積み木

(意味も意図も分からない! なぜこんな昔のことを再現するのだ!)


 ネイサンは悪への鞭教団の聖堂が存在する山に登りながら、内心で絶叫を上げていた。


(幾人かは確かに覚えがある! 一緒に選別を受けていたものの不合格になった者達だが、こんなことの再現に労力を割いて何になると言うのだ!)


 周囲には同じ目的と大志を抱いている青年達が集まっていたが、ネイサンは覚えのある顔を見る度に、この事態を引き起こしている者が何を考えているかさっぱり分からなくなった。


 これが見覚えなのない顔だけなら完成度の低い幻影だと嘲笑えるのだが、常に記憶が刺激され続けているネイサンは、過去との一致があまりにも多すぎることに混乱を深めてしまう。


(腹も減る。喉も乾く……まさか過去にきたとでもいうのか? いや、それなら尚更意味が分からない。なにか……なにか打開する方法は……)


 ここでネイサンはある仮説が思い浮かんだが、それは更に現状の説明ができないものであったため、彼の常識が否定した。


 しかし名案はなにもなく、まるで過去を追体験しているように流れに身を任せるしかない。


「どうした? 具合が悪いのか?」


 そんな彼を心配した青年が声を掛けてきた。


「ゲ、ゲオルグっ……」


「うん? 何処かで出会ったか?」


 青年の名をゲオルグ。ネイサンが最も信頼する仲間の一人であり、彼の感覚ではここに来る直前まで共にいた同僚だ。


 しかし今現在のゲオルグは若さに溢れた青年。つまり、初めて出会った時と同じ容姿であり、ネイサンに名前を言い当てられたゲオルグは首を傾げてしまう。


「い、いや、すまん。知り合いに似ていたんだが、君もゲオルグなのか?」


「ああそうだが……似ている奴と同じ名前とは考えにくいな。本当にそいつとは別人か?」


「あ、ああ。別人だ」


「ふむ。では改めて名乗ろう。ゲオルグだ。共に悪を討ち果たそう」


「……ネイサンだ。よろしく頼む」


(わ、分からない! 本当に分からない! ゲオルグの仕草そのままじゃないか! 幻影なのか⁉ 過去なのか⁉)


 僅かなやり取りだったが、ネイサンは親友でもあるゲオルグの仕草一つ一つに既視感を覚え、それは強烈な頭痛となって彼を苛む。


 更に再会したのはゲオルグだけではない。


「僕はワイアット。よろしく」


「アンドリューだ」


 ゲオルグと同じように、共に行動していた青年時代のワイアットとアンドリューもかつてと同じであり、ネイサンがなんとか平常心を保って叫び声を上げなかったのは奇跡だろう。


「よくぞ来た神の僕たちよ! 君達はこれから栄えある聖騎士になる資格があるかを調査される!」


 山の上に存在する石造りの神殿前で、司祭がネイサンたちを歓迎する光景もそのままだ。


 しかしネイサンは知っている。


 周囲にいる二十人ほどの若者は殆ど脱落し、多くは単なる聖職者として儀式や事務に携わることを。そしてネイサンを含めた四人が聖騎士になったこの世代は当たり年で、誰も聖騎士になれなかった世代の方が多かった。


「まずは魔力の許容量を調べる。この腕輪を付けて三日生活するのだ。これは常に魔力を発し続けているが、許容量が少ない者は直ぐに具合が悪くなる」


 司祭がなんの変哲もない銀の腕輪を青年たちに配る光景もネイサンの記憶と同じだ。


 魔力とはこの世に不可思議な現象を引き起こす、魔法と呼ばれる力の大本になるものである。そして銀の腕輪は特殊な道具で、その魔力を常に発しているのだが、魔力は魔法の素養がない者には毒に近く、長時間浴びていれば体調を崩してしまう。


 そして聖騎士は魔法で自身を強化することを基礎としており、素養のない者は具合が悪くなった時点で弾かれるのだ。


 尤もここにいる者達は、簡易的な試験で見込みがあると思われたから呼ばれているため、即座に無様を晒すことはなかった。


(やはりかっ! )


 嫌な予感がしていたネイサンは心の中で顔を顰める。


 聖騎士としての鍛錬を重ねてきたネイサンは、魔力の高い許容量を誇っていた。しかしそれは二十数年後の話であり、今現在の彼は体の中をなにかがもぞもぞもと動くような違和感を感じてしまった。


(なんとか打開策を見つけなければ……)


