第25話
置いてあった映画を一通り観て思ったが、アクションシーンのカメラワークが絶妙に微妙だったりするので細かい部分が全くわからない。
「唯一使えそうなのはオマケ映像として収録されてた実際のワンインチパンチのシーンだけだな……」
片付けしてから休憩室を出るが、素人目で模倣できそうなのはそれくらい。しかも、古い映像なので画質も荒く、一朝一夕で身に付けられるかは正直わからない。
なんかこう、実戦で使えば実戦に合った形で身につけることも可能だろうが、あのカニみたいな丁度いい相手など早々出会えないだろうからなぁ。
「醤油煎餅とコーラじゃ全然足りねぇな。コンビニでなんか摘めるもん買ってくるか」
昔から使っているボロボロの黒い財布をポケットに深く入れ直すと、そのままゆっくりと階段を降りて支社の外に出る。
近くのコンビニまでは結構歩かないといけないが、その間に醤油せんべいとコーラもいい感じに消化されて落ち着くだろうし、追い飯食って多分丁度いいくらいにはなるだろう。
買うとしたら何がいいか。冷やし中華や冷製パスタもいいが、最近は値が張ることも多いからなぁ。
「しっかし、今日は星空が綺麗だなぁ」
キラキラと輝き瞬く星空に雲は無く、妖魔が徘徊する時間という要素が無ければ最高の夜だと言えた。
惜しむべきは、自分には星座の知識が欠片もないという事だろうか。アレがこういう星座で〜というのがわかっていれば、もしかしたらもう少し楽しい天体観測というのも出来たのかもしれない。
まぁ、仮に知っていたとしてもその知識をひけらかす相手もいないし、別に知らなくて損はないんだが。
「あ、飲み物もついでに買うか……いや、自販機でもいいのか。なんか悩ましいな」
取り敢えず、今は星の事より食うものと飲むものについて考えることにしよう。
河川敷にある遊歩道を歩き、近くのベンチに座ってコンビニのレジ袋を横に置く。
悩みに悩んだ結果、生ハムとベーコンのマルゲリータを買ってきた。飲み物は柑橘系の炭酸を適当に選んで、ついでにレジ横の焼き鳥も一本注文している。
「あぁ〜……やっぱウメェな、コンビニ飯」
久々に食う焼き鳥の味も、ソースと合わせてこってりしているパスタも、それを押し流す柑橘系のさっぱりした炭酸の味も、全てが全て美味いの一言に尽きる。
一頻り食べ尽くして、ゴミもまとめて袋に入れて近くのゴミ箱に突っ込む。このまま、ベンチの上で寝転んで一眠りするのも悪くないかもしれない。
尤も、今は人ではなく妖魔の彷徨く時間帯だ。屋外で眠り呆けるなど、余程の自殺志願者かドが付く程の阿呆でないとやりはしない。
何より、今日は夜も更けてきて比較的熱気が少なくて、吹き抜ける風が結構寒いのだ。多分、ベンチで寝たら翌日は風を引くと思う。
とはいえ、最後に風邪を引いたのは中学時代の頃なので、もう五年か六年は無病息災でピンピンしているんだが。
「…………さて、と」
帰って眠るには丁度いい時間帯でもあるが、それより先に一つ終わらせなくてはいけないことがある。
寄り掛かっていたベンチから立ち上がると、軽く腕や首を回した上でゆっくりと河川敷の河原の方へ歩いていく。
「――――待たせちまってすまねぇな」
下草も生えている石と細々としたゴミだらけの河原に立つと、車も通る橋の下からゆっくりとソイツが姿を現す。
それは、まるで岩を直接表面に張り付けたような厳つい見た目の大男。やけに剣呑なゴリラと言っても間違いはないかもしれない。
その顔に目は無く、大きなギザ歯が立ち並ぶ口だけが目立ったパーツとして顔に付いていた。
ただ、そんな中でもよくわかるのが、コイツがどういった戦闘スタイルなのか、ということだ。
「口は災いの元、なんて言うらしいがな。災いなのは俺かお前か、ハッキリ決めようじゃねぇか」
俺が拳を握ると、目の前の大男もそのギザ歯を見せつけるような笑みを浮かべて、どっしりとこちらに構えを取った。
この間の刀持ちの影人と違い、コイツはその時の影人よりも逞しく大きい身体をしていて、尚且つその手はグーの形に握られている。
正しく、俺と同じ殴ることを得意とした妖魔なのだとすぐにわかる。もしかしたら、俺はコイツと同類なのかもしれなくてこうなったのかもしれないがな。
何にせよ、向こうがヤル気ならこちらも相応の返しをしてやらなければ無礼で失礼というもの。先程から俺が飯を食い終わるのを待つくらいに律儀な奴でもあるし、腹ごなしに暴れるのも悪くない。
