第26話
多分、映画の観過ぎで頭がおかしくなってたんだろう。俳優のアクションの猿真似と言わんばかりに乱雑で見苦しい攻めで戦って、そんなんで勝てるわけがありゃしねぇ。
「すまねぇなぁ。舐めたマネしちまってよぉ」
コチラの雰囲気が変わったことを即座に察したのだろう。攻め手を思わず止めた大男に対し、素直に謝罪の意を込めて言葉を紡ぐ。
邪魔なスニーカーと靴下を脱ぎ捨てて、パーカーも動きにくくなるからと脱いで白のタンクトップ一枚になる。
阻害されるものを無くしたお陰で、自分の身体がかなり自由に動くようになったのを感じる。これなら、少しはまともな一発も打ち込めるだろう。
痛む身体を軽く動かし、首の骨を鳴らして拳を何度か握り直すと、未だ距離を取って警戒する大男に向かってゆっくりと歩いていく。
それを見て、更に警戒して動きを鈍くさせる大男。ただ歩いて近付いただけなのに、随分とビビっちまったもんだ。
「……こんくらいでいいかァ」
向こうの拳も届いて、こっちも踏み込めば腹に一発ブチかませる距離。互いの間合いの中に入った状態で、俺はダラリと腕を下げた姿で堂々と仁王立ちで待ち構えてみせる。
だらしねぇ姿を見せた詫びだ。如何に向こうの拳の威力が高かろうと、一発は貰ってやらねぇと俺の気が済まねぇ。
だから、早く打ってこい。そしたら、俺も思いっきりテメェの事を殴ってやれるからよ。
不倒不壊の我が身が震わされるような相手。かつて死合うて決着がつかなかった焔の鬼でさえ、ここまでの威風を放ってはいなかっただろう。
何れ、定まらなかった焔の鬼との決着を。そう望んで今日のこの日まで己の身を鍛え上げ、数多の強者を屠りて修羅の道を邁進し続けてきた。
そんな我がここに訪れたのは、我が宿敵たる焔の鬼の気配がここで潰えたからこそ。
…………まさか、水の龍神さえ一刀のもとに斬り伏せてみせた焔の鬼が討ち果たされたのか。
かの鬼の気配が消えた時は、我ながら悪い冗談話のようなその可能性を一笑に付そうとしていた。
だが、それから何日かが過ぎて尚再び燃え盛る焔の気を感じられなかったが故に、その冗談話が現実であると否応無しに理解させられたのだ。
そして、我はこの地に訪れることを決めた。他ならぬその焔の鬼を討ち取りし闘士に挑み、真なる強者としてより高みを目指すために。
――――その結果が、今のこの瞬間だ。
靴も服も脱ぎ捨て、無数の古傷を残す体を晒す我が身より矮小な一人の男。無謀にも我が身に素手で挑み掛かり、龍の牙さえ砕いてみせる表皮を臆することなく殴りつけた愚かしい程の剛の者。
それが、今はもう我が拳の届く位置で堂々と立ちはだかり、避ける素振りも守る素振りも一切見せずに堂々とこちらを見続けていた。
…………ハッキリ言って、その姿に落胆を感じることはなかった。
愚か者の無謀な行動と言うには、その佇まいに堂々たる威風を纏い過ぎている。
焔の鬼を討ち倒す為に、これまで数多の強者をこの剛拳で屠り続けてきたが、その記憶を振り返ったとしてもこれ程までの相手に出会えたことはついぞなかった。
ジリ、と己の足が僅かに後ろに下がる。未だかつてない畏怖の念に、我が身の本能が全力で『逃走』の指示を警鐘と共に訴えかけてくる。
――――だが、それを成すわけにはいかない。
恐らく、焔の鬼も目の前の男に討ち倒されたのだろう。きっと、同じように彼の者の威風を受け、退くことを選ばず挑み掛かり、そして武士として果てたのであろう。
ならば、ここで退けば我は彼の者だけではなく、先に逝った焔の鬼にも負けた事になる。
元より何れは死する生命。野に打ち捨てられ、骸を獣に貪られる末路さえ覚悟していた我が身だ。ここで退くなど闘士の名を捨てるようなもの。
なればこそ、我は彼の者に正面から挑み、我が武威と威風を刻み込んでみせねばならん。
大きく後ろに腕を引き、ピタリと止めて最大限の力を込める。
あの男は、こちらの攻撃を超えるつもりでそこに立っているのだ。ならば、この一撃を以て沈めねば、次手で我が身は敗北を喫する事になるのだろう。
ドン、と大地が揺れる。我が足が地に跡を付けるほどに踏み込むと、過去最高のキレで我が右腕が真っ直ぐに男の顔面を狙い突き進む。
さぁ、どう動く? 直前で避けるのか、守りを固めるのか、それとも同じく拳を突き出すのか!
