第22話

 突如として送り込まれたAクラス相当の巨大な妖魔。その出現に、研究所内は一斉に厳戒態勢へと移り始めていた。


「対象妖魔の特定は出来たか!?」


「記録を確認してますが、殆どデータが無くて厳しいです!」


「これも討滅済。これも、これも、コイツも……」


 データに無い妖魔は対策が練りにくくて厳しい。ただ、カニ系の妖魔ということで弱点や脆い箇所は簡単に見てわかった。


「………オイオイ、なんだよコイツ」


「見ての通り、蟹坊主カッコカリですよ」


「こんな物騒な蟹坊主がいてたまるか!? てか、コイツはサワガニじゃなくてタスマニアキングクラブだろうがッ!?」


 司令部でそう叫ぶ支部長。蟹坊主はサワガニが変じた妖魔であり、大きくなってもその形状が大きく変わることはない。


 それに対し、狭い廊下を破壊しながら直進する巨大なカニの妖魔は、タスマニアキングクラブと呼ばれているカニに酷似した非常に逞しい姿をしていた。


 しかし、その姿を見ると現場判断で鬼刃裂を下げさせたのは英断だったと言えるな。


 何せ、そのタスマニアキングクラブというのはハサミの握力が300kgに相当するのだ。


 サイズ相応の握力を得ていると考えたら、鬼刃裂であってもその頑丈な鱗も皮もなんの役にも立たずに両断されていたことだろう


「百骨童子は?」


「既に異変を感じ取っているのか落ち着きが無いですね。あのカニにぶつけるんですか?」


「焔刀鬼は勝手に出ていくとして、百骨童子はこっちから促してやらねぇと動かねぇだろう」


 御蚕様は絹糸の生産に集中させたいし、動きが鈍い部類だから相性はあまり良くない。マダラメさまはそもそもコントロール不可だから放置一択だ。


 そうなると、あのカニとまともにやり合えるのは百骨童子と焔刀鬼、鬼刃裂くらいなものだろう。


『報告! 焔刀鬼がカニ型妖魔に向かって移動を開始しました!』


『同じく、百骨童子も隔壁を操作して誘導を行っています!』


 管制室も焔刀鬼と百骨童子の動向を監視しつつ、決戦の舞台に二体を乗せようと動いている。


『こ、こちら現地職員! 鬼刃裂は戦意高く、正面から迫るカニをハチの巣にする気満々です!』


「そうか。もうちょいで他のヤツも現場に到着すっから、それまでどうにか抑えといてくれよ」


『り、了解! も、もうちょっと待っててね……』


 こういった場には慣れていないのだろう。無線が切れないまま鬼刃裂のケアをする声が未だに聞こえてくるが……ま、ピリピリとした空間の一抹の癒しとしておくとするか。





「……間もなく、邂逅します」


「他の連中も丁度ぴったりくらいだな」





 司令部のモニターに映されたカメラの映像は、遂に襲来した巨大カニと対峙するAクラスの妖魔と、共に並ぶ討滅部隊と警備隊の姿が映し出されていた。
















 突如として研究所内に襲来し、瞬く間に暴れ始めた巨大カニ。デカい身体で窮屈そうだが、もしかしたらその分のフラストレーションも溜まっているのかもしれない。


「ハァ……ここ最近のハードワークはどうにかならないものか……」


「支部内勤務って楽なハズなんですけどねぇ……」


 今回の現場の総指揮は経験豊富にして能力抜群の赤柄隊。いない時は他のAクラス討滅部隊が指揮するが、今日は在勤中なのでやっぱり駆り出されていた。


 但し、今回はその討滅部隊が勢揃い。厳粛な審査や功績を評価されてAクラスの高みに至った部隊も全隊揃い、戦力として過去最高の面々が集っている。


 その上、戦力として頼りになる鬼刃裂も参戦し、焔刀鬼と百骨童子という二体のAクラス妖魔も友軍としてそのカニを狙って両サイドの廊下から突き進んできている。


「全隊、聞こえているな!!! カニ漁の大ジメにこのデカブツを叩きのめして、最後は全員でカニ鍋でも洒落込もうじゃないか!!!」



『夏場に鍋は勘弁してくださ〜い!!!』


『くぉら!? 指揮下がるようなこと言うなって!!!』



「……ふっ。どうやらヤル気は充分なようだな! なら、切り込み隊長は眞庭まにわ隊に任せるぞ!!!」



『『『ギャァァァァァァ!? 終わったァァァァァァァァァッ!?』』』





 元気のいい眞庭隊に突撃を命じ、こうなりゃもうヤケだとアサルトライフルを構えて五人程の隊員がカニの顔狙いで乱射を始める。


 カツンカツンと弾かれる弾幕。ダメージは無いに等しいだろうが、鬱陶しさからハサミを振り回し、機敏な動きでそれを眞庭隊が避けていく。





「総員、斉射ァァァッ!!!」





――――ウォォォォォォッ!!!!!







