第2話 日岡凛生という男

 

 日岡少年は小学校を卒業後、中学校、高校へと進み、勇者養成学校に入学した。

 養成学校を卒業すれば、晴れて勇者として迷宮に潜る権利が与えられる。


 俺こそが魔王を倒す勇者になるのだ。


 そんな誓いを胸に門をくぐったのは、もう3年前のこと。卒業を目前に控えた日岡は、


「であるから、〈日本魔法〉は一般魔法と医療魔法、それから軍事魔法の3種類に分けられるよってことなんですね」


 一年次の授業を再々々履修していた。


「ま、広義では〈魔王魔法〉も〈日本魔法〉に含まれますが。それは置いておいて」


 うんうんと最前列でうなずき、いかにも積極的な姿勢を見せる。

 鉛筆を握った手は動いていない。

 全く同じ説明を3年前にも聞いた。

 あのころは一言一句聞き逃すまいと意気込んだものだが今は卒業さえ出来ればなんでもよかった。


「ねえ、あの人4年生だよね。なんでいるの?」


「なんか、再々……いや再々々々……わかんないけど、めっちゃ単位落としてるんだって」


「ああはなりたくないね」


「スーツ着て学校に来たら終わりだよね」


 一年坊主のひそひそ話も無視する。この程度は慣れっこだ。

 今の彼は恥も外聞もかなぐり捨てた単位の亡者に他ならない。


「そもそも日本の魔法研究は〈魔王魔法〉が源流にあり、勇者パーティが持ち帰った魔王直筆の魔導書――魔王手記と言いますが――これを地道に解読したことがはじまりです。解読の第一人者は櫻田仁。〈日本魔法〉の祖です。彼、魔王と同級生だったんです」


「魔法研究会という組織が、現・魔法省の前身です。研究会は〈魔王魔法〉に魔法の基礎を学ぶと、独自の研究を進め、〈日本魔法〉として体系化しました。攻撃や殺害に特化した〈魔王魔法〉とは違い、産業、医療にかかわるものです。木材を均一に切るとか、フグの毒を消すとか、麻酔するとかそういう方向ですね。具体例は教科書欄外にあるので確認しておいてください。戦争がはじまると軍事魔法の研究が盛んになります」


「実は一般魔法は定義するのがすごく難しい。たとえばふだん使っている〈点火魔法〉や、〈遠話魔法〉なども元は軍事魔法でした」


「魔法を使えない純血の日本人は、その豊かを享受するための研究を始めました。魔道具の起源です」


「その効力が人体に著しい害を与えるとして、魔法省が定めた『一切の使用を禁じる魔法』のことを……えー、では、最前列のあなた。起きてください。先週の復習です」


 教授はもしかしなくても日岡を指していた。ゆっくりと立ち上がり、卒なく回答する。


「禁忌魔法です」


「ちがいます。指定魔法ですね。禁忌魔法は……、魔法禁忌のことかな。魔法禁忌は、甲の魔法に乙の魔法を重ねると危険だからやめようねということです」


 日岡はそうですよねと小さく呟いて席に着く。背後からくすくすと笑い声がした。


「〈魔爆三種〉や〈黒い光〉などが指定魔法にあたります。それ以外では、学ぼうとした時点で違法になる魔法があります。さっきの方、ひとつ答えてください」


 教授はまたしても日岡に訊ねた。最前列にいるのが彼だけだからだろう。


「〈魔王魔法〉です」


「ちがいます。たとえば〈蘇生魔法〉は、使うのも研究するのも禁止されています。原理が不明だからです。それでも試みる人はいる。失敗してとんでもないことになるニュースがしょっちゅう報じられますね。先月も足を持っていかれた人が――」


 日岡が肩をすくめて席に座ると、また女生徒の声がする。


「このへん高校の範囲じゃない?」


「うそでしょ、あの人、大丈夫……?」


 嘲笑はもはや心配になっていた。


 それでも涼しい顔で教授の声を聞いている日岡だが、


(うるせえ、バーカ!)


