番外の話

投機的スワンプマンと人造人間

 アア、ここはどこだろう? というのが、ワタシが一番初めに思ったことでした。

 半分だけ開いたまぶたを、限界まで押し開けます。明るすぎる電灯で目が眩み、閉じたはずのまぶたはまた三分の二ほどに閉じてしまいました。クラクラします。

 ワタシはどうやら冷たくて固い寝台に横たわっているようでした。このベットを作った家具職人は相当腕が悪いのね、と悪態のようなモノをついてみます。


「おはよう。いい夢は見れたかな?」


 右隣から少年の声が聞こえてきました。

 ぼんやりとした頭を駆使して右を向くと輝かしい、なぜだか懐かしい銀色が見えます。声を出そうとして、上手く出せずにうめき声が漏れただけで終わってしまいました。


「痛むところは? 心臓はしっかり動いているかな? 息苦しくはないかい?」


 銀色はゆっくり近づいてきます。ワタシはたまらず身を起こしました。ほんの少しだけ頭に違和感があること以外は、特に異常はないようでした。


「よかった、全部正常値だ」


 銀色の正体は、十五歳程度の少年でした。

 少年は真紅の瞳を細め、なにやらヘンテコな機械と睨めっこしています。電灯に当てられてキラキラ光る白銀の髪が、とても綺麗だと感じました。


「本当によかったよ。また君が──」


「あ、アナタ、は」


 上手く働かない喉をなんとか駆使して、少年に質問します。


「アナタは、だれ?」


 ……少年はひどく悲しそうな顔をして、とっさにワタシはマズイことをしたのだと直感でわかりました。しかしいくら気づいたところで弁明らしい弁明も出来ませんから、ワタシはじっと答えを待つしかありませんでした。


「私は……そうだね、ミフネアだ。ミフネア・ツェペシュ。君を形造った吸血鬼」


「ミフネア……」


「そして君はメアリーだ。メアリー・フランケンシュタイン」


 どうやらワタシはメアリー・フランケンシュタインというらしいのです。

 しっくりくるような、こないような。急に『貴方の名前はナンタラですよ』なんて言われても受け入れられないのは当たり前なのかも知れませんが、その時のワタシは自分のことがまったく分かっていない状態だったのでなんとなしに受け入れてしまいました。


「……覚えていることはないかい?」


「なんにも、覚えてないわ」


 またもや少年はその綺麗な赤い瞳を潤ませて、下を向いてしまいました。わけもわからずオロオロします。ワタシが覚えていることはなんにもなくて、もちろん泣いている少年の慰め方なんて知っているワケもありませんでした。とにかく背中をさすってやって、ごめんね、ごめんねと呟くことしか出来ませんでした。身に覚えのない罪悪感で押しつぶされそうで、さっきまで当たり前のように吸っていた空気が重たくてしょうがなかったのです。


「すまない、君が悪いんじゃないんだ。私が勝手に夢をみて、裏切られたような気がしただけ」


「そうなの……」


 自分でも薄っぺらな感想だとは思いましたが、相変わらず調子の悪い喉はこれくらいの言葉しか出力してくれませんでした。重苦しい沈黙がその場を支配して、居心地の悪くなったワタシは部屋を見まわします。

 ひどく暗い部屋でした。電灯はミフネアと名乗った少年とワタシしか照らせていませんでしたし、それ以外の明かりは小さな窓から覗くほんのりとした月明かりだけで、ひどく湿っぽく薄暗く陰鬱な雰囲気が漂っていました。その雰囲気を助長するかのように、ミフネアの足元には怪しげな粉薬や壊れた実験器具や蛍光色に光る液体が揺れるビーカーや複雑怪奇という言葉が嫌になるほど似合う機械やらが散乱していて、この少年の趣味を疑います。しかしその少年であるミフネアはひどく落ち込んでいて、冗談でもこんなことは言えない状態だったので記憶の片隅にしまっておくことにしました。