そのような考えを嘲笑うかのように、我が右腕は真っ直ぐに男の顔面を打ち据え、男の身体が大きく後ろに倒れ込む。
あまりにも呆気ない終わりに思わず動きが止まってしまうが、即座にそれが失策であると本能と理性が同時に主張する。
――――男の背は地に付かず、両の足が大地を掴んでそれ以上倒れることを止めていた。
「――――次ァ、俺の番だなァ?」
その声に身の毛がよだつ。反射的に我が両腕が身体の前にて交差され、我が身を守る盾として男の攻撃に備えさせられた。
男の身体はまるで湾曲した棒がもとに戻るかのように跳ね上がり、瞬時に我が身の前まで一歩を踏み込んでくる。
構えるは、その地に付く程仰け反った身体の更に後ろまで引かれていた右の拳。
如何なる攻撃であろうとも、素手で殴るというのならば我が身の表皮が骨諸共それを砕いて――――
俺の拳が大男の腕を打つ。守るために腕を交差させて盾にしたみたいだが、そんなもん最早何の役にも立たねぇ、立たせはしねぇ。
映画のアクションなんて実戦で使うには遊戯に過ぎたが、相手の体内に衝撃を通すって事だけは唯一使える知識だと思った。
――――俺の馬鹿力で、相手の表面じゃなくて体内をブッ壊す。
俺の手の第二関節が大男の表皮に触れた時、即座にそこから根元の関節まで折り畳まれ、さらなる威力の打撃と衝撃をその身体に打ち込む。
その瞬間、ドンッ! と空気が震える激しい音が鳴り響く。
吹き飛ばされる大男。その腕の装甲は砕けて両前腕が圧し折れ、分厚い胸殻も木っ端微塵に砕けて大男の身体が宙を飛ぶ。
橋桁に当たるまで飛んだ大男は、激突し止まった時には大きく口から赤い血を噴き出して、壊れた蛇口のように泡混じりの血を吐血し続ける。
そして、前のめりに倒れ込んでそのまま動かなくなる大男。未だに血を吐き続けているが、もしかしたら心臓が衝撃を受けて潰れてしまったのかもしれない。
「――――次は、もうちょい上手く出来るな」
尤も、俺もその一撃を放ってタダでは済んでいなかった。
物凄い痛みを訴える右拳を見てみれば、裂けた皮膚が血を滴らせて僅かに骨を露出させていて、今の一撃がどれだけヤバい技だったのかをありありと示している。
ただ、ハッキリ言って手応えはしっかりと感じていたし、何となくコツはわかったから次回以降はもっと上手くぶっ放せる気がする。
「取り敢えず、縛っときゃ勝手に治るだろ」
ポケットに入れていたハンカチでぐるぐる巻きにして処置を終えると、俺は自由に動かせる左手で大男の足を掴み、そのまま引き摺って研究所に向かって歩いていく。
幾ら非番とは言え、倒した妖魔をそのまま放置して帰るわけにはいかない。取り敢えず、研究所にぶち込んでおけば後始末は向こうでしてくれるだろう。
「なんかカッコイイ技名とか考えてみるかなぁ」
無駄に重い妖魔を引き摺って歩いていた俺は、今日決めたあの技の名前をどうするかについて、薄れゆく中二心を出来る限り燃やして考え込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます