第21話

二人は部活動の間こそ先輩と後輩として過ごしていたが、部活が終われば二人きりで居残りをしてそのあと二人で帰って行った。


そんな二人の甘ったるい空気の中一人で居残り練習なんてできるはずもなく、蓮は自主練習もさっさと切り上げて近くのカフェに入った。楽譜を眺めてしばらく経った頃にガラス越しの目の前を二人が笑い合いながら通り過ぎていった。


蓮はただ二人が一緒に練習して一緒に帰っていくのを見つめることしかできなかった。


目の前で彼氏と二人でいるところを見たのは初めてで、それがまた蓮をひどく傷つけた。あんなに幸せそうで照れたような顔をするのか、僕には見せたこともないような顔を。



「ごめん蓮、今週から先輩と一緒に家に帰ることになったから悪いんだけど一緒に帰るの無理そう」


そりゃそうだ、だって部活の中に彼氏がいるんだから。普通に考えてこれまで彼氏がいた間にも一緒に帰っていてくれたことだけでも幸運な方だったんだ。



先輩が美月に向けている目は部活の時のそれとは全く違う優しい目だった。

そこに本気の好意があることは誰が見ても分かるようなものだった。


それくらい大切にしてくれるなら自分の出る幕なんてない。先輩は真剣なまなざしで部活に取り組み、自主練習もして、そして早い段階から結果を勝ち取ってしまうような、誠実で真面目な人だった。少なくとも”浮気してさっさと別れてくれるような人”ではなかった。


美月が幸せになれるならそれ以上のことなんてない、好きだからこそ、背伸びをしてみれば愛しているからこそ、諦めることしかできなかった。


いつか別れたその時に次は弱みにつけ込むのは卑怯だという考えを振り払うことには決めた。彼女は恋愛であいた心の穴を恋愛で埋める人だ、それならいつかもしまた自分にチャンスが来るならその時はもう躊躇しない。自信だってついた、結果だって伴った。次にその時が来る頃には僕は自信を持って隣に並ぶことができる。


先輩は四年生になったら就活で忙しくなって部活を引退する。チャンスがあるとすればその時だ。三年の春に入れば、一度目の失恋の時のようにいつか離れるときが来て別れが来るかもしれない。


せめてそれまで幸せに過ごしてほしい。そしていつかまた自分にチャンスが回ってきたら今度こそその手を離さない。

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