「ああもう! 切り替えてこう。失敗するなんて分かりきってたことじゃないか」


 そう言ってミフネアは頭をふるふると振って、もう一度ワタシを見つめます。

 それから放り出されていたワタシの手をとって、恭しく膝をつきました。


「改めてまして。……初めまして、メアリー。君が生まれてきたことを、私は製作者として心の底から祝福しよう」


 なんとなく恥ずかしいような嬉しい気分になって、ワタシはミフネアから目線を逸らしました。



 ……



 ワタシが生まれてからというもの、毎日が驚きの連続でした。特に初日は幼子のようにミフネアを質問ぜめにしていたような気がします。

 ワタシはミフネアに祝福されて、なすがままにベット(後から見てみたらただの鉄の机でした)から下ろされて様々な検査を受けました。一分間の心拍数だとか、発音の仕方とか、聴力の確認だとか、関節の曲がり方だとかです。一通りチェックして問題ないことが分かると、ミフネアはワタシに着替えるよう言いました。確かにその時着ていたのは飾り気もクソもないつまらなく機能的な服だったものですから、オシャレなものを着れるのは嬉しくもあり、ワタシは言われた通りに狭苦しい個室に入ったのです。こじんまりとしたベットに小さなクローゼット、それとちょっとした姿見がなんとか収まっているような、そんな部屋でした。

 ワタシはベットに畳まれていたシックな黒いワンピースを着て、どんな感じだろうとふと鏡を見てみると──


「ひゃあ!」


 ワタシの頭に、大きなネジが二本刺さっていました。

 なにぶん、自分の姿を見たのは初めてのことだったので大層驚き腰を抜かして叫んでしまいました。だって、自分の頭に無骨で冷たい鉄の塊が二本突き刺さっているんですもの。叫びたくもなりますし、実際叫んでしまいました。ワタシの脳みそはイッタイどうなっちゃってるんだろうと、答えがなんであれいい方向には行かない疑問でいっぱいになって、もう一歩も動けなくなってしまいました。事実を知ってしまうと、さっきまでなんともなかったはずの頭がひどく痛む気がして、しかし無理に引っ張ったら良からぬことになるのは明白で。

 そうやって袋小路に陥ったワタシはガタガタ震えるしかありませんでした。あまりにも時間がかかっているのを心配して、ミフネアが来てくれるまで、ワタシは冷や汗を流しながら鏡と睨めっこしているのでした。


「ああ、そういうことか……」


 動けなくなったワタシをおんぶしてダイニングテーブルに座らせ、たどたどしい説明を聞いた後、ミフネアは眉間にしわを寄せながらため息を吐きました。


「なにも問題はないから安心したまえ。しっかりと固定してあるからそんじょそこらの衝撃じゃあびくともせんよ」


 そう言ってワタシに古ぼけた手鏡を渡してきたので、こわごわ覗き込みます。

 鏡の中のワタシはネジを無くせばただの女の子に見えました。だからこそ、鈍色のネジや半分変色した顔が目立ってグロテスクなことになってしまっているのですけど。

 ワタシは紫色になってしまった皮膚を触ります。ぶよぶよとした、けっして健康的なではない手触りで、すぐに触るのをやめました。ネジのインパクトが大きすぎてあまり問題にしていませんでしたが、コレだって立派な問題であることに今更ながら気づいて、より一層気分が悪くなりました。ことり、と手鏡をテーブルに置きます。


「これからヨロシクな、メアリー」


 ワタシはとりあえずこくんと頷いて、これからどうなるかなんて全然想像出来なくて、言葉は返せませんでした。



 ……



 それからの生活は、思っていたよりも平和的でした。

 ワタシはミフネアをマスターと呼ぶことにして、そのマスターから様々なことを教わりました。読み書き、数学、地学、気象学、天文学、哲学、化学……他にも雑多な知識を、マスターは暇さえあれば(特に働いてもいなかったのでずっと暇だったのですが)ワタシに教えました。

