『君も勇者になろう!』 発行:異国文出版 魔法省承認

三月生まれ

第1話 エピローグという前フリ



 小学校二年生の時だった。


 勇者という職業の認知度を上げるために配られた薄っぺらい教本で、日岡凛生は、今まで自分を悩ませていた不快感の正体を知った。


 勇者は魔法省所属の国家公務員である。

 天皇から賜った剣を腰に提げ、迷宮を攻略、残虐非道な魔王を鎮圧する。魔法使い・戦士・僧侶らを引き連れるその姿に、未来の平和を見出す者は多い。


 勇者には、屈強な肉体と精神、魔法の専門的知識、魔物に対処できる戦闘能力が求められ、国家試験をパスすればそれらがあるとみなされる。

 が、破格の報酬に反して勇者が年々数を減らしているのは、べらぼうに高い試験の難易度でも、死人が出るほど厳しい訓練でも、迷宮から帰る勇者が極端に少ないことでもない。

 とある人種問題が根深く関係している。


 勇者募集の張り紙は「出自を問わない」という文言が強調される。

 これは、異世界人と日本人の混血にこそ、勇者の素養があるためだ。

 混血の社会的地位は低く、進学や就職、結婚などあらゆる人生の節目で苦労することになる。

 当たりくじを純血の日本人が、貧乏くじを混血が引くように社会は設計されている。

 しかし、この勇者制度のみ、例外なのである。


 異世界との戦争が終結し、外交がはじまってから、異世界の人間と結婚する世界際結婚が登場した。むろん、腫物扱いされる。だが彼らは、軽蔑され、日の目を浴びない生活を送る覚悟の上で、愛を選んだ。問題は、その子どもである。なんと異世界の人間と本世界の人間は子を成すことができた。そうして生まれた混血の子は、謂れもなく両親と同じ地位で生きることを強いられた。

 世界際結婚をした者はワタリ、混血の子はマゼと呼ばれる。日岡凛生は、異世界人の父と日本人の母のあいだに生まれたマゼだ。


(おかしな話だ。純血は魔法を使うどころか肌に魔ナが触れてもわからないのに)


 魔ナ。

 魔法に必要なエネルギーである。電子機器を動かす電気のようなものだ。魔ナの感知や使用には、魔ナ受容体という器官が不可欠で、日本の人間にはそれがない。魔法がない世界だから、当然である。魔ナ受容体を脳に備え、先天的に魔法を扱うことができるのは、異世界人とマゼに限られた。迷宮に挑む人間が魔法を感じられないとは論外である。純日本人はそういうわけで勇者になれないのだった。


 出自を問わないとは「混血の劣った出自こそ歓迎する」という意味であり、それでは純血の日本人こそ優れていると思想に背く。ましてや魔王を殺してくれと泣きつくなど、できない。だから混血にも参加する権限を与えてやる旨の文面になるのだった。


 日岡の心は揺れていた。希望と疑惑のあいだで揺れていた。


 勇者の資格が僕たち混血にはある。純血にできないことが僕たちにはできる。劣っているのはどちらだろう。魔王の身柄を国に渡せば、僕たちはふつうになれるのだろうか。夢のような話だが。


(いいや……)と日岡は考えた。


 なぜ、生まれただけで、ふつうを願わなければならないのだ。

 悪者が誰だと聞かれても俺は指摘できない。

 政府にそういう責任を押し付けるのは簡単だがきっと間違いだ。

 僕たちを差別する純血の連中も風潮に飲まれているに過ぎない。


 日岡少年はその日を区切りに、ちょっとずつ成長するみたいにその思想を歪ませていった。

 ここでの歪みは社会通念と反対に進むということだ。

 階段があれば上に純血の日本人がいて、混血は下にいる。

 下には色んなものが流れ落ちてくる。下水、残飯、死体……。その光景が当たり前でなくなる日のため――


(それだけでは駄目だ)


 俺たちを見下すあの連中にも、階下の気持ちを味わってもらわねば。

 引きずり降ろしてやる。俺たちの下水に溺れさせてやる。


 そのために日岡凛生は決意した。


 俺が魔王を殺す。


 奇しくも彼の結論は社会的な正義にたどり着いた。


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