第18話
翌日、いつも通り解体作業に勤しんでいた俺だったが、急報が入ったと真宮先輩に言われて俺だけ別地点の作業場所へ向かうことになった。
なんでも、近くの河川で蟹坊主が大量に孵化したらしく、それの対処で人手が足りていないそうだ。
「蟹坊主って、確か大きくなると人や家畜も襲うようになる妖魔だったよな……」
真宮先輩が『水産業界のイナゴ』と呼んでいた記憶がある。毎年毎年、何処かしらの河川で大量発生しては、近隣の河川敷を乗り越えて街中に迷い込んだり沖合に出た時に近くの養殖網を襲撃して荒らしたりと、兎に角嫌われている蟹なんだとか。
カニとしての味は悪くないが、普通の刃物じゃ割れないくらいに殻も硬く、労力に見合うかと言われたら出される被害も鑑みてハズレの部類になるらしい。
そして、稚ガニの状態でも小学生くらいの大きさになる蟹坊主は、サイズ相応のハサミで生き物を襲って餌に変えてしまう。
サワガニという蟹が変じたものだと言われているが、元のサイズと比較すると一体どうしてこうなったと頭を抱えるか首を傾げてしまうんだとか。
「ま、片っ端からボコボコに殴って叩き潰してやれば、後は回収車に放り込んで終わりか」
実際にいると言う現場に向かえば、きっとカニ共の大群がうじゃうじゃと足元を埋め尽くす程に湧いていることだろう。
前のトカゲもめちゃくちゃ硬かったが、小学生くらいのカニ共がそこまで硬いとも思えない。
いつぞやの狂骨のように、多少は加減ありきで殴る必要はあるだろう。ま、それで手を抜いて負けるつもりは無いんだがな。
「……そういや、どっちで作業をしてるんだ?」
取り敢えず送り出されるままに河川敷に来たはいいが、そういえば上流と下流のどちら側で蟹坊主の討滅を行っているのかを聞き忘れていた。
蟹の卵が孵化したと考えると、上流で親蟹も一緒にいるんだろうか。だとしたら、下流じゃなくて上流に行った方がいいな。
星が瞬く夜空を軽く見上げながら、誰もいない河川敷をゆっくりと上流に向かって散歩するように歩いていく。
さて、蟹の大群は一体何処にどんな感じでたむろっているんだろうな。
「……よし! そっちの蟹も捕まえろ!」
慶治がゆっくりと『上流』に向かう中、研究所所属の隊員達は『下流』にて大量の蟹坊主の稚ガニを捕まえて回収車に放り込んでいた。
小さくともヘタすれば腕や足を持っていかれる稚ガニではあるが、動きはわかりやすく捕まえやすいので、ハサミさえ掴んでしまえば後はそのまま持ち上げる事が出来る。
その時に誰かに締めてもらうのもいいし、力技でハサミを引き抜いてもいい。方法さえ理解してしまえば、蟹坊主の稚ガニは非常に倒しやすい妖魔になるのだ。
新しく調達された回収車が何十台と並ぶ中、ポイポイと大量のカニを掴み上げては荷台に放り込んでいく。
「これ、生きたまま入れてもいいのか?」
「荷台に返しを付けてるから生きたままでも大丈夫だとよ。蟹坊主同士は共食いもしないらしいし、入れれば入れただけ鬼刃裂の飯が増える」
今回蟹坊主の稚ガニの生け捕りが推奨されているのは、その膨大な数の稚ガニの妖力が霧散して新たな妖魔を生むのを防ぐ為……という名目の餌集めだったりする。
ただ殲滅するだけなら機銃なり戦車なりで掃射してしまえば事足りはするのだ。ただ、今の研究所には機嫌を悪くされると並々ならぬ被害を引き起こすヤバい妖魔が多い。
鬼刃裂もその中の一体であり、この間など空腹で荒れた時には分厚い扉や収容室内の壁や天井に無数の鱗を撃ち込んでいた。
その威力は凄まじく、直撃すれば戦車も一撃で破壊されるのが容易に想像出来る程。実際、戦車に使われている装甲に鱗を飛ばしたら、まるで紙を斬るかのように装甲が裂けたそうだ。
そんなトカゲを落ち着かせる為にも、今のうちに大量の餌を確保しなくてはいけない。
「よっ、と! そういや、コイツらの親蟹はどうなったんだ?」
「それなら、疾うの昔にバラしてる。この卵は多分ソイツの最後の置き土産だな」
何でも、数年前にこの稚ガニの親である蟹坊主を討滅していたらしく、その時は既に卵はバラ撒かれた後だったが、次はバラ撒けないようにとキッチリ討ち取って素材にしていた。
年末に行った討滅だったから、その時はカニ鍋で研究所内もかなり盛り上がったのだと、一年上の先輩はそう語ってくれる。
余った殻は粉々にして肥料に変えたそうで、試作品の防具も臭いが酷くて結局同じように肥料にしたんだとか。
「そういえば、昨日の妖魔はどうだったんだ?」
「あぁ、封縛したヤツか?」
確か、昨夜は一度に二体も上位の妖魔が封縛されたと、研究所内でかなりの騒動になった筈だ。
