第21話
特別収容室前の広い空間では、今回の蟹坊主の稚ガニ駆除で捕獲してきた大量のカニの処理が行われていた。
「置き土産が多過ぎるだろ!?」
「知らねぇよ! 文句言う暇あるならとっとと手を動かして〆ろ!」
ワサワサガサガサと動き回る稚ガニ達。ハサミは既に切り落とすか縄で括って使えないようにしているが、活きが良いので物凄い速さで逃げる個体もいる。
それを追い掛け回して捕まえ、スタンガンやスタンバトンで脳に電流を流して〆る職員達。
この広間のみならず、繋がっている廊下の先でも同じような処理を行う職員達が逃げ回る蟹坊主の稚ガニを追っててんやわんやの様相になっていた。
「鬼刃裂の飯って聞いてっけど、アイツ毎日カニ三昧かよ」
「ま、その分鱗や皮を出してくれるんだしいいじゃねぇか。端材をつなぎ合わせた革鎧でも、徹甲弾が拉げて潰れたって話だしな」
ウマい飯を喰って、たくさんの鱗と皮を出してくれるんだったら研究所としては大黒字。
最近だと研究者の悪巫山戯で作ったバリスタの矢が案外実用的だと注目も集まってるし、鬼刃裂は何処ぞの黒饅頭と違って拝み倒したいくらいにいい妖魔なのだ。
と、そんな事を考えていると、急に東側の廊下が非常に騒がしくなる。
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!」
「「「「えっ!? ちょっ!?」」」」
あまりの騒がしさに目を向ければ、そこには目をキラキラと輝かせた鬼刃裂と、それを止めようとしていたのか背中に引っ掛かったロープを掴んで振り回されている女性職員の姿が見えた。
退避する間もなく突っ込んでくる鬼刃裂。流石にその時は轢かれると思ったが、反射的に蟹坊主の稚ガニを掴んで投げつけると、鬼刃裂はその稚ガニを狙ってピョンと飛んで一口で食らいつく。
「ひ、ヒィィ……すみません、すみません!」
息を荒げながら、鬼刃裂の背中で謝り続ける女性職員。そんな事は関係無いと、鬼刃裂はウロチョロする稚ガニや〆た稚ガニを舌先で持ち上げるようにして運び食べていく。
『緊急連絡!!! 鬼刃裂、脱走!!!』
「た、試しに一匹与えたら気に入ったみたいで……」
「部屋ブチ破って走ってきたのかよ……」
遅れて緊急連絡と共にアラートが鳴り響くが、もう既に鬼刃裂に逃げ回る意思は……いや、そもそも最初から無いか。
機嫌よくバキバキと殻ごと噛み砕いて咀嚼する鬼刃裂。〆てる連中も丁度いいやと、掴んでいた活きのいい稚ガニを鬼刃裂の顔に向かって放り投げている。
「焔刀鬼は反応しなかったか?」
「そ、それは大丈夫でした。この子も本能的に焔刀鬼の収容室を避けて走ってきていたので……」
あのブンブン侍(炎タイプ)が動き出すんじゃないかと思っていたが、どうやらそっち方面を避けてこっちに走ってきたらしい。
しかし、他の職員は容赦無く尻尾で弾いてバラバラにするのに、この職員に対してはそこまで敵対的ではないんだよな。
「妖魔と仲良くするコツとかあるのか?」
「え? えっと……元々、私って低級妖魔の飼育管理担当だったので、なんとなく撫でてほしいとか、洗ってほしいとかはわかるような気がします」
「……鬼刃裂も撫でてんの?」
「……食事中にブラシで磨いたりはしてますね」
理由は絶対それだな。自分の身体を綺麗にしてくれるこれまた綺麗なねーちゃんがいたら、そりゃ妖魔でもトカゲでも悪い気はしねぇんだろう。
ま、当の本人はそんな事はお構い無しでカニを食いまくってるわけなんだが……
「……即応して来たんだが、問題は無さそうか?」
「量が量なんで、食い尽くされることも多分ないでしょう。飼育担当もいますし、腹いっぱいになったら元の部屋に戻してもらいますよ」
「は、はい! 勿論です!」
警備隊も急いで駆けつけてきたが、只管メシを食いまくる鬼刃裂を見て少し苦笑気味だ。
あ、後ろに戦車まで控えてるじゃねぇか。確かにそうでもしねぇとまともに通りゃしねぇが、流石にここでやられると巻き込まれるぞ、オイ。
「おい、管制室に一報入れといてくれ。こっちは問題無いってな」
「了解です!」
万事何事も無く終われる。今日ももうすぐ夜明けが近いだろうし、連日起きていた妖魔騒動も今日は起きないだろう。
――――そう思っていた、矢先のことだった。
――――ゴガァァァァァァァン!!!!!