 そうしてハサミを振り回して隙を晒したカニに、警備隊と討滅部隊、そして鬼刃裂の攻撃が雨あられと降り注ぐ。


 瞬く間に爆炎と硝煙で飲み込まれていくカニの巨体。如何ほどのダメージが与えられているのか分からないが、恐らくその甲殻にまともな傷は付いていないだろう。


 その考えが正しかったと言わんばかりに、煙の中から突き出される巨大なハサミ。


 討滅部隊の隊員は回避が間に合ったが、戦車と装甲車に搭乗していた警備隊は間に合わず、そのまま突き出されたハサミに押し潰される形で爆散する。


 その突き出されたハサミに向かって発射される徹甲弾。鬼刃裂の鱗も追従する形で放たれたが、どれもこれもハサミの側面に当たると拉げるか砕けるかしてアチラコチラに散乱した。




『――――百骨童子、焔刀鬼、現着します!』



 ハサミに蹂躙される部隊と、抵抗による激しい弾幕の中で入るその一報。


 次の瞬間、弾幕の嵐が真っ二つに両断され、黒い炎がカニのハサミにまとわりついて表面を黒く焦がす。


 下手人はこの研究所に於ける最高戦力の一体であるAクラス妖魔の焔刀鬼。右ハサミに放った牽制の一撃は、分厚い甲殻を焦がす傷を与えていた。


 更に、その左ハサミには大量の骨の矢と槍が衝突し、襲い掛かる骸骨兵の軍勢がハサミと脚の関節部を狙って攻撃を始める。


「両妖魔、対象を捕捉!!! 各員、両妖魔をうっかり攻撃して敵対化させるなよ!!!」


 振り回される大きなハサミをスレスレで回避しながら燃ゆる刀を振るう焔刀鬼と、数多の骸骨兵の軍勢をけしかけながら、自らも剣を取って脚部の関節を狙う百骨童子。


 それに呼応し連携するかのように、鬼刃裂も顔狙いで無数の鱗を飛ばして妨害を始める。


 合わせるのは警備隊と討滅部隊。火や氷、雷などの術で甲殻を撃ちつつ、銃火器による牽制でカニのヘイトを一点に集中させまいと動く。



――――ただ、そこまでやってもどうにか五分五分の状況。いや、向こうのタフネスを考えればまだこちらの分が悪いくらいだ。




 ギャァァァァァァァァァッ!?


「くっ!? これは……ッ!!!」


「すみません……私は、もう…………」


「隊長! 桜坂おうさか隊がッ!!!」



 分厚い甲殻の鎧は簡単には打ち破れず、まともにダメージを与えられているのは焔刀鬼の刀が斬り裂いた部分のみ。


 百骨童子は脚の関節部を狙うことで動きを阻害しているが、体格差と得物の刃渡り、そしてどちらかと言えば後衛寄りの妖魔ということもあって与えられるダメージは微々たるもの。


 そして、私達の攻撃と鬼刃裂の弾幕など単なる煙幕にしかなっておらず、最新鋭の大型機銃さえ豆鉄砲と呼ばれてしまいそうな有様を晒している。


「負傷者は下がれ! 無理に残られても足手纏になるだけだ!」


 警備隊で無事な隊員が、邪魔になるからと負傷者を連れて後退し始める。


 ハッキリ言って、私達討滅部隊でさえまともにダメージが与えられない相手に警備隊がどうこう出来ることはない。それならば、邪魔になりかねない負傷者を後方に下げてもらった方が有り難い。


「あの女性職員は……」


「鬼刃裂の手綱を握ってます。多分、下げたら鬼刃裂が暴走して動きが悪くなりますよ」


 下げれる者は出来る限り下げたかったが、戦意も高く負傷した隊員でさえ特攻しそうなのだから強く押し留めるのも難しい。


 というか、何人かは確実に腹回りに爆薬巻き付けて特攻している。研究所内なら無限リスポーン可能とは言え、命が軽過ぎるぞお前達。





――――そんな事を考えていた最中、遂に戦況が大きく動き始める。








 ッパァァァァァァァァァンッ!!!!!










 広間全体に鳴り響く激しい破裂音。鼓膜が破れたのではと誤認する程の音の次に来たのは、腹部から感じる激しい痛みと熱。


「ッく……成る程、やってくれる……!」


「隊長!!!」


 腹に目を向ければ、赤々とした甲殻の破片がかなり深く食い込むような形で突き刺さり、それが傷口を拡げて血を滴らせていた。

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