 心中では情けなく駄々をこねていた。


(どうして俺が――魔王を討つ勇者となる俺が、こんな小細工を勉強せねばならない! 勇ましく剣を振り回し、バタバタと魔物をなぎ倒すのが、勇者の仕事だろうが! 魔法は魔法使いに任せておけばいいんだ! 分業を知らん非効率なアホどもめ、クソッ!)


 そんなことはない。

 勇者パーティは、戦士を除いて、自己治癒など基礎的な魔法の習得が義務付けられている。

 魔法使いの魔ナをみだりに減らさないためである。

 迷宮攻略に必要だから授業があるのだ。

 日岡はそれをわかっていない。というか認めたくない。勉強したくないから。



 ***



 二限は、魔王対策だ。

 魔王という存在への理解を深める勇者候補生には必須の授業である。

 これは日岡も並々ならぬ関心を持つところだが、講師と反りが合わなくて教室を抜け出してしまうのが常だった。


「魔王は大犯罪者に違いないが、彼無くして〈日本魔法〉が発達しなかったのも事実である」


 授業の頭からこんなことを言うのだから気に食わない。


「何を隠そう、〈日本魔法〉のいしずえは〈魔王魔法〉にあり! ということで〈魔王魔法〉の習得は大いに意義があると個人的には考えておりますが、まあグレーゾーンですわな。諸々の事情で禁じることもできませんで、ご興味のある方は、後ほど私のところまで……」


 魔王対策の授業を担当するこの老爺は、元は教授でもなんでもない〈魔王魔法〉に魅せられた好事家だった。

 集めていた魔王の手記が押収されそうになると、国を訴え、暴れた。

 老爺もろとも国が管理することで落着したが、こうして隙あらば〈魔王魔法〉を布教しようとするので学校も持て余している。趣味が高じて――というやつである。

 日岡がいきり立った。


「やいジジイ、〈魔王魔法〉に意義などあるか! さっさとヤツを殺す術だけ教えろ!」


「また貴様か、クソガキ! 授業を妨害するんじゃない、今期も単位やらんぞ! 魔王を否定するのは、貴様の母を否定するようなものだと去年も一昨年も教えたのを忘れたか!」


「俺の母は魔王じゃねえ!」


「そういう話じゃあない!」


 周囲から刺々しい視線を送られ、日岡は仕方なく席に着いた。


「コホン。魔王とは――」講師が話す。


「100年前から極東大学、通称・東大に立てこもっている日本最古の魔法使いだ。本名・鹿沼常生。122歳。もとは東大の学生だったが、異世界と接触したことで魔法に傾倒する」


「鹿沼は〈迷宮魔法〉の解明に心血を注ぎ、それが完成すると、学生や教師を人質に大学を迷宮化、バリケードを築いた。以降、今日まで一度たりとも姿を現していない。今年で100周年だ。魔王の要求はたったひとつ。極東大学を放棄すること」


「魔王とコンタクトを取る試みはことごとく失敗している。迷宮の壁はいかなる兵器、魔法でも壊せず、遣わせた伝令が帰ってきたことはない。魔王と接触した最新の記録は50年前だ」


 ぺちゃくちゃ喋っていた生徒の視線が講師に集まった。


「みなさんお待ちかね、その魔王と接触した人物こそ――」


 生徒が口々に叫んだ。


「石室風道!」


「そう、現在の一万円札にもなっている伝説の勇者、石室風道だ。彼はこの歴史上、魔王と対峙した最初で最後の勇者であり、魔王に直接殺された唯一の人間だ。かの弾丸伝説に憧れた少年少女は数知れず。諸君も魅せられたことだろう」


 弾丸伝説なら日岡も知っている。寝る前の読み聞かせにぴったりなのだ。


 石室率いる勇者パーティは、迷宮最深部にて魔王と対面。

 ついに決戦へ挑むが、魔王の圧倒的な強さに全滅寸前まで追い詰められてしまう。仲間が次々と倒れ、石室も右手と右目を負傷し、もはやここまでというその時、石室は最後の力を振り絞って拳銃を発砲した。弾丸は見事に魔王の足を貫いた。

