第3話 仲間と住処


「だからさァ、ちょっとでいいんだよ、ちょっとで。全額ロハって言ってるんじゃあないんだから。ちょこっとだけ授業料をまけてくれって言ってんの。前期分だけ。ねえ、お願い」


「出来ません」


 吉丸の部屋を出て、大学の中庭で野宿すること数日。

 ついに春休みを終えて事務局が再開されたので突撃した。

 絶賛学費を免除しろと直談判中だ。


「そりゃ勉強しなかった俺が悪いよ。間違いない。俺の怠慢。認める。でもね? そちらさんの授業の質が低かった可能性だって、わずかだけどあるかもしれない。絶対そんなことないって否定できる?」


「他の生徒さんは無事修了されました」


「他のヤツはね。でも教育って、一人ひとりと向き合ってこそ真の意味があると思うわけ。どう? あなたはどう?」


「勇者になる最適のカリキュラムが組まれていると考えます。足りない者は切り捨てます」


「チッ、一年の頃からずっとそれだ! この頭でっかち!」


「なんとでも」


「俺が魔王を倒して英雄になっても寄付してやんねーから! 宣伝に俺の名前使うなよ! 知らねーから! ケッ!」


「魔王が倒されたらこの学校もなくなるでしょ」


 吐き捨てて踵を返すと、日岡のせいで出来た長蛇の列の全員から「出ていけ」と言わんばかりの冷たい視線を向けられ、そそくさカウンターから離れた。

 ちょうど隣の窓口でも話がついたのか、女が肩を落として歩いてくる。ごった返す事務局前はスペースが少ない。

 女は日岡と目が合ってしまった。


「おうコラ。何見とんじゃ。留年生がそげ珍しいけ。あ?」


「……」


「シカトかい。ナハハ。ええご身分だの」


「……アンタも学費の相談?」


 日岡の大声は隣まで聞こえていたらしい。

 女が手にしているのは授業料振り込みの通知書だった。

 用紙の色から察するに、再三の警告を受けるほど延滞しているのだろう。


「貴様も困窮しているのか。無駄足だったろう。ここの連中は聞く耳すら持たない」


「まあね」


 女は答えると、もう一枚の紙を懐から取り出した。

 給付型奨学金についてと書かれている。


「授業料はいつもどおり免除してもらえんだけど、毎月の奨学金が15万円から5万円に減らされるって。住んでいる家、出なきゃ」


「……」


 授業料免除に、奨学金毎月5万だと? それらが適用される生徒はごく稀だ。


「ゆ、優秀なのかよ。どこの科だ」


「魔法科」


「俺は勇者科だ。運悪く半年、留年することに」


「マジ? アタシも半年留年」


「なに?」


 授業料を免除され、奨学金すら支給される女史が留年とは信じがたい。


「そこまで優遇されておいて留年するはずないだろう。何かの手違いじゃ?」


「卒業式に寝坊かましたの。なんとか大臣から表彰されるはずだったんだけど、すっぽかしたから卒業取り消し処分。だるくね?」


「大臣に表彰だと……おい、まさか貴様……魔法科主席の厳士美晴か!」


 魔法の発動速度、射撃精度、メンタル。

 前線の魔法使いに求められる要素をほぼ満点で取りそろえた稀代の天才魔法使い・厳士美晴。

 噂には聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。

 ブリーチしたまま放置された金髪、水面から飛び上がったシャチのような角度の付マツゲ、鉤爪のような殺傷力高めなネイル。

 天才魔法使いがまさかのギャルだったとは驚きだ。


「貴様やめろし。アンタ、どっかで会った?」


「魔法科の知り合いから色々聞かされたよ」


「ふうん」と、あくまで興味はなさそうである。


「ねえ。名前は?」


「日岡凛生」


「日岡、アンタも金ない感じ?」


「ない。財布が不要なくらいだ」


「じゃあ一緒に住まん?」


 日岡は考えた。

 反対意見が浮かばなかった。


「そうしよう」


 二つ返事でそう答えた。



 ***



とりあえず不動産屋に言っていろいろ条件を伝えた。


「家賃は6万から7万。ふたりで住むとなると……、どのくらいがいい?」


「出来るだけ広いほうがいいっしょ」


「じゃあ、10LDKだ」


「ありません」


 不動産屋の男はきっぱりと断った。

 さきほどからこの男は日岡たちにさっさと帰ってほしいと思っている。


「せめて探してくれよ。そのパソコンでよ」


「まず都内に10LDKがありません」


「日岡、魔法の実験したいから、防音アツいとこにしよ」


「聞いたな、鉄筋コンも条件だ。せめて3LDK。家賃はそのまま。調べてくれ」


「ですから、ありません」


「おいおい。さっきからそればっかりだ。俺たちは勇者養成校の生徒だぜ。英雄の行く手を阻むとはまさか、貴様、魔物か?」


「ただの不動産屋ですよ!」


 掴みかからんばかりの日岡の勢いに不動産屋の男も後ずさる。


「フドーサンヤ……」


「聞いたことあるカモ。人をだまして仲介料なる金を掠め取る魔物とかナントカ」


「人の仕事を悪く言わないでくださいよォ! もう帰ってくれェ!」


 騒動に気づいた店長が裏から出てきた。

 事が大きくなるのを恐れた日岡と厳士は、撤退を余儀なくされた。

 戦略的撤退である。

 決して店長がめちゃくちゃゴツかったからではない。



 ***



 大学の中庭のテント(日岡の現住所)まで戻り、作戦会議をする。


「思ったより状況は悪い。厳士、貴様のこだわりが強いせいだ」


「必要最低限じゃん」


「天才ってヤツは往々にそうだ。協調性がない。しかし、ふたりで住む以上、広い部屋でなくてはならないが、俺たちの身分で借りられる部屋は多くない。何か手立ては……、そうだ。実験に使うとか言って教室を一室借りてこいよ。天才なら泊まり込みも看過されるだろう」


「たぶん無理」


「なぜだ」


「一年の時にそれやって実験室めちゃくちゃにしちゃった」


「……」


「部屋一面、虹色。ゲーミング実験室。アハハ」


 アハハじゃない。この女、前科持ちだったとは。

 日岡は頭を捻る。


(残される手は、誰かの家に居候することか)


 友人の手を煩わせることには一日の長がある日岡だが、一人暮らしの連中の経済的体力はたかが知れている。

 理想的なのは、働きに出なくても屋根を提供してくれるような実家暮らし。

 おまけに義理人情に厚ければ申し分ないが――


「あ」

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