やり直しなのか。死に戻りなのか。逆行なのか。
超人百傑の上位に知識の魔女アイヴィーと呼ばれている女がいる。
見た目は十代ほどで、きめ細やかな肌と艶やかな金の髪、宝石のような青い瞳を持つ美しい少女だが、実年齢は五十歳を優に超えている。
だがなにより特筆すべきは魔法の腕前で、下位の超人達は絶対に喧嘩を売らない程に強力な存在だ。
そんなアイヴィーは僻地にある真っ青な塔に住んでいることでも有名だが、来客は滅多になく静かな生活を送っていた。
筈だった。
「……入るがいい」
この日、珍しくアイヴィーの住居に来客があった。
本来なら見覚えのない客は追い返すのだが、雰囲気に興味を持ったのだろう。
地獄を味わっている特有の雰囲気に。
「名は?」
二十代後半。ぼさぼさの髪、無精髭、血走った目の男にアイヴィーは問う。
「……ネイサン」
名乗りは簡潔だった。
「要件はなんだ?」
空中に浮いている椅子に、自らも浮いて腰かけたアイヴィーは無駄話を挟まず簡潔に問い続ける。
偉大なる魔女として知られているアイヴィーには、時として異常事態の相談をしてくる者がいる。そしてアイヴィーが気まぐれを起こして聞くと、大抵はその知恵で解決できるため、来客は満足して帰る場合が殆どだ。
しかし、今回に限ってはアイヴィーでも首を傾げる相談だった。
「二十年程を……二十回は続けている。気が付けば十代中頃になって、実家のベッドで寝ているんだ。知恵を借りたい」
「ざっと体感で四百年?」
「そうだ……」
「完全にぴったり二十年か?」
「いや、微妙にずれていたり十五年だったりする」
「心当たりは?」
「分からない……悪魔の仕業か神の試練かと思ったが……」
「……」
常識的に考えてあり得ない相談に、超人の上位に位置するアイヴィーすらも細い指で自分の顎をトントンと叩き思考を深める。
(時間の操作……絶対に不可能という訳ではないがそんなに連続して起こる理由が分からん)
冗談でないことはネイサンの雰囲気で分かるが、それにしても二十年の時間を逆行しているような現象は、アイヴィーでも心当たりがなかった。
(……)
その時、アイヴィーの脳は突拍子もない仮説を思いついた。
途方もなく、そしてどうしようもない仮説だ。
「徒労だ」
「なに?」
「徒労を感じた」
アイヴィーの呟きと共に彼女の座っていた椅子が地面に着地すると、ネイサンは疑問の声を漏らした。
「過去への逆行を体験している訳だな?」
「ああ」
「個人の話か世界全体の話かによって色々と変わってくるが証明できん」
「は?」
独り言の様なアイヴィーの声に、ネイサンは意味が分からず困惑した。
「なにかが原因でお前だけが逆行しているのではなく、お前は世界全体が同じループに突入しているのを認識できるようになっている可能性だ」
「は? つ、つまり……つまり……」
「儂らは気付かぬうちに、何百、何千と同じことを繰り返しているが、それを認識できていなかったという仮説だな。そしてお前は、なにかの拍子に繰り返している世界を認識できるようになったのかもしれん」
「せ、世界そのものが繰り返されている?」
恐ろしく、そして途方もない仮説だ。
「馬鹿な……そんな馬鹿なことが……」
「もう一度言うが証明できん。やる気も起きんがな。儂が書いた書物も、覚えていないだけで百万回目の執筆なのではないか。ひょっとして無限に近い回数をやり直しているのではないかと思ってしまうのだ。そして何かの拍子でまた世界が巻き戻っても、原因がない儂は覚えていない……とも思ってしまう」
「では……では我々は……! 我々の全てが無限地獄にいると!?」
「さて……な。最後にもう一度言うぞ。証明ができん」
ガタガタとネイサンは震えだす。
世界は何度も何度も繰り返し、何かが原因でそれを認識できるようになってしまったと言うのならば、覚えていない間にいったいどれほど自分が、世界が繰り返しているのだ。
それならばいっそ、ネイサンだけが過去に逆行していると言ってくれた方がよかった。そうであれば世界という確かな足場が正常だと思うことができた。
しかし、一度考えてしまったらもう駄目だった。
神に祝福されたはずの世界は、途端に呪われた悍ましい泥沼としか思えず、立っている筈なのにどこまでも沈み込んでいく幻覚に襲われる。
「突破の鍵があるとすれば逆行をしている時期がズレていることだな。何度やり直そうが、最初に逆行を始めた直前と同じ状況に身を置いてみるのも手だ」
疲れ切ったアイヴィーの声が響く。
やり直し。死に戻り。逆行。
それは正しい解釈なのか。
個人の話なのか。
世界の話なのか。
過去なのか。
一周したのか。
全てが理解不能。
全知全能でもない限り、無限の渦の中で正解を導くことなど誰にもできなかった。
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