第2話 取り引き相手

 俺は考えた。どうにかしてこのダンジョンから抜け出す方法を見つけるべきだと。もしこの呪いの指輪がなければ、簡単に地上に戻れるのではないか。そんな単純な発想が浮かんだ俺は、剣を抜き、指を切り落とす覚悟で振り下ろした。


 だが、その瞬間、剣は何らかの力によって弾かれ、吹き飛ばされてしまった。


「……やっぱり、簡単にはいかないか」


 どうやら、俺は本当にこの指輪に縛られ、ここに閉じ込められているらしい。仕方ない、決めた。ここで暮らすしかない。


 ダンジョンの最下層に、俺だけの部屋を作ることにした。家具を置き、装飾品を並べて、快適な空間にするんだ。もし、冒険者が挑戦してきたとしても、俺は敵として立ちはだかるわけじゃなく、むしろ「ようこそ我が家へ」と歓迎するつもりだ。だけど、冒険者たちはきっと俺を敵とみなすだろうな。


 ―マジかぁぁぁ!!


 人間同士で戦わなきゃいけないのか。物々交換していたのに、今度は戦う相手かよ。いやいや、俺は戦いたくないんだよ!


 戦闘力はあるけど、ここに住み始めてから、戦う気力なんてどんどん失ってる。戦う理由がないんだ、平和に過ごしたいだけなのに。


 ふと思ったんだ。もし、モンスターに襲われている女冒険者を助けたら、もしかしたらその子と一緒に暮らすことができるんじゃないかって。そしたら、ここでハーレム生活が始まるかも……!


 ―うぉおおおおおお! 女の子助け隊、出動だあああ!!


 俺はハーレムを築くという淡い夢を抱きつつ、ダンジョン内を血眼で探し回る。女冒険者を見つけるために必死だった。しかし、転がっているのは男冒険者の死体ばかり。


 毒にやられた冒険者を助けると、「ありがとう!」なんて言われるが、俺の目的はお前たちじゃないんだ。


「……ああ、いいってことさ」


 そう言い残し、俺はまた走り出した。


 いない、いない、いない、いないじゃないか!


 ―兵士たち?どうなっている?


 ふと、我に返る。


「まぁ、そんなにうまくいくわけないよなぁ……」


 そう思いながら、俺は歩みを止めた。こんなことが現実にあるなんて思ってるのは、きっとライトノベルの世界の中だけだ。俺だって、中身はもうおじさんだし、そう簡単にハーレムなんか作れないってわかってる。でも、夢を見ることくらい、いいじゃないか。


 おじさんは、ブラック企業でムチ打って働いて、過労死しちゃったんだからさぁ


 少しくらい、ハーレムを夢見たって、カッコつけたっていいじゃないか。夢を追い求めることに年齢なんて関係ないだろう?


 そんなことを考えながら、ふとダンジョンの暗闇に目を凝らす。もしかしたら、どこかに隠れている女冒険者がいるかもしれない。もしかしたら、ミミックに食べられているかもしれないし、触手の魔物に襲われて……いや、そんないやらしい姿になっているってことも、なくはない!!ここはダンジョンの中!


 でも、そういう場面で助けてしまうと、俺は「変態冒険者」っていう二つ名がついてしまう。それは……避けたい。


 普通に、魔物に襲われてるところを助ける……それが一番だよな


 定番ってやつだ。普通にヒーローみたいな登場の仕方をして、相手を救う。


 それが理想ってやつだよな?兵士たち?


 再び歩き出した俺は、冒険者たちとの物々交換のため、ダンジョン内で鉱石を集めている。鉱石の価値は知れていて、小額でしか取引できないのは分かっている。けれども、こういう縁が後々何かいいことにつながるかもしれないから、今はそれで構わない。


 取引相手は、見るからに怪しげな連中ばかりだ。彼らは悪そうな顔をしているが、取引自体には応じてくれる。ただし、いつも難癖をつけてくる。たとえば、鉱石に少しでも傷がついていたり、汚れていたりすると「これじゃあ値段が下がるな」と言い値を叩かれることが多い。


 俺はため息をつきながらも、彼らの言い分を受け入れるしかない。正直、不公平だとは思うけど、争うつもりもないし、これで少しでも人とのつながりができるなら、それでいい。


「またよろしく頼むよ」


 鉱石を渡し、少しばかりの金銭を受け取ると、取引相手は去っていく。俺はその背中を見送りながら、これが孤独なダンジョンでの、俺なりの生活だと自分に言い聞かせる。


「次は、もう少しマシな鉱石を見つけようか……」


 そう思い、俺は再び鉱石を探しに歩き出した。


 もし俺に「鑑定」というスキルがあれば、今のように鉱石や倒した魔物の素材を適当に売ることはないだろう。価値を見抜いて、もっと高く売りつけることができるし、むやみに渡すこともないはずだ。だが、俺にはそんな能力はない。だからこそ、縁を繋ぎ続けているんだ。もし、この繋がりを断ち切ってしまえば、俺はもう人間ではなくなってしまうような気がする。


 次に会う予定の相手は、魔物の素材を買いたいと言っている冒険者だ。だが、そいつらもロクな奴ではないだろうと予感している。これまでの取引相手のように、今回も手持ちがないだの、値下げ交渉をしてくるだろう。少額で取引が成立してしまうことは、もう慣れっこだ。


 とはいえ、俺としては、もっとお金を貯めてコレクションを充実させたいところだ。お金自体に大きな意味はないかもしれないが、集めることに楽しみを見出しているんだ。しかし、俺は地上での相場がまるで分からない。これが一番の問題だ。


 地上の物価がわかれば、俺はもっと賢く立ち回れるかもしれない。誰か一人でも、ここから地上に戻って、物の価値や素材の相場を教えてくれれば、今よりずっといい取引ができるだろうに。


 どこかにいないだろうか?


 あっ、そこの兵士たち、代わりに地上に出て、相場を見てきてくれないだろうか?


 頼むよ。


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