第24話

 いつも通りの時間に目が覚めて、そう言えば今日は非番だったと後頭部を掻き毟る。


「……昨日は疲れたなぁ」


 彼処まで派手に攻撃を食らったのは久々で、あのレベルは多分俺の記憶で五年かそれ以上前にあったかどうかと言ったところ。


 とはいえ、まだガキだった頃には殴り合いで怪我することも少なくは無く、その経験のお陰か回復力も高まっているから悪い記憶ではない。


「……何もすることねぇんだよな」


 昨日のダメージは綺麗サッパリ無くなり、朝食の焼きそばパンをあっという間に食べられるくらいの食欲もある。


 そんな元気な身体で二度寝は少々厳しく、考えている間にもどんどん目が覚めてきているのだからかなり困ってしまう。


「取り敢えず、休憩室で何するか考えるか……」


 数少ない私服である紺色のジーンズに黒い無地のパーカーを着ると、いつもの黒いスニーカーを履いて仮眠室を後にする。


 外はいつも通り暗いまま。仕事の時と同じ時間帯に起きたからそれは当然なんだがな。


「お? なんだ慶治。今日は非番だろ?」


「やることも無いのに、いつもの時間に起きちまったもんで」


「ハハハハッ! なんだそりゃ!? 典型的な仕事人間に成り掛けてんじゃねぇか!?」


 そう言って笑う班長は、どうやら出発前に一服していたらしい。


 確か今日は、真宮先輩と二人で関西の支社に寄り道しつつ、そのまま高速を使って街ブラ探訪の予定と聞いていた。


 出来れば俺もそれに同行したかったが、生憎と俺の身体は二人の乗るレンタカーには収まりきらない。


「あ、そうだ。ちょいと聞いてみたい事がございまして……」


「お、何だ何だ? 出来れば解体業が専門のオッサンに分かる質問にしてくれよ?」


 ちょっと戯けてそう言ってみせる班長に思わず笑いがこみ上げてくるが、すぐに気を取り直して聞きたかったことを聞いてみる。


「班長って、めちゃくちゃ硬い相手にはどうやって対処してます? あ、討滅の時とかですよ?」


「んなもん、柔らかいところ狙うかそもそも戦わないかのどっちかだろ」


 ですよね、知ってた。まぁ、普通だったら『どうやって倒すか』じゃなくて『どうやって逃げるか』を考えるだろうからなぁ。


 後聞くとしたら真宮先輩だが、そっちもそっちであまり答えとしていいものが聞けるとは思えない。


「こないだ蟹坊主の駆除に行ったって聞いたが……」


「取り敢えず殴りまくったんですが、思ったより硬くて全然刃が立たなくてですね……」


「なんで素手でやり合おうとしてんだよ。そもそもそこが間違ってんだろ」


 班長の言う事は尤もだ。普通なら硬い相手と戦う時には武器を使った方が絶対いい。


 いいんだが、それだとどうしても避けようのない大きな問題が立ちはだかる事になる。


「武器使うと、一戦保たずに壊れちまうんスよ。こないだの鉄パイプもそうでしたでしょ?」


「あぁ、そういやそうだったな……」


 元々の力が強過ぎて、大抵の武器は俺の力に耐え切れず壊れてしまう。割としっかりした造りのナタを振った事もあったが、その時は薪を両断した後で刃と柄が二つに分裂したくらいだ。