 明確に自分が弱体化している証拠を突きつけられたネイサンは焦るが、そもそも今何が起こっているかが分かっていないため手の施しようがない。


 できることと言えば、彼が信奉する神の聖堂で研鑽を積み重ねることだけだ。


 ◆


 それから数年後。


「ネイサンは天才だな」


「同意する」


 聖堂でネイサンの名を知らぬ者はいなくなっていた。


 聖騎士に至るための修練を監督している者達が、ネイサンの驚くべき才能に驚愕したのが最初だ。彼らから見たネイサンは、聖騎士になるために生まれてきたのか、歴代で最も才能溢れる若者であり、まるで聖騎士になるための道を知っているかのようだった。


 現にネイサンは教官役と模擬戦を行っているが、あり得ないことに彼が優位に立ちまわっていた。


 しかし、聖騎士はきっかり十年の修練が必要であると聖典に記されており、彼がいきなりその地位を手に入れることはなかった。


「拷問も素晴らしかった」


「ああ。異端を浄化する最も大事な仕事だ」


 好き勝手なことを口にする聖職者達。


 修練の中には悪を浄化する手段も含まれているが、この聖堂をこそこそと嗅ぎまわっていた者は、捕らえられてネイサンたちの教材になっていた。そしてここでもネイサンは才能を見せつけ、聖堂では懺悔する悪の叫びが大きく響いていた。


 こうしてネイサンは聖堂の者達に期待され続け、さらに数年が経過した。


 ◆


「母親に報告に行きたい?」


「はい、その、聖騎士になると約束していたものでして」


 聖騎士に内定したネイサンは、聖堂の者に少しだけこの場を離れられないかと願い出た。


 約十年も現状が続いている彼は、この世界は幻術や悪の企みではなく、ひょっとして過去の世界なのではと思ってしまった。そしてそれならば、前回に達成できなかった未練を解消するため、母への最後の親孝行と思い定めたのだ。


「ふむ。確かに聖騎士になれば忙しく、いつ報告できるかも分からなくなるな。いいだろう。しっかり報告してきなさい」


「ありがとうございます!」


 聖騎士としての才能を示し続けたネイサンに聖堂の者達も少々甘く、彼の願いは直ぐに了承された。


「母さん……ただいま」


「まあまあ……立派になって……」


 実家の家に帰ったネイサンを、少し痩せた母が涙を浮かべて迎え入れた。


 十年の歳月はネイサンを再び見事な戦士として鍛え上げ、実家も少々手狭に思えるほどだ。


「あら? その柔らかそうな布とかはなにかしら?」


「ああ、これ?」


 母はネイサンが妙な荷物を沢山持ち帰ったことに気が付き、首を傾げて疑問の声を漏らした。


「硬そうなところに巻き付けておこうかと思って。ほら、転んだ時に頭をぶつけたら怖いから」


「そこまで足腰は弱ってないわよ」


「いいからいいから。足元には気を付けてくれよ」


 ネイサンが持ち帰って来たものは、クッションになるものばかりだ。


 過去を体験する前の彼は近所の村人から、母が家の中で転んだ拍子に頭をぶつけたと言って以来、具合が悪そうだった。多分それが原因だと聞いており、気休めでもと思ったのだ。


(もし……もしここが過去だと言うのなら……)


 ネイサンの願望が混ざり始めた。


 ここが過去なら、母が死ぬのを回避できるのではないか。と。


「さあ、入りなさい」


「うん」


 その願いを抱いたままネイサンは家の中に入る。


 ……。


 未来へ思いを馳せるのは結構なことだ。


 しかし、過去の行いはどこまでも引っ付いてくる。


 青布族を虐殺し、拷問し、虐げ、嘲笑い、殺したこと。


 そしてなにより怪物に関わってしまったこと。


 ネイサンが家に入った途端、奇跡的なタイミングで重なった。


「え?」


 つい先ほどまで家の入口にいたネイサンは、訳が分からず周囲を見渡す。


 飾りや小物のない質素な部屋は彼が青年期に住んでいた自宅の部屋であり、どうこにいるかは直ぐに理解できた。分からないのはなぜここにいるのかだ。


 河原で少年が起き上がる。


「いやあ失敗した。もっと後で死ぬつもりだったのに自然現象に巻き込まれるとは……平均二十年の目標だったけど……今回は例外でいいか」


 ネイサンの願いは最悪な形で実現していた。


 母も、他人も、誰もが永遠に生き続けるだろう。


 全てが最初に戻るのだから。


後書き

一発ネタみたいなものですから、そう長くは続かないと思います。

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