第27話
「で、今日ブチ込まれたのはその剛岩鬼で間違いないんだな?」
「えぇ、そうですね。昨日の今日どころか、たった数時間でこっちに運ばれてくるのは正直予想外ですよ」
いつも通り仕事をしていたら、今日もまたAクラスに指定されているバケモンが研究所にぶち込まれた。
今回来たのは剛岩鬼と呼ばれている悪鬼で、焔刀鬼と並ぶ関西地方で最大級の脅威に指定された超危険な妖魔だ。
教導役を務めていた元討滅部隊のエリートが、加減された状態でありながらもワンパンで盾諸共吹き飛ばされた。
その時の外見や背丈などからAクラス妖魔の剛岩鬼であることがすぐに特定出来て、支部内に待機させている部隊を動かそうとした矢先のコレだ。
「しかも、即座に回復して起き上がれない程のダメージってんだからなぁ……」
「あの剛岩鬼が、ですからね」
剛岩鬼の何がヤバいかと言えば、その鍛え上げられた頑丈で頑強な表皮。巌のような見た目相応の耐久力と防御力は、徹甲弾を正面から受けて無傷でいられるほど。
鬼刃裂の鱗もかなりのものだが、それを以てしても斬り裂けるがどうか不明な程の硬度を誇る。当然、その硬さを武器にして殴ってくるわけだから、受けた相手は加減されなければあっという間にミンチか地面のシミに早変わりするだろう。
……そんな剛岩鬼だが、見てわかる程の外傷を受けた状態でここに運び込まれたわけで、正直誰もが唖然とした表情を浮かべていた。
武器にもなる両腕が折れ、一二を争う硬さと言われている胸の表皮も陥没するように砕けていたと言うのだから、一体どれ程の威力の攻撃を受けたんだと疑問を抱いてしまう。
「うぃーす……検査終わりました〜…………」
「随分と疲れてんなぁ、伏原」
「百骨童子クラスの素材サンプルがいっぱい欲しいとは言いましたが、流石にこれは量が多過ぎですよぉ〜……」
そう言えば、今の研究開発部には骸骨兵の骨に続いて鬼刃裂の鱗や皮に御蚕様の絹糸。そしてこの間のバカデカい蟹坊主こと天山城主の甲殻もサンプルが届いているんだったか。
素材の特性・性質を試験や実験で確認するところから始めているそうだが、流石に種類が多過ぎてロマンを求めるオタク共の集いも疲れ果てていると聞いている。
「んで、剛岩鬼の状態は?」
「コレにもまとめましたが、胸部のみならず内臓の大半が逝っちゃってますね。それも、打撃点を中心にして放射状に衝撃が伝播したみたいです。背骨にも軽い損傷が見られましたよ」
「…………とんでもねぇバケモンとやり合ったって事だけはわかるな」
伏原が持ってきたレポートにも軽く目を通すが、あのAクラスの妖魔で尚且つ防御力もめちゃくちゃ高いバケモンは、たった一発の攻撃で内臓をグチャグチャに破壊されてしまったらしい。
収容室にブチ込んでから遠隔で検査したところ、胸部の臓器だけでなく下腹部の臓器の一部にまで衝撃が拡がり、内臓の大半が破裂か損傷していたという。
如何にタフで生命力の強い妖魔であっても、内臓にそれ程までの深刻なダメージを受ければ回復に時間を要する。
今回上手く収容できたのも、そのダメージがかなり大きかったから出来たことだ。もしコレが今まで通りのダメージであれば、恐らく剛岩鬼はここに来た時点で即座に大暴れしていただろう。
「天山城主もタフな奴だが、剛岩鬼と比べたらどうなんだ?」
「それは何とも。ただ、防御力であれば恐らく剛岩鬼が上で、スタミナ面などの回復力では天山城主が上になるとは思いますよ」
分厚い甲殻を有する天山城主も、焔刀鬼のようなAクラスの妖魔を揃えて漸く討伐出来たような硬い部類の妖魔だ。
だが、今回の剛岩鬼もそれに負けず劣らずのタフガイ妖魔で、実力は焔刀鬼にも並ぶとされている超強力な妖魔なのだ。
「――――そんなバケモン共をブッ潰せる手合とか、もう正体不明でもSクラス妖魔だって認定しちまっていいんじゃねぇか?」
何処か疲れた様子の秘書も今回ばかりは何も言わない。普段なら「そんな冗談を言ってる暇があるなら働いてください」と言われるところだが、その秘書自体が「もうSクラスに指定していいのでは?」と漏らしていたからだ。