 マスターはとても自由な吸血鬼でした。一週間眠り続けたり、一年以上家に帰ってこないなんてこともあり、ワタシはマスターの自由奔放な暮らしぶりに翻弄されることとなりました。さすがにおろしたての服を血まみれにして帰って来た時は烈火の如く怒ってやりました。マスターの身の回りの世話はワタシの役目だったものですから。

 そんな、変わり映えのない日々の中、マスターが突然異変をぶち込んで来ました。


「……マスター、その方はどちら様かしらあ」


「妹。拾ってきた」


 マスターは帰ってくるなり誰かさんを家に引きずり入れて、これからヨロシクやってくれなんて言うもんでしたから、ワタシは目を白黒させながらとりあえず話を聞いてみようとマスターをテーブルに座らせました。

 犬猫の類じゃねえんだぞというお怒りの言葉は飲み込んで、このこじんまりした家のリビングのすみっこで震える物体を見やります。

 銀色の髪を乱雑に伸ばした、十五歳程度の少女でした。ボロ切れのような服を纏って、真紅の瞳でマスターを睨んでいて、威嚇する手負の小動物のようでした。


「……誘拐?」


「ばか、よく見てみろ。吸血鬼だ」


 確かに鋭い牙は生えていますし、髪や瞳も薄汚れてはいますがマスターと同じ色彩をしています。しかしこの吸血鬼に妹なんて存在はいただろうかと首をひねって、ひねり過ぎてゴキンと音がしたので慌てて元に戻しました。


「じゃあなんでこんなに怯えているのよ」


「久しぶりに会ったから」


 オーケイオーケイ。この吸血鬼、マトモに状況を説明する気はないようです。説明が面倒なことと言いたくないことは絶対に教えてくれないのがミフネアという吸血鬼でした。そして、そのことを誰よりも理解しているのがメアリー、つまりワタシでした。


「とりあえず、金を稼いでくる」


「ハア? そんな釣り行ってくるみたいなノリで……」


 成功するワケないじゃないという文言はコイツならありえるなという思考に邪魔されてカットされました。ワタシは頭を抱えます。


「三人で暮らすにゃこの家はちと狭い。私が良さそうな物件を探している間に色々教えてやってくれ」


「……ハイハイ、分かりました。帰りはいつ頃?」


「一、二年ほど。それじゃ」


 そう言ってマスターはまた出かけていきました。ギイッと立て付けの悪い扉が閉まって、そういや生まれてこの方外に出たことがないなと今更ながらそう思いました。

 リビングのすみで怯え続けている少女に、ワタシは目線を合わせて挨拶してみます。


「こんばんは、ワタシはメアリー。突然こんなことになって困惑しているかもしれないけど、アナタの名前を教えてくれる?」


 少女はやはり恐怖と混乱を浮かべた目でワタシを見ながら、震える喉を駆使してこう答えました。


「ふ、フランシスカ……」



 ……



「ただいま。メアリー、フランシスカ」


 一年と七ヶ月後経った深夜に、マスターは帰って来ました。

 雨風で少し古びた扉を開けたマスターは身なりのいい服を着ていて、本当に仕事に成功したんだなあと他人事のように思いました。ワタシは相変わらず、少しだけツギハギが増えたシックな黒いワンピースで、マスターを迎えます。


「おかえりなさい、マスター」


 フランシスカはもう寝ていました。あの子は吸血鬼のクセに夜が弱い子でした。人間と同じ生活習慣であるワタシに合わせて生活していたせいかもしれませんが、今はどうでもいいことでした。

 その時のワタシは、そんな呑気なことも考えられないほどに動揺し、混乱し、嫉妬し、憎悪していたから。


「なんだ、フランシスカはもう寝ているのか?」


「ねえ、マスター」


「それにしても変わりないようで安心したよ。フランシスカとは上手くやれているかね」


「──今すぐ質問に答えて、マスター!」


 なけなしのお金で買った銀の杭を、壁際に追いやったマスターの胸に押し当てて、ワタシは叫びました。吸血鬼は銀製品が苦手であることはフランシスカのおかげでよく知っていましたし、買い付けた時の商人に使い方も教わりましたから、これがマスターにとって最上級の脅しになることを、ワタシはヤになっちゃうぐらい理解していました。

