第2章 第2話: 「瓦版屋の噂」

翌日、私――愛(こころ)はまたもや考え込んでいた。昨日、松吉が話していた「剣豪」の話がどうしても頭から離れない。もちろん彼の話が信用できるわけではないが、鎮光(しげみつ)の無表情な態度には何かしら理由があるはずだという思いが、ますます強くなっていた。


「あれ、お姫ちん、また鎮光のこと考えてるんじゃない?」

お怜(おりょう)が私の隣に座り、いたずらっぽく笑いながら言った。彼女はいつも軽やかな調子で、私が何を考えているのかをすぐに見抜いてしまう。


「……そんなことないわ。松吉が言ってた話がただ気になってるだけよ。」

私は焦りながら答えたが、鎮光のことが頭から離れないのは事実だった。無表情で冷静な彼の背中を見つめるたびに、彼が何を考えているのか、どんな過去を持っているのかを知りたくなる。


「ふーん、でも松吉の話、毎回違うんだよねぇ。昨日は剣豪だって言ってたのに。」

お怜は腕を組みながらため息をついたが、私に向ける目には興味があった。


「そうよね。あの話、どこまで本当なんだか……。」

私はそう答えつつ、鎮光の無表情が少しも崩れないことに、不思議な感情を抱いていた。彼が感情を隠すのは何か理由があるに違いないと考えれば考えるほど、彼の過去が気になってしまう。


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「お姫ちーん!またいい話を持ってきましたよ!」

突然、大きな声が広場に響き、私たちの元に瓦版屋の松吉(まつきち)が駆け込んできた。彼はいつも通りニヤニヤと笑いながら、瓦版の巻物を手に持っていた。


「また新しい話?今度は何を聞いたの?」

お怜が興味を示し、松吉に声をかけた。


「これがまた面白いんですよ!今度の話はさらにすごいです。鎮光さん、実は隠密のリーダーだったんですって!」

松吉は自信満々にそう言い放った。私は思わず目を見開いた。隠密?それは昨日の「剣豪」よりさらにありえない話のように思えた。


「隠密のリーダーって……また昨日とは全然違うじゃない!どっちが本当なのよ?」

お怜が松吉を鋭く突っ込むが、彼は少しも動じず、にやにやと笑いながら話を続けた。


「いやいや、両方とも事実ですよ、たぶん。聞く人によってちょっと話が変わるだけですから。今回はですね、彼が大名家に仕えて、何十人もの忍びを指揮していたんです。それで、ある任務で仲間を全て失ってしまい、それ以来感情を失ったとか、失わないとか……。」

松吉の話はどこか誇張されているように感じたが、鎮光の無表情な態度に何かしらの過去があるという点には、私は共感してしまった。


「どうせまた話を大げさにしてるんでしょ?次の瓦版に載せるために。」

お怜は苦笑しながら松吉に言った。彼は瓦版のネタをいつも探しているが、その情報の信頼性は極めて低い。


「いやいや、今回は真実ですって!これこそ瓦版に載せるべき話ですよ!」

松吉は大げさに巻物を振りかざし、すぐに去っていった。


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「ほんとに、松吉さんの話って信じられないわよね。でも……鎮光には何かあるのかもしれない。」

私はため息をつきながら言ったが、鎮光の過去がますます気になってきた。彼の無表情がただの冷静さだけでなく、何か深い理由があるのではないかという思いが、私の心に残ったままだ。


「でもさ、お姫ちん、もし本当に隠密だったとしたら、感情を失うほどの何かがあったのかもしれないよね。鎮光って、ほんと不器用だけど……ただの無表情なだけじゃないかもよ?」

お怜は意外にも真剣な表情で言った。その言葉に私は少し心を動かされた。鎮光の無表情は、確かにただの冷静さではなく、過去に何かがあったからこその振る舞いかもしれない。


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その夜、私は鎮光のことをさらに考え込んでいた。松吉の話は、どこまで信じて良いのか分からないが、彼の噂が私の心をかき乱していた。鎮光が何を考え、どんな過去を背負っているのか、それを知りたいという思いが強くなっていく。


「もし、彼に何か辛い過去があるなら……私もその一端を知りたい。」

私はそう心の中で呟きながら、鎮光への興味がますます募っていくのを感じた。彼の背中に何が隠されているのか、その答えを求めるように、私はその夜、眠れぬまま考え続けた。

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