 しかし、魔王はどんな傷も治せる魔法を持っている。たった9ミリ程度の銃創など、瞬きのうちに治癒してしまうだろう。

 あはれ石室、一矢すら報いることはできなかった。

 ところが、一回二回と瞬きをしても魔王の足からは血が流れ出ている。

 それもそのはず、弾倉の最後に込められていた弾丸は、天皇から賜った〈国背負いの弾〉。聖なる力が魔王魔法を阻害したのだ。

 魔王は半世紀ぶりの重傷に驚きを隠せない。

 その隙に石室はパーティメンバーを逃がした――という逸話だ。


 聞くたびに反吐が出る。

 敵に背を向けなかったのは褒めてやるが、最期の一撃を拳銃に任せるなど言語道断。

 日本男児なら自ら斬りかかってこそ有終の美を飾れるというものだ。


「その傷はいまだ完治していないらしい。〈魔王魔法〉は戦争のための魔法。医療魔法も一級品に違いないが、そこは我らが陛下、さすが神聖なものだ。戦いとなれば足が狙い目だろう」


「そんな昔話を読み聞かせてどうする、もっと実になることを授業しろ、天皇の弾丸の他に有効打はないのか!」


「ええい、野次を飛ばすな! いいか、無知に勝利は訪れない。重要なのは敵を知ること。殺す方法も、好きな食べ物も、等しく貴重な情報だ、マジのガチにな! 迷宮でおっ死にたくなきゃあ黙って聴いとけ!」


「ぐぅ……」


「返事!」


「はいッ!」



 ***



「待て、クソガキ」


 授業後、講堂を出ようとした日岡を、講師が呼び止めた。


「貴様、ずいぶんと血の気が多いな」


「お互い様だ」


「素直になれ。褒めているのだ。貴様ほどの無礼はかつてないが、貴様ほどの熱意も珍しい。最近の候補生は魔王の侵略がないのを良いことに、勇者を楽な高給取りと勘違いしておる。勇者になったところで迷宮に配属される確率は低いし、たまの攻略班志望のガキも、石室風道に憧れた夢見小僧に過ぎん」


「俺は石室を好かん」


「儂もだ。貴様は勇者になりたいのではなく、魔王を殺したいのだ」


「そのとおりだ。勇者がいちばん、正当な手だった。叶わぬなら冒険者に身を落とすまでだ」


「なぜ魔王を殺したい、親の仇か?」


「違う。不平と不満の大爆発だ。生まれてこのかた燃料は尽きない」


「マゼ不遇への怒りというわけだ。革命思想の勇者は過去にもいた。迷宮に潜り、死んだが」


「俺も同じだと?」


「今はな」


「帰る」


「待て。儂が変えてやる」


「なに?」


 日岡は足を止めた。


「過去の蛮勇と別の道を歩ませてやると言ったのだ」


「魔王狂いのイカレジジイが?」


「狂ってないから石室は負けた」


「聞かせてみろ」



***



 昼過ぎに帰宅する。

 家に同居人の姿はなく、代わりにラップをかけた食事と書置きがあった。


『バイトに行ってきます 温めて食べてね 食器は流しに漬けておくこと ←絶対!』


 単身用の8畳1K。風呂トイレ別。

 ふたりで住むには少々手狭だが日岡は満足している。

 屋根があるだけで充分ありがたいのだ。


 昼飯を済ませ、ナッツをつまみながら魔導書と格闘していると、


「ただいまー」


 夕方ごろ同居人が帰宅した。


「おかえり。遅かったな」


「ね、見て。じゃん! バイトでお野菜たくさん貰っちゃった! お豆腐使わなきゃだから、お鍋しようよ。あったまるよー」


 小松菜を両手に喜んでいるこの女が日岡の同居人、吉丸こころだ。

 勇者養成学校の魔法科4年生。

 卒業に必要な単位をとっくに取り終えて、このころはバイトに明け暮れている。


「あ、ちゃんと食器出てる!」


「俺もやりゃできるのさ」


「成長したねェ」


 彼女は日岡を小学3年生だと思っている節がある。


 日岡と吉丸が出会ったのはマゼが通う小学校だ。

 吉丸こころは、獣人を祖父にもつ半々獣人のマゼで、担任も手を焼く問題児・日岡係として重宝された。

 遅刻魔の、宿題忘れの、喧嘩早いあの頃から何も変わらないと思っているのだ。

 

