第57話

その日から蓮は美月のことばかり見つめるようになっていった。ちょうど合奏で前の席に座っていた美月の姿勢はどんどんと綺麗になっていった。


褒める機会が、話ができる機会ができた、そう思って美月に話しかけた。


「姿勢先週よりずっと綺麗になってるよ、筋トレ結構頑張った?」


その言葉に少し照れたような、誇らしいような顔で美月は実は筋トレするようにしたんだ、姿勢綺麗になってるなら頑張ってきてよかったと答えた。


やっぱり自分が見ていることが、自分が褒めることがこの子を幸せにするんだと思った。


さすがにずっと見てましたなんて言ったらただのバイオリン仲間の今気持ち悪がられるだろうし、そもそも今だって楽譜を追うので精一杯で美月の事ばかり見ているような余裕だって持ち合わせていない。




それでも自分が美月を見ていたことに、そしてその姿勢がよくなったことを伝えたことに、彼女は嬉しさを感じている。


自分に頼ってきたんだから他のやつじゃなく自分が見ていることが彼女を幸せにするんだ。




他の部員が彼女を褒めたらきっとそれにも彼女は喜ぶだろう、だって喜ばないなんて選択肢は優しい彼女にはないんだから。


自分の事を見ていてくれて、褒めてくれてありがとうと言うだろう、だってそれがその時に一番口に出しやすくて相手にも嬉しさを与える言葉なんだから。


優しい彼女の事ならきっとそれを選ぶ。彼女は自分を褒めてくれた人を悲しませたりはしない。



でもそれは僕とは違う、だって彼女は僕に自分の事を見ていて欲しいと言ったんだ。自分の事を見ていてよくなったら教えて欲しいと自分から僕に言ってきたんだ。そんなのは他の部員とは違っている、だって僕は彼女から直々に見ていて欲しいと言われた立場なんだから。


他の部員達とは、君たちなんかとは違う。僕は彼女に信頼されているんだ、特別頼られているんだ。


蓮の考え方はどんどんと歪んでいった。そしてそれに蓮自身は気付いていなかった。

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