すぐにこちらも握り拳を構えると、軽くステップを踏んで攻め口を探す。隙あらば石を蹴り上げて顔に飛ばすことも考慮した動きだ。
但し、石を当てたところで効きそうにない見た目なので、やはり一か八かの見様見真似で今日観た映像を再現しながら戦うしかないかもしれない。
――――先手は俺ではなく、どっしり構えた大男。
力士にもレスラーのようにも見える独特の構えから放たれたのは、かなりリーチの長い左右のストレートの連撃。
岩の塊のような拳が空を切り、地面に掠ったところが抉れるように吹き飛んでいく。
見た目でハッキリとわかっていたが、ここまで典型的なパワーファイターだとワクワクする心中を抑えきれないというのが本音。
何より、ワザと攻撃を外してコチラを動かせようとしている魂胆が透けて見えると、尚更コイツとの殴り合いが面白くなりそうだとニヤけてしまう。
「――――なら! その誘いに乗ってやらァッ!」
同じ素手と素手の殴り合いなんだ。殴ったら拳も潰れそうな見た目なんて構うもんか。
当てる気のないフェイントの嵐を掻い潜り、即座に懐へ潜り込んで力任せに拳を突き立てに行く。
俺の動きについてこれなかった大男は未だ拳を突き出す最中で、ゴツゴツとした腹のド真ん中に俺の拳が衝突する。
その感触は、正しく鋼。岩の塊のような身体であると一目でわかったが、その硬さは岩なんて遥かに超えている。
ジンジンと痛む拳をすぐに引くと、その腹を踏み台にして大きく後ろへ飛び退く。
――――次の瞬間には奴の両腕が俺を掴もうと空振りしていて、少しでも退くのが遅れていたらそのまま背骨を圧し折られていたかもしれなかった。
「シィッ!!!」
その隙を突いて顔面に飛び蹴りを当てるも、胴以上に硬く蹴った足が痺れるように痛む程。
恐らく、その硬さで言えばこの間の蟹坊主以上の装甲であると言える。
今のところ武器になるものは何も無いし、仮にあったとしても一発で破損するのは目に見えて分かる。
何より、その硬さなら並大抵の武器より己の拳で殴った方がダメージを入れられるような気がしていた。
「硬過ぎんだろクソがッ!?」
とは言え、全く手応えを感じない相手というのもなかなか考えものではある。
今のところは向こうの動きが大振りで避ける余裕があるからなんとかなっている。なんだかんだ向こうも余裕を見せているしな。
だが、このまま攻め立ててもコチラのスタミナが尽きるか、先に拳がブッ壊れるかのどちらかな気がしていた。
「――――関節はどうだッ!?」
蟹坊主は関節部ならかなりいい感じにダメージが入っていた。ゴツゴツした見た目通り全身の防御力は高いだろうが、折り曲げする関節部までみっちりと装甲が覆い隠している訳では無い。
狙うならばその一点。膝裏、膝裏、何処でもいいから一発決めてやりてぇ。
余裕綽々の大男の大振り左パンチを避けると、その隙だらけの腕の関節を狙って下から掬い上げるような右のアッパーを叩き込む。
ミシリ、と音が鳴ると、弾かれたように奴の左腕がすぐに引かれ、余裕そうな姿を一転させて警戒心の溢れる構えに変えた。
「通るは通る、が……どちらにしろ硬ぇな」
ミシリという音はアイツの左腕と、殴った右手からもほんの少しだけ鳴っていた。
このまま殴り続けてもいいが、アイツの腕が壊れるより先にこっちの腕が壊れてしまってもおかしくはない。
――――そう思っていた、矢先だった。
「――――ッガ!?」
反射的に腕を交差させて防いだが、それでさえ貫通してしまう程の強い衝撃が身体に響き渡る。
吹き飛ばされて地面を転がるのだけはどうにか耐えてみせたが、何をされたのかはすぐに見てわかった。
アイツは、慢心を捨ててコチラを殺すつもりの一発を打ち込んできたのだ。威力も速さも先程の舐めた動きとは段違いで、それもあって避けるのが遅れた。
だが、このまま受けっぱなしでいるわけにはいかない。二発目、三発目と風を切って拳が振り抜かれる度に、スレスレでそれを回避しながらカウンターのパンチを腕に打ち込んでいく。
その手応えは皆無。壁か何かを殴っているような感触と共に、手の骨を中心として僅かな痛みが徐々に蓄積していくのを感じる。
そして、先程のダメージで奴の拳が掠るようにもなっており、短期決戦で挑まなくてはいけないと脳裏にその言葉が浮かんで…………
「――――何考えてんだ、俺はよォ」
――――漸く、寝惚けていた頭の中がスッキリサッパリと目覚めてくれた。
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