「……時期尚早って言いたいですけど、多分これどんどん強くなってきてますからねぇ」
「絶対そうだよな!? 明らかに強くなってきてるよな!?」
「少なくとも、Aクラス妖魔を戦闘不能にしていただけだったのが、マジで殺し掛けてるレベルにまで達してきてますもん。成長速度がパないのか、今まで手を抜いていたのか……」
「……出来れば後者でお願いしたいです。いえ、どちらにしても良くはないんですが」
かなり疲れている秘書も伏原に後者がいいと言っているが、結局ヤバイ奴が野放しになっている事実は変わらないからなぁ……
「まぁ、暗い話はここまでにするとして、現状の素材類についてもザッと報告だけしておきます」
「お、そっちもなんかわかったのか?」
「そりゃぁもう! 特に天山城主の素材は想定よりもかなり良かったですよ!」
伏原の報告を聞いたが、今回の妖魔の素材はかなり有用であるということがもう既にわかっているらしい。
まず、昨日襲来した天山城主の素材だが、甲殻は乾燥させて骸骨兵の骨灰に埋め込んだところ、超硬質の装甲板に早変わりしたとか。
蟹坊主の素材はどうしても生臭い悪臭が問題になっていたのだが、骸骨兵の骨灰に脱臭効果があると判明して試してみたところ、それはもう綺麗サッパリ臭いを吸い取ってくれたという。
「乾燥させた天山城主の甲殻ですが、現状で最新式の対大型妖魔用レールガンの弾丸も弾き飛ばせます。傷も全くついていないので、装甲車や戦車の装甲板を一新したり、大盾に加工して装備させるといいかもしれません」
「あのレールガン、確か一発で重巡洋艦を正面からぶち抜いて海に沈めてたよな?」
「旧式とは言え、結構な装甲も積んでた筈なんですけどねぇ。控えめに言ってもヤバい装甲ですよ。しかもめちゃくちゃ軽いし」
カニの甲羅でレールガンが防げるとか、昔の軍人が聞いたら耳を疑うどころかふざけた事を抜かすなと怒鳴られてしまいそうだ。
また、御蚕様の絹織物も試作品が出来たらしく、こちらは神事や催事用の衣服に加工したところ、術式の出力が上がって燃費も半減したらしい。
妖魔の術を真似るには人の身で妖力を操作する術を身に付ける必要があるが、コレがまた中々難しいものなのだ。
妖力を動かす事自体は誰でも出来るのだが、それを何かしらの形にすると消耗が激しくて、研究所に所属する討滅部隊の隊員であっても自由自在に使い熟せるのはAクラス認定を受けるようなエリートでないと不可能。
オマケに出力は妖魔の術と比べたら雲泥の差なので、如何に強力な術式を開発出来ても使える者がいないなんてことはザラだったり。
「そういう意味だと、伏原も今から討滅部隊に移籍してみたりは……」
「私、とにもかくにもスタミナ無いんで。ここの研究開発部に所属した理由、知ってる筈でしょ?」
「わかってるって! 言ってみただけだっての!」
本当にそれだけが惜しいところだ。スタミナ面さえどうにかなれば、伏原も一線級の隊員として戦えるんだがな……
ビーッ!!! ビーッ!!! ビーッ!!!
『ご、剛岩鬼、脱走!!! あ、焔刀鬼も脱走しました!!!』
『総員に退避命令出して!!!』
「……まぁた忙しくなりそうだなぁ」
「……そーですねぇ」
鳴り響く警報音とアナウンス。ぶっちゃけこうなる気はしていたが、実際にそうなるともう乾いた笑いしか出てこない。
室内のモニターに映る剛岩鬼と焔刀鬼の姿。両者は研究所内の大広間の一つで対峙しており、互いに剣と拳を交差させる激しい戦いを繰り広げていた。
「とりま、私はコレで失礼します」
「おう、お疲れさん。多分大丈夫だろうが、気を付けて戻れよ?」
「残念! 今日はコレで仕事上がりで〜す!」
「……よし、追加の仕事押し付けるぞ」
「………………馬鹿な事はやめてください」
一瞬肯定しそうになった秘書の姿を見て、伏原は脱兎の如くピューッと走って逃げ出していった。
さて、俺は残ってる仕事の山をまた片付け始めるとするかぁ…………
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