 ふたりで夕飯の支度をする。


 包丁を使うのは日岡の担当だ。

 本人曰く「勇者だから」とのことだが吉丸は意味がわからなくていつも笑う。

 冷蔵庫のものと小松菜をぶち込んだ鍋をつつきながら吉丸が聞いた。


「単位、取れそう?」


「忘れてたのに」日岡は苦い顔で答える。「魔法は理解できん」


「教えてあげるってば」


「おまえ擬音しか使わないだろ。ガーとかグワーとか、余計混乱すんだよ。魔王大好きジジイに教わるから、いい」


「ジジ……えっ、伊予先生? 魔王対策の? すごい仲悪かったのに」


「腹を割って話したら案外わかるヤツでさ」


「珍しいこともあるもんだ」とけっこう驚いている。「ねえ、凛生。ちゃんと卒業してね」


「母さんみたいなこと言うなよ」


「これでもわたし、色んなパーティからお誘いきてるんだよ。急がないと、他の勇者のところ行っちゃうかも。凛生の魔法使いに雇ってくれるんでしょ?」


 吉丸は悪戯っぽく微笑んだ。

 日岡はとくに言うこともないのでビールを飲んだ。


 日岡が吉丸の部屋に転がり込んでから一年が経つ。

 特別な事情はない。

 留年を回避するための追試に全財産をつぎ込んだせいで、男子寮の家賃が払えなくなったのだ。

 付き合いの長さに甘えて吉丸を頼ったのは日岡だが、長居を許しているのは吉丸である。


 食事を終えて、日岡がベランダで一服しようとすると、吉丸が部屋から出てくる。

 煙草の匂いを嫌う彼女には滅多なことだった。

 それで、〈点火魔法〉で小さな火をくれた。


 勝手に喋るだろうと思ったがなかなか口を開かないので、「どうした」と促す。


 吉丸はついたてにもたれたまま、曖昧な声を漏らしたきり、住宅街のほうを眺めている。

 駅から遠く入り組んだ路地からじゃ、感動するような夜景は望めない。

 小さな畑とビニールハウスがひっそりと休んでいるばかりだ。


 日岡が口火を切った。


「条件いいパーティがあるなら、そっち行けよ。俺のことは気にしなくていいから」


 吉丸は一瞬、大きく目を見張ってから、


「どうして?」と聞く。


「そういう話じゃねえの?」と聞き返す。


「ちがうよ」と笑う。「あーあ。魔法科次席じゃ、魔王逮捕には力不足ですか」


「嫌味なヤツだな」


「……凛生の夢、また聞きたいなって」


 期待するような視線を向けられた日岡は、そんな高尚なものじゃない――と思う。

 

 夢などではない。


 マゼ差別(当時は魔法使いへの差別だった)は、異世界との戦争が終結するのに応じてひとまず収まりを見せた。条約で色々と取り決められたし、魔法が伝わったことで生活はとても豊かになった。

 恩恵には報おうとするのが日本人である。

 日本人と異世界人は互いのことを探り合い、文化の違いを理解しようとし、ある種の緊張はあれど諍いはなかった。

 世界際結婚が流行するほど関係は安定した。

 そんな異世界や異世界人や魔法への信頼を更地に戻したのが、魔王の侵略行為である。


 極東大学迷宮が造られた影響で、周囲の地域にも魔物が出現するようになった。

 それにより数名の地域住民が殺され、異世界人・魔法使い・ワタリ・マゼの国内での地位は戦争以前に巻き戻った。


 日岡はこう思っている。


(魔王を殺すのが夢なら、俺は魔王のことを考えるたびにワクワウするはずだ)