 マスターは、自分の命が他人に握られているというのに余裕そうに笑っています。まるで飼い猫がじゃれてきた時みたいに。その態度に腹が立って、ワタシは杭を握る手に力を込めました。


「……どうしたんだい? まさかたったの一年でご主人様の顔を忘れたワケじゃなかろうに」


「そうね。もうマスターなんて呼びたくもない! アンタなんか、アンタなんか!」


「おやおや、ずいぶんご機嫌ナナメじゃないか。もしよかったら理由を教えてくれると助かるんだが」


 癇癪を起こした子供を宥めるような物言いにワタシはまた苛立って、杭を少し沈めます。質のいい服に穴が空いて、どこか冷静なワタシが勿体無いと考えました。


「……なんで教えてくれなかったの」


「なんで、と言われても、なんのことやら」


「なんで前のワタシのことを教えてくれなかったの!」


 ワタシはマスターが出て行った後に、初めて外に出かけました。生活するには少なからず社会と関わりを持たねばならず、曲がりなりにも人間と変わらない生態をもつワタシは、世捨て人のように生きていくことは出来ませんでした。ワタシが他人に恐怖を植え付ける、醜悪な見てくれであることは理解していましたが、とにかく頭だけ隠していれば穏便にすむだろうと呑気にそう考えて外に飛び出しました。切羽詰まっていたのも勿論ありましたが、外に出たいという好奇心も少なからずありました。

 その時はとにかく入り用のものを買って早く帰ろうとしていました。しかし、あんまりのも商人の方が訝しげに見てくるもんですから、うっかり聞いてしまったのです。どうかしましたかという単調な質問は、悪徳商人の軽い軽い口を動かすのに十分でした。


「いやな、結構前に貴族の嬢ちゃんが誘拐された事件があっただろ? そこ、お得意さまだったから嬢ちゃんとも会ったことあんだけど……あんまりにもそっくりだったから、つい」


 嫌な予感がしました。

 ワタシぐらいの少女がどこからともなく発生することはないと知っていましたから、ワタシはどうやって作られたのだろうと常々疑問に思っていました。遺棄された死体を使ったのかしらんなんてぼんやり考えてはいましたが、結局真実は分からずに、そのままほっといていた疑問でした。マスターも良い顔をしませんでしたから、あまり気にしちゃいけないんだと、意識的に追いやっていたのもありますが。

 でも、今日初めて外に出て、思わぬ人物から答えが聞けそうで、ワタシはひどく混乱していました。


「そ、その子の名前は……?」


「名前ェ? 確か……メアリーじゃなかったかなア。ほら、フランケンシュタイン家の。てか、そんなことも知らねえの。当時は結構話題になってたんだぜ。お貴族サマの誘拐事件ってよお」


 メアリー。

 ワタシは、メアリー・フランケンシュタインでした。マスターが、ミフネアが、吸血鬼がそう名付けました。ワタシは、名付けられる前の記憶がありませんでした。マスターは何も覚えていないワタシを見て、確か──


「……すみません。なにぶんそういった事件に疎いものですから、もう少し詳しく教えてくださる?」


 心情と裏腹にひどく冷静に振る舞うワタシに気づかずに、興が乗った商人はベラベラ喋りだします。


「その嬢ちゃんは結構なおてんばでさ、よく屋敷を抜け出していろんなとこ駆け回ってたんだ。たまに俺も捜索に駆り出されたりしたっけ。まあ、そんな感じでさ、失踪した時もいつもの『冒険』とやらに行ったんだと思われてたんだがなあ……」


「……どこに向かっていたんでしょうね、その子は」


「さてね、見当もつかない。でも最後に目撃されたのは確か……そう、吸血鬼の森じゃあなかったか? 頻繁にそっちらへんに行ってたみたいだから、いつものお遊びだったんだろうな」


「森、ですか?」


「ほら、あっちの通りを抜けるとでけえ森があるだろ? 薄暗いし人気もないし迷いやすいしで、子供がいるやつにとっちゃあ危険な場所でな。吸血鬼が住んでるから近づくなと子供を脅かすんだよ。だから、吸血鬼の森」


 そう言って商人はワタシが歩いてきた方向を指差しました。マスターは静かな所が気に入っていると、森の中の小さな一軒家に住んでいました。

 吸血鬼の住む森に、メアリー・フランケンシュタインは向かった?


