第23話

 腹に突き刺さる甲殻を無理矢理引き抜き、止血の術式が込められた札を傷の上に貼り付ける。


 コレで私の傷はどうにでもなる。問題は、この攻撃を行ったカニの妖魔の状態だ。


 硝煙も爆煙も弾け飛び、数多の骸骨兵も警備隊も死傷したあの一撃は、お互いに深い傷を残す結果となったらしい。



「どうやら、奴さんの甲羅は大分柔らかくなったみてぇですよ……?」



 乾いた笑いを漏らすのは四賀井しかい隊の部隊員。その胸には甲殻の破片が深々と突き刺さっており、どう見ても助かりそうには無かった。


 ただ、そんな死の間際にいる隊員の言う通り、奴の甲殻はかなり柔らかくなっているようだ。


『オイ! 無事か!?』


「辛うじて、な」


『カメラがブッ壊されて状況がわからん! 簡潔でいいから報告寄越せ!』


 どうやら、部屋の中のカメラも甲殻が破壊してしまったらしい。


 簡潔な報告をと言うが、それでまとめられる程の状況ではないな。


「よく聞け。研究段階の試製徹甲槍を出せるだけ持ってこい」


『……ありゃ近接兵装な上に安全装置も不十分な、ブッ放したら腕が吹き飛ぶような産廃だぞ?』


「だからこそ、威力は十全だろ? ……奴の甲羅、大分薄く柔らかくなったぞ」


 あのカニ野郎が何をやったのかは簡単に理解出来た。アイツ、ボロボロになってきていた表面の甲羅を自ら破裂させ、その破片でコチラをズタズタに引き裂きにきたのだ。


 硬い表面装甲を失って防御力が落ちただろうが、その分コチラの被害もかなりデカく、戦力はかなり落ちている。


「き、きーちゃん!!!」


 女性職員の盾になった鬼刃裂の顔に深々と突き刺さる長く細い甲殻。位置を考えれば、恐らく片目を完全に失っている。


 百骨童子は……遠目からだが、左腕を半ばから持っていかれたか。ただ、骸骨兵の補充を即座に行っているから、継戦能力に問題は無いだろう。


 一番元気なのは焔刀鬼か。身体に突き刺さった甲殻は燃え盛る炎で黒焦げになり、邪魔なものは自ら引き抜いて燃やし尽くしている。


 被害が酷いのは当然人間側。今の一瞬で警備隊はまともに動かせる車両を失い、警備隊と討滅部隊の両方合わせて千に近い兵数がもう三桁を下回りそうになってきていた。


「各部隊長は傾注! 試製徹甲槍をありったけ持ってきてもらうように司令部に伝達した! ……そこまで言えば、大体分かるだろうな?」


「……仕方ありませんなぁ。御門みかど隊、その特攻にお供させていただく」


「……アイツに一発ブチかませんならやってやるよ!」


「……うへぇ、オジサンそろそろ引退してもいい? や、最後までやり切るけどさぁ……」


 相変わらず、個性的な各部隊長達の声が次々と聞こえ始め、また無事な部隊員からも志願者が出始めていた。


『赤羽さん。研究開発部の伏原です。今、まともに動かせる……あぁ、撃てるって意味のですよ? それを五十。ブッ放したら確実に腕持ってく反動外視のヤツも八十出します』


「有り難い限りだ。コチラは志願者も多くてな」


『……予備役の職員が運んでいきますんで、到着はすぐです。後、予備の戦闘車両とそれの試験品も職員達乗っけて凸らせてるんで、うまく使ってください』


 無線を介して聞こえる司令部の音。別のモニターで映っているんだろう映像からは、輸送をしている人の声が多量のノイズを含みながらコチラの耳に届いていた。


 そして、無線を切るとほぼ同時に現着する大量の戦闘車両。装甲車が多いが、中には試作品だと分かるラムアタック専用の特攻車両まで混じっている。


 当然、その車両の向かう先は幾分か柔らかくなったカニ野郎。脚に激突して僅かな傷を付けたり、逆に振り下ろされた脚に貫かれて爆散したりと、時間稼ぎの為にその生命を燃料として使い続けている。