 鉛のように気分が沈むのならそれは夢ではないのだろう。



「この社会を変える。混血を冷遇する社会を。魔王さえ倒せば、国はきっと俺たちを見直す。そうしたら、おまえもこんなボロいアパートじゃなくて、広くて頑丈な洒落た家に住めるさ。金だって日本人と同じくらい貰えるだろうから、魔法の研究に打ち込める」


「ふうん」と気のなさそうな相づちが返ってくる。「わたしはこのままでもいいのに」


「駄目だよ。おまえほど優秀なやつが、能無しどもの下につくなんて間違っている」


「そうじゃなくてさ。木造のボロアパートでも凛生がいるならいいって話」


「たしかに候補生の家に押し入る阿呆はいないだろうが、最近じゃここらへんも冒険者の連中がうろついていると聞く。ブレ……なんだったっけな、ブレーメ……」


「……はあ。阿呆は日岡だよ。アホの日岡。だから留年にリーチかかるんだ」


 吉丸の機嫌が悪くなってしまった。


「わたしがパーティに入んなくてもいいの?」


 日岡は目で聞き返した。何の話だ。


「他のところに行ってもいいって」


「俺に決める権利ねえし。せいぜい行かないでくれって泣きつくことしか」


「泣きついてよ」


「冗談じゃねえ」


「じゃあさ」と吉丸は言葉を区切る。


「わたしが魔法使いにならなくていいならさ、わたし、研究者になるから、凛生も適当な仕事に就いて、ずっと迷宮とか関係ないところで暮らそうよ」


 彼女の目がすごく真剣だったので日岡は内心たじろいだ。


「も、もしね? もしも凛生がいい仕事を見つけられなくても、わたしが支えてあげるから。開発した魔法が国に高く売れそうなの。〈スノウ・クラッシュ〉っていう――」


「なあ、こころ。迷宮攻略には行きたくない?」


「そういうわけじゃないけど……」


「俺は行きたくない」


 日岡は力強く握った自分のこぶしを見つめる。


「……」


 吉丸は何かを言いかけて黙った。それから、


「じゃあいいじゃん」


 日岡はしまったと思った。


(そりゃそうだ)


「行かなくていいじゃん。誰も頼んでないし。そもそも卒業すら怪しいし」


「ぐぅ」


 隙のない正論にぐうの音しか出なくなったところで、日岡は思い出した。


「そ、そうだ。こころ、今日がなんの日か覚えてるか」


 吉丸は一瞬、ぽかんとしたが、あっという間に今日でいちばん驚いた表情になった。

 日岡は手早く吸いかけの煙草を消すと、部屋に戻り、冷蔵庫を開けた。

 巧妙な隠れ蓑になっていた味噌をどかし、奥から小さな箱を取り出す。

 表面には近所のケーキ屋の名前がある。


「うそうそ、うそ」


 口に手を当てて駆け足で近づいてくる吉丸の前に箱を置く。


「居候して一年だからさ。感謝の気持ちに」


「ねえほんと? ありがとー!」


 嬉し驚きのリアクションに日岡も満足である。


「お茶淹れてくるから座っといて」


「うん!」


 湯を沸かしながら、日岡は冷や汗をぬぐう。


(なんとか煙に巻けた…‥)


 彼の人生はこんな誤魔化しの連続なのである。



***



 それから日岡は、死に物狂いで大学の勉強に励んだ。

 吉丸やその他引っかけた女の子など色々な人に支えられて単位の取得を目指す一方、伊予と魔法の特訓を重ねる。

 彼は間違いなく人生でいちばん努力した。

 血が滲んで肉刺となり、それが潰れるほど過酷な修行を、持ち前の根性で耐えに耐え――

 半年後、桜がはらはらと舞う、暖かな春の日。

 勇者養成学校の100期生はその課程を修了し、卒業する。


「卒業おめでとう」


 感極まって泣いている吉丸に日岡が言う。


「ありがとう。ぐすっ、日岡もおめでとう」


「俺は留年した」


「大変なこともたくさんあったけど――えっ?」


「ふつうに留年した。ぜんぜん単位足らんかった」



 日岡凛生、留年。

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