「──お話、ありがとう存じます。色々参考になりました」


「……ちょいと待てよ。あんた、もしかして──」


 何か言いたげな商人を振り切って、ワタシは駆け出しました。ただ好ましくはない、煙たい感情が胸を圧迫していて、行きはどれだけ走っても苦しくなかったはずなのにひどく息苦しくてどうにかなりそうでした。

 メアリーは消えた女の子。吸血鬼の森に遊びに行って、それで、行方不明になって。じゃあ、ワタシは──!


「ワタシは、なんなの」


「……さてな」


「答えてよ、マスター!」


 ワタシはメアリーでした。普通の人間の女の子。少しおてんばで、人騒がせな、ただの少女。それではワタシはなんなの。この怪物は、メアリーなの。分からない、分からない!


「じゃあ聞くが、どこまで知ってる?」


 ひどくつまらなそうな顔で、吸血鬼は問いました。その冷え切った目がなんだか恐ろしくて、杭を持つ手が震えます。


「ワタシが、いなくなった人間の女の子とそっくりだってことまでは」


「ああ、ナルホド。なら話は早い」


 面倒だなあと呟いて、マスターは渋々話し始めました。


「メアリー・フランケンシュタインは私の友人だ」


「ゆう、じん?」


「そう、友人。その友人が森の中で死んでいたから蘇らそうとした。その結果が君」


 ああなんだそんな事なのねなんて平和的なセリフは口から飛び出ずに、ワタシは放心します。あのおてんば娘メアリーが自由奔放な吸血鬼と友人である事はまあ、信じましょう。あり得そうな話です。だとしたら、あの時のマスターが言った言葉は。



『ああもう! 切り替えてこう。



 ……もしも。

 もしもワタシが唯一無二の友人を失って、蘇らせて、感動の再開かと思ったら、その子が全部忘れていたとしたら。

 ワタシは、どうするのでしょうか。


「……ねえ、マスター」


「どうした。まだ疑問点が?」


「ワタシって、失敗作なの?」


 マスターが会いたかったのは可愛らしい人間であるメアリーでした。決してワタシじゃない。望まれて生まれてきたワケじゃない。じゃあワタシの存在意義ってなんなの。マスターはどうしてワタシを造ったの。そもそもメアリーは生き返らせてとマスターに願ったの?


「……それは、違う」


「ウソツキ。マスターが話したかったのはメアリーじゃない」


「違う! 私は……」


「そもそもメアリーは生き返らせてなんて頼んでないじゃない。マスターの失望も、ワタシの絶望も、ぜんぶぜんぶマスターのエゴじゃない!」


 ワタシはワタシを造った吸血鬼を恨みました。わざわざ危険な森に遊びに行ったメアリーを呪いました。ワタシは、ワタシの運命を歪めた全員が恨めしくてしょうがなかったのです。


「恨むわよ、マスター」


「……すまない」


 弁明もしてくれないのは、失敗作であると認めたようなものじゃないのという言葉は、喉につっかえて出てきてくれませんでした。


「こんな惨めなありさまでワタシが生きているのに、マスターが幸福でいていいと思ってる? これからの長い長い年月で、アナタがワタシの情熱を枯らすことが出来たとしても、この恨みは絶対忘れないわ。──これからは光や食べ物よりも大切なこの恨みだけは! ぜったいに忘れてなんかやらない!」


 それを聞いてなお、マスターは笑っていて。この調子なら啖呵を切らずとも忘れなさそうだなと思いました。

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