 安上がりな武器を使えばそうなるのかとも思っていたが、かなり頑丈でそう簡単には壊れないと評判のものを使っても二回か三回くらいで壊れていた。


 それに、その程度の武器を使うくらいなら多分直接拳で殴った方が威力も出る。


 改めて思うが、下手な金属製の鈍器より頑丈で強い俺の拳って色々ととんでもないな。確かに昔は鉄パイプを反射的に殴ってくの字に曲げたこともあったけど。


「慶治の馬鹿力を活かすんなら、確かに沢山殴ったり蹴ったりした方が威力は出るか……」


「そっスね。ただ、今まで殴る蹴るの喧嘩殺法しか覚えてないんで、どうしても力技でぶん殴る方法しか使えないんですよ」


「武術の経験か。俺もあるわけじゃないんだが……そういや、丁度いいもんがあった筈だ」


 相談に乗ってくれた班長が、休憩室のテレビ台の下をガサガサと漁り、確かDVDと呼ばれるゲームソフトのケースのような薄いものを引っ張り出した。


 タイトルには『吼えよドラグーン』と書かれており、それだけ見ればファンタジー映画か何かに思えなくもない。


「これ、ウチの社長の趣味で置いてあるもんでな。中国のカンフー映画はやっぱりコレだ! とイチオシしてんだよ」


「カンフー映画、ですか」


「ブルース・リーって俳優がいるんだが、この人が拳法を使う人でな。本人は故人だがかなり有名で、ワンインチパンチって技が特に有名なんだよ」


 ワンインチパンチというのは馬鹿な俺でも名前だけなら聞いたことがある。


 ただ、それが拳法に関係するものだとは知らなかったし、そういった映画があるのも全然知らなかった。


「作中でも確か出てたと思うし、そうでなくてもアクションシーンを観てりゃ少しは参考になる部分もあるんじゃねぇか?」


「まぁ、確かに? コレ、ここのテレビ使っていいんスか?」


「コイツを観る分には問題ナシ! というか、ここらへんにある映画なら社長公認で観ていいことになってるからな」


 ウチの社長は武術とかカンフー映画とかが大好きらしく、所謂B級映画と呼ばれているものでも面白いものは面白いと数多く取り揃えているらしい。


 そして、それを布教したいという意味もあって、わざわざ支社には休憩室にビデオデッキとDVDを用意しているんだとか。


「使い方は説明書置いとくから勝手に観てりゃいいさ。んじゃ、俺はそろそろ出発するわ」


「りょーかいっス。道中の安全をここから祈願しておきますよ」


「なぁに、俺のドラテクに掛かりゃぁ妖魔に追っ掛けられてもすぐにちぎって逃げてやらァ!」


 そう言ってみせる班長が大きく笑うと、そのまま『んじゃ、後は任せた!』と言って休憩室を後にする。


「……さて、それじゃ俺も観始めるとするかね」


 既に最初のセッティングは班長がしてくれたので、後はリモコンを操作して再生するだけだ。


 買い置きのコーラと醤油せんべいを用意した俺は、そのまま休憩室で社長イチオシの映画の数々を一気見し始めた。




















 慶治が支社の休憩室でDVDを一気見している頃。穏やかな月夜の市街地でいつものように討滅任務を全うしている部隊は、拭いきれない嫌な気配に身を震わせていた。


「……これ、焔刀鬼の時と同じだ」


 まだ着任して半年程度の若い隊員がそのような言葉を漏らしたが、他ならぬ隊長自身がそれを強く感じていた。



――――軽く見積もっても焔刀鬼クラスのバケモノが、この近くに来ている。



「……お前等、すぐに撤退出来るようにしておけ」


「は、はい!」


 この気配の主は未だ遠いが、もし邂逅すればそれは推定でAクラスに相当する。遠くから感じられる気配だけで、教導役のベテランである隊長にそれをわからせていた。


 己の相棒である大鉈とライオットシールドを握る手に力が入る。仮に戦うことになったとしたら、恐らく勝ち目は絶対に無いだろう。


 他部隊の援軍も期待は出来ない。タダでさえ研究所内の常駐部隊で精鋭の多くを配さなければいけないというのに、そこの人数を裂いて外に増援として送るなんてすぐには不可能。


 ヘタすれば研究所内で発生した脱走により陥落の恐れさえ最近ではあるというのに、襲来したAクラス相当の妖魔との戦闘で更に戦力を減らすわけにはいかない。


「……鬼、童子、行者。はてさて、一体何が来たんだろうかねぇ」


 思わず乾いた笑いを溢しながらそう呟いてしまう程に、徐々に強くなる気配を受けて怯んでしまう。


 こういう気配は日の浅い新人の方が影響が少ない。強過ぎる気配を幾度となく受けると、今度は実際に邂逅した時にこうして本能的な『逃げ』を取ろうとしてしまうからだ。




――――そして、そんな余裕も次の瞬間には衝撃と共に吹き飛んでしまう。







「――――――ガッ!?」



「うわぁっ!?」






 反射的に構えたライオットシールドが砕け、吹き飛んだ体が後ろに控えていた隊員を巻き込む。


 瞬時に消し飛びそうになる意識。耐えられたのはコレでも新人より長く討滅部隊にいたという自負からだろうか。


 ただ、姿を晒した妖魔を目の当たりにした瞬間、俺の中にある警鐘が喧しい程に鳴り始め、消え掛ける意識を振り絞って即座に声が周囲に響く。







「――――総員に、撤退指示ッ!!!」








 薄れゆく意識の間際に見えたのは、握り拳を構えた巌のような体表面の巨鬼の姿だった。

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