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
突如鳴り響く衝突音。昨夜も聞いた特別収容室が落下してきた音だ。
「こちら第十八警備隊! 特別収容室が落下した! 状況はどうなっている!?」
『こ、こちらも確認中です!』
警備隊の無線のやりとりが聞こえてくるが、管制室も完全にノーマークの出来事に一抹の不安が大きくなっていく。
これが回収部屋の落下だけで済めばいい。だが、もしこの部屋が落ちてくる必要がある妖魔が中には入っていたとしたら?
落下してから未だ開かぬ特別収容室の大扉。その裏に一体何がいるのか。その答えは、聞くまでもなく本人が答えてくれた。
バガァァァァァァァァァァァァン!!!!!
「うぉぉぉっ!?」
一瞬で吹き飛ばされる隔壁も兼ねた大扉。完全に拉げた状態の左右の扉は、真っ直ぐこちらに向かって突き進んできている。
「撃てェェェェェッ!!!」
だが、警備隊の戦車が即応して片方の扉の中心に徹甲榴弾を撃ち込み、金属製の扉は瞬く間に破砕。
そして、もう片方の扉も女性職員を守るように尾部の鱗を射出した鬼刃裂によってバラバラに斬り裂かれ、残骸となった断片が地面に散乱する。
ただ、粉塵が巻き上がる中で扉を破壊したその妖魔は、ゆっくりと巨体を動かしてこちらに脚を動かし始めていた。
それは、蟹坊主というにはあまりにもデカ過ぎる正体不明の……いや、巨大なカニの妖魔だった。
「――――誰だ稚ガニと一緒に大人のカニまでブチ込んだバカ野郎は!?」
「いや、明らかに種族が違うだろ!?」
あっという間に大混乱に陥る広間内。太い脚を振り下ろし歩く大蟹は、稚ガニを積んだ回収車を容赦無く踏み潰し、或いは苛立ちからなのか振り回している両手のハサミで回収車を弾き飛ばしていく。
それを見てブチ切れたのは、バリバリバキバキと稚ガニを食いまくっていた鬼刃裂。
己の大好物である蟹坊主の稚ガニがヤツの脚とハサミでグシャグシャにされていて、しかも大扉がそのまま飛んできていたらお気に入りの職員の生命も吹き飛んでいたかもしれないのだ。
激しく怒った鬼刃裂は、その怒りに突き動かされるままに大量の鱗を射出し、巨大カニの身体に対して機銃を撃ち込むかの如き連射を披露してみせた。
――――だが、その攻撃は全くと言っていいほど通用していなかった。
斬れ味鋭く貫通力も侮れない鬼刃裂の鱗は確かに直撃したものの、そのカニの甲殻に弾かれて辺りに散乱してしまう。
中にはカニの甲殻に刺さったものもあるが、それも先端部分だけで非常に浅く、ほんの少しカニが動くだけでポロポロと抜け落ちていた。
「――――ッ! 鬼刃裂を連れて大広間に後退しろ!」
「えっ!?」
攻撃されたことを理解したカニのハサミが大きく振り上げられる中、警備隊の隊長が女性職員に対して素早く指示を出す。
「コイツは鬼刃裂一匹じゃ倒しきれんッ!!! 奥の広間に引き摺り込んで、他のAクラス妖魔もぶつけてぶっ倒すしか方法はない!!!」
「それまでの時間は俺らで稼ぐッ!!! だから、とっとと下がって決戦に備えろッ!!!」
俺も一般職員だが、ここに来て銃の扱いを学んでそれなりには慣れている。
きっとコイツに碌なダメージも与えられず蹴散らされるだけだろうが、時間稼ぎぐらいならこの命を賭けてやってやるさ。
「み、皆さんも一緒にッ!」
「そりゃお断りだッ! このカニ野郎、俺達の苦労を水の泡にさせようとしてるからな! カニらしく一泡吹かせてやらなきゃ気が済まねぇ!」
俺の言葉に、未だに言葉を返そうとする女性職員。だが、賢いコイツなら俺の言葉もきっと理解してくれるはずだ。
「オイッ! 聞こえてたんならわかってんだろ! ソイツ連れてとっとと後ろに下がれッ!」
…………ギュアッ!!!
「わ!? き、きーちゃん!?」
ペシッと、尻尾の先を器用に動かして背中に職員を乗せた鬼刃裂が、クルリと反転して奥の部屋へと走っていく。
やっぱり、上位の妖魔ってのは賢くていいな。俺もああいう妖魔を相棒にしてみたいもんだ。
「……さぁて、やったるとしましょうか!」
「……ふ、一般職員にするのが惜しいな。後で警備隊への転属願いを出しておくとしよう」
目の前のカニと戦うには些か力不足と言うしかない拳銃を構えると、他の一般職員も拳銃やテーザー銃を構えて少しでも気を引こうと覚悟を決める。
――――こうして、俺は警備隊と共に巨大カニに挑み掛かり、最後はヤツのハサミに叩き潰されてその日を終えることとなった。リスポーン出来る職場じゃなかったら人生も終わるところだったな。
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