「――――お待たせしました!」


「……いや、充分だ」


 そんな中、台車に試製徹甲槍を積んだ職員達も漸くこちらに到着する。


 積み込まれているのは、パイルバンカーの要領で鬼刃裂の鱗を削り組み合わせて作った杭を撃ち込む一種のロマン兵器だ。


 まだ反動機構も十全でないそれを撃てば、装備した腕は確実に折れるか、もしくは反動でそのままもげて吹き飛ぶだろう。


 ただ、この一時で使い潰すつもりの生命なのだ。戦えなくなったとしても……いや、倒すつもりで動くのだから、倒せなかった時点で私達の負けだ。




「狙うは関節部!!! ハサミか脚の付け根に撃ち込み、奴をバラバラに解体してやれ!!!」



 私の号令を聞き、各方向で試製徹甲槍を腕に装着した部隊長や志願兵達が突撃を始める。


 この武器の射程距離はそれなりにあるが、あのカニの防御力を考えれば最大限接近して撃たないと、いくら柔らかくなったといっても解体どころか甲殻に突き刺さることすら無いだろう。


 近付いた者から次々と放たれる徹甲槍。短時間のジェット噴射で加速した杭は、奴のハサミや脚、甲羅に突き刺さってヒビを入れていく。


 そして、反撃のハサミの一振りで敢え無く散っていく特攻隊。コレで勝たねば、彼らに顔向けが出来ないというものだ。


 私も一番大きく重めのものを腕に取り付けると、大小様々な傷から血が滲み始めるのも無視して一息に駆け抜けていく。






「――――――オォォォォォォォォッ!!!」






 力を込めて咆哮し、振り回されるハサミの下をスライディングで潜り抜け、奴の下腹から脚の付け根の一つを狙って徹甲槍を撃ち出す。


 その瞬間、途轍も無い衝撃と共に右腕の感覚が消失し、次の瞬間には奴の脚の一つが大きく割れて、ゆっくりともげて倒れていく瞬間が視界に映る。カニの身体も、支えきれなくなって上から降ってきていた。





――――あぁ、やり遂げた。





 そう思っていたその時、急に身体が別の方向に引かれ、私は奴の腹の下を滑り全く違う方向へと全身をぶつけながら運ばれる。


「……お前、なんで…………?」


 私の側にいるのは、下半身や身体の一部を失った骸骨兵達。ここまで運んできたのは、間違いなく彼らなのだろう。


 私を一度だけ見下ろした百骨童子はその視線を再びカニに向けると、残る右腕の剣を大きく地面に突き立てて、瞬時にその妖力を高めていく。


 次の瞬間には、百骨童子の立つ背後で巨大な白骨の右腕が生み出され、大きな骨剣を形成して高々とそれを振り上げる。


 寸分の狂いなく振り下ろされたその一撃は、奴の右ハサミを打ち砕くように地に落とし、更にその付け根を打って砕くように斬り落としてみせた。


 その代償か、そのまま巨腕は剣とともに崩れ落ちていき、百骨童子も突き立てた剣を杖代わりに片膝をついて座り込む。




 ギシャァァァァァァァァァァッ!!!!!




――――そして、それに呼応するかのように鬼刃裂が咆哮。いつもより短く収縮した尾の先端が左ハサミに向けられる。


 奴もここが死力を尽くす時だと判断したのだろう。凄まじい破裂音が鳴り響くと、鬼刃裂の尾が根元から消失して断面から軽く血が噴き出した。


 ただ、その威力もまた凄まじい。何せ、その消失した尾部は徹甲弾として射出され、盾となった左ハサミに大穴を開けた上でその根元も抉り取ってみせたのだから。


 瞬く間に両方のハサミを失ったカニ野郎。無防備になったその状態を、あの武士が見逃すわけがない。



『……んだよ、アレ!? あんなん記録にゃ一切無かったぞ!?』



 驚愕する支部長の声が無線から聞こえてくる。職員が持ち込んだカメラで戦場を見ているのだろうが、私も支部長の驚愕に激しく同意した。






――――視線の先には、黒焔に血のような赤を混ぜ始めた焔刀鬼の姿。






 全身に赤いラインを走らせ、赫々たる双眸で正面を捉え、そして黒と紅が螺旋状に交差した焔を纏う刀を上段に構える。


 一太刀で決めるつもりだ、と誰も彼もが理解した。同時に、アイツなら決めてくれると誰もがそう思って咆哮した。








――――――行けェェェェェェェェェッ!!!!!














 轟ッ、という音と共に前へ跳ぶ焔刀鬼。



 鍛え上げられた両腕は構えた刀を垂直に振り下ろし、赤々とした甲殻を更に赤く黒く染めるかのように焔が追従する。





――――最後にその刃と両足が地面に付いた時、カニの身体は両目の間から真っ二つに斬り裂かれ、香ばしい匂いを漂わせながら左右に分かれて崩れ落ちる。











「…………見えてますか、支部長」



『おう、しっかりと見届けたよ』









――――俺達の、勝利だァァァァァァァッ!!!












 研究所内に響き渡る歓声に、私は己の役目を果たしたと意識を深く暗く暗転させた。

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