り、私は心の中で彼の感情について思い巡らせていた。
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屋台を見ながら歩いていると、私はつい夢中になってしまい、うっかり足元の石につまずきそうになった。その瞬間、鎮光が私の腕をしっかりと掴み、支えてくれた。
「危ないです、姫様。」
彼の声は静かで淡々としていたが、その行動には確かに優しさがあった。
「ありがとう、鎮光。いつも助けてもらってばかりね。」
私は少し照れくさそうに笑いながら彼に感謝を述べたが、鎮光は「当然のことです」と、やはり表情を変えずに返事をした。その態度は冷静そのものでありながら、私には彼の行動がただの「任務」ではないと感じられた。
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しばらく市場を歩き回っていると、またしてもあの騒々しい声が聞こえてきた。
「姫さん!今日も素晴らしい話を聞きましたよ!」
瓦版を手に持ち、松吉(まつきち)がこちらに駆け寄ってくる。いつものように興奮した表情を浮かべ、何か新しい話を持っているらしい。
「今度は何の話?」
私は松吉に声をかけながら、彼が何を言い出すのかを期待半分で待っていた。
「なんと、鎮光さんが昔、大名に反逆したという噂があるんです!これ、すごいでしょう?これを瓦版に載せたら、町中が騒ぎますよ!」
松吉は息を切らしながら、大げさに手を振って話を盛り上げていた。
「反逆?またずいぶんと大げさね……。」
私は苦笑しながら答えたが、鎮光の顔を見ると、やはり無表情のままだった。
「ええ、ええ、大事件ですよ!もしこれが本当なら、町中が鎮光さんの話題で持ちきりになりますよ!」
松吉は興奮しながら話を続けたが、私は彼の話を信じることはできなかった。それでも、毎回のように出てくる彼の噂話に少しだけ心が揺れる。
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「松吉さん、その話、本当に信じられるのかしら?」
私は軽い口調で尋ねたが、松吉はいつも通りの自信に満ちた顔で答えた。
「まあ、噂は噂ですけど、どこかに真実があるんじゃないかとねぇ!姫さんも興味があるんでしょう?」
そう言いながら、松吉は瓦版を掲げ、得意げに笑った。
私は松吉の話を笑い飛ばしながらも、やはり鎮光の過去に何かがあると感じていた。彼が感情を表に出さない理由は、何か大きな出来事が関係しているのだろうか。松吉の話は誇張されていると分かっていても、鎮光の無表情の裏には、やはり隠された何かがあるように思えてならなかった。
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その後、私と鎮光は再び静かに市場を歩き始めた。松吉の話はいつもながら荒唐無稽なもので、それに振り回されるのもいい加減慣れてきた。けれども、鎮光が時折見せる小さな優しさは、私の心を揺さぶり続けていた。
「……鎮光、あなたの過去に何があったのか、本当は知りたいと思っているの。」
私は自分でも驚くほど自然に、そう言葉が出てしまった。
鎮光は一瞬、私の方を見たが、やはり無表情のままだった。
「私の過去は、姫様にお話しするようなことではありません。」
彼の声はいつも通り冷静で、感情を抑えたものだったが、その答えにはどこか含みがあるようにも感じられた。
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私たちはその後も無言で歩き続けたが、私の心の中では鎮光の無表情の理由がますます気になっていた。松吉の噂話を笑い飛ばしていたはずが、今はその中にほんの一片の真実があるのではないかとさえ思い始めていた。
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その夜、私は再び鎮光のことを考えながら眠りについた。彼のさりげない優しさは私にとって確かなものだが、彼が感情を見せない理由がますます知りたくなっていた。鎮光の無表情の裏には、何が隠されているのだろう――そう思いながら、私は静かに目を閉じた。
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