第2章 第5話: 「感情の欠片と嘘の真実」
松吉(まつきち)の「恋の噂話」を聞いてから、私は鎮光(しげみつ)の無表情がますます気になるようになった。彼が本当に誰かに恋をしていたのか、そしてその恋が本当に彼の感情を失わせたのか。あの話は噂だと分かっているのに、なぜか心に引っかかって仕方がない。
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「鎮光、あの松吉の話、聞いた?」
私は思い切って尋ねてみた。もし彼が本当に過去に恋をしていたのなら、それを知りたいという気持ちがあった。だが、鎮光はいつものように淡々と答えた。
「聞いておりましたが、あれはただの噂話です、姫様。」
彼の返事は予想通りのもので、冷静そのものだった。無表情に言い切られると、私もそれ以上突っ込むことができず、会話はすぐに途切れてしまった。
「そ、そうよね……。ただの噂話だわ。」
私は無理に笑顔を作りながら答えたが、内心ではまだ疑念が残っていた。松吉の話が全て嘘だとしても、鎮光がこれまで一度も感情を表に出さない理由が知りたかった。
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その日の午後、私はふと思い立ち、鎮光に再び話しかけた。彼がどんな過去を抱えているのかを知るためには、私自身がもっと踏み込む必要があると感じていた。
「鎮光、あなたは……感情を失ったことがあるの?」
私は直接的な質問を投げかけた。彼の反応がどうであれ、少しでも彼の内面に触れたかったからだ。
鎮光は一瞬だけ私の方を見たが、すぐに目線を逸らし、少しだけ口を開いた。
「感情を失ったわけではありません、姫様。ただ、私は感情を表に出す必要がないと感じております。それが私の務めです。」
彼の答えはまたもや冷静で、何の感情も感じさせないものであった。しかし、その言葉の奥には何かがあるような気がして、私は黙り込んでしまった。
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その後、私たちはしばらくの間、黙ったまま歩き続けた。静かな町の中、私の心の中だけがざわめいていた。鎮光は何も変わらない。彼は今も無表情で私の護衛をしている。しかし、その無表情の奥に、確かに何かがあるはずだ――そう思うと、ますます彼に近づきたくなる気持ちが強まっていく。
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「姫様……。」
不意に鎮光が口を開いた。彼が自分から話し始めることは滅多にないので、私は少し驚いた。
「何でしょう?」
私は彼の言葉を待ちながら、心臓が少しだけ高鳴っているのを感じた。
「私の務めは、姫様をお守りすることだけです。それ以外のことに気を配る必要はありません。」
彼の言葉は再び冷静で、一見すると感情がないように聞こえたが、その一瞬、彼が微かに目を伏せたのが見えた。まるで、何かを隠そうとしているかのように。
「……それでも、あなた自身はどうなの?私を守ることが務めだとしても、あなたの感情だって大事なものじゃない?」
私は彼にもう一歩踏み込んだ。彼が何を考えているのか、本当に知りたくなっていた。
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鎮光は一瞬だけ黙り込んだが、すぐにいつもの無表情に戻り、静かに言った。
「姫様、それは……私にとって、重要なことではありません。」
彼の言葉は静かで冷静だったが、その裏に何か隠された感情があるように感じた。彼の無表情の奥には、私がまだ知ることのできない何かがあるのかもしれない。
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「そう……。」
私は小さく呟いた。彼の無表情に慣れてきたはずなのに、今日の彼の様子がどこか違うように感じた。まるで、私が彼の心の扉を少しだけ開けたような――そんな気がして、少しだけ心がざわついた。
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その夜、私は再び鎮光のことを考えながら床に就いた。彼は感情を失ったわけではない。ただ、それを表に出さないようにしている。では、なぜ彼は自分の感情を閉ざしているのか?その理由を知りたいという気持ちが、ますます強くなっていくのを感じた。
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