最初は巨大な蚕の妖魔で、こちらは事前に回収車を運転する隊員が気付いた事で特別回収室を使用し、特に何事も無く鎮圧出来たとは聞いている。
ただ、その最中にもう一体の妖魔が運ばれてきて、それがかなりの被害を出したという事も聞いていた。
「デケェ蚕は『御蚕様』って名前になった。何処ぞの山奥の集落で崇められていた神らしくて、今は祟り神になっちまってるんだとよ」
「へぇ~! あの蚕、ちょっとした神様だったのか!」
「そうらしいぞ。蚕の血液や糸からほんの僅かだが神格特有の気が確認されたんだってな」
あの気味の悪い顔をした蚕は、恐らく何処かの廃村と化した山里で崇められていた小さな神で、人がいなくなった事で祟り神になったのだろうと推察されているそうだ。
生糸関係で育てていた農家も昔はそれなりに残っていたそうで、妖魔が出現するまでは細々とだがそれも一家相伝で続いていたらしい。
ただ、妖魔が湧くようになってからは山里は妖魔達の狩り場に変わり、人が狩られたり都市部に避難したりと廃村が増えたことで、信仰の薄まった蚕の神が妖魔に堕ちた。
そして妖魔になったことで果てしない飢えを感じている御蚕様は、今も空腹を満たすためにガンガンと収容室内で暴れ狂っているのだ。
「ま、御蚕様はまだ収容しやすい部類だ。百骨童子のお陰で野菜関係の生育が好調だし、その分を御蚕様に喰わせれば上質な糸が手に入る」
御蚕様の絹糸は素材として一級品であるらしく、試しに作ったという肌着は、試着した者に高級ブランド品と呼ばれる代物がそこらの安売りの品に感じられるという感想を残させた程。
祭事の巫女服や神官服にも使われたが、そちらはそちらでかなり良いものらしく、祭事に使う祝詞や術の効力が跳ね上がったそうだ。
他にも硬質な糸は弓の弦に使われたり、何層にも織り重ねて作ったシートで盾や鎧を作ったりと、鬼牙裂の鱗や皮と合わせて最上級の防具素材になっている。
「だけど、マダラメさまはなぁ……」
「管制室のメンバーが一瞬で全滅だっけ?」
「カメラの画面から飛び出してきて、な。逃げる間もなく全員喰われて、鎮圧後にメンタルケアが必要になったよ」
御蚕様とは別に、マダラメさまという呼び名が付いたもう一体の妖魔は、ハッキリ言って危険度の高さと収容メリットが釣り合わないタイプの妖魔だ。
百骨童子も危険度は高く管理の難しさからそのタイプの妖魔にされていたが、骸骨兵の素材で色々使い道があるとわかったら、その区分からしれっと外されていた。
また、焔刀鬼も鬼牙裂のような妖魔の襲来時に脱走して鎮圧に参加するという、被害を考えたら何とも言えないとはいえメリットがある。
鬼牙裂と御蚕様は言わずもがな、有用な素材が手に入るということでかなりいい妖魔に分類されている。
ただ、このマダラメさまは全く違う。脱走すれば何処かの区画が壊滅し、ヘタすれば管制室が度々崩壊する原因と成り得るのだ。
その割に何か残すのかと言われたら、被害だけ残して有用な素材は一切落とさないと言うのだからホントに割に合わない。
「研究者が術式の解析をしようとしたら、ヘソを曲げたマダラメさまに近くのメンバー諸共飲み込まれて食われたって話もあるな」
「なんだよソレ、マジで害悪じゃねぇか……」
「それでもAクラスに指定された妖魔だからな。仕留めるのも簡単じゃないし、ご機嫌取りしながら個室で大人しくしてもらうのが一番良いのさ」
研究所を放浪していたマダラメさまも、交戦した部隊を悉く全滅させながらお気に入りの場所を探し、お眼鏡に叶った収容室の一つを占領してグースカピーと眠り呆けている。
支部長の指示で収容室の防壁や結界も厳重にしたらしいが、翌朝には腹を空かせたマダラメさまが何の障りもなく堂々と出てきたというのだから、如何にこの妖魔が厄介なのかがわかるというもの。
「……ん? なんか波が激しくなったか?」
「あ? いや……そんなでもないと思うがな」
そんな事を話していると、ふと川の水の流れが少し荒れたような気がした。
ただ、元々蟹坊主の稚ガニ達のせいでかなり荒れ気味ではあるので、なんとなくそんな気がするといった程度だし、多分俺の気の所為なんだろう。
「おーい! 河口近くに稚ガニ共が到達しそうだから、ここから場所を移すぞ〜!」
「おっと、こりゃマズい!」
こうして、俺達は河口付近にまで移動し始めた稚ガニ達を追って、輸送車両に乗り込みどんどん河口方面へと移動していった。
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