第17話

 それは、現在数少なくなった回収車の運転手から入った一報であった。


『こちら回収班! に、荷台に正体不明の妖魔が積み込まれています!』


 正体不明の妖魔。送られた画像データには、巨大な蚕の幼虫型の妖魔が白い糸で丸く縛られており、明らかにイレギュラーな妖魔だと言うのが一目でわかった。


「妖魔の状態は!?」


『え、えぇと……あっ!? い、今、口から緑色の血のようなものを吐きました!』


 回収車の運転手に状態を聞けば、その妖魔はまだ息絶えておらず瀕死の状態で車両に積み込まれているのだと判明。


 このまま放置すれば、やがて自然回復した妖魔が暴走する可能性が非常に高かった。


「急ぎ受け入れ体制を整えます! そのまま妖魔を積んで研究所へ帰還してください!」


『り、了解です!!!』


 そのままプツンと途切れる運転手の無線。恐らく、荷台に積んだ妖魔が暴れ出す恐怖もあって怯えているのだろうが、出来れば無線は繋いだままにして欲しかった。


 だが、もう切られてしまったのだから仕方が無い。すぐにこちらも受け入れ体制を整えるべく、全体連絡で研究所内に一報を入れる。



『こちら管制室。現在大型妖魔の封縛事例発生。受け入れの為、各部署の担当者は至急司令部へお集まりください』



 研究所には管制室と中央司令部の二箇所があり、管制室で出来ることは司令部でも行うことが出来る。


 これは過去、妖魔の脱走事故で管制室に設けられた司令部を破壊されたことでその後の対応が後手後手に回った例があった為に、片方が落ちても無事な片方で各所に連絡が取れるようにした為だ。


 今回もそれが最大限活かされており、既に各所のカメラが現場で動く職員や警備隊、討滅部隊の姿を現在進行系で映し始めていた。


 また、司令部を映すカメラには管制室長が他部署の代表者を集めて、現在の状況の伝達を行っている瞬間を映している。


「巨大な蚕の妖魔で該当するデータは周辺支部にも無いですね……」


「となると、地方本部か総本部のデータベースにアクセスしないとわからないかもね」


 管制室の端末で周辺支部も含めたデータベースを確認してみたが、あの蚕の妖魔に該当する記録は無かったらしい。


 まぁ、妖魔と言っても鬼刃裂のように特殊な変化を起こした個体などは、実際に視認しないと記録に残らないことも多い。


 今回の蚕の妖魔も、最終的には西海支部で命名や情報の登録を行うことになるだろう。


『こちら回収班! 間もなく研究所の回収施設に到着します!』


「了解! 大型妖魔用の特別回収室を開放します! そちらに着きましたら、荷台から対象妖魔を降ろしてすぐに部屋から出てください!」


 特別回収室は、主にBクラスの妖魔を封縛した際に使われる一種の収容室のようなものだ。


 今回のような巨大な妖魔や強力な妖魔を通常通りの回収方法で運び込むと、連日連夜発生した惨劇が何度も繰り返されることにもなるので、予め妖魔の復活前提の部屋を用意している。


 幸いにも、今日は百骨童子、焔刀鬼、鬼刃裂の対処の為にAクラス認定を受けたエリートクラスの討滅部隊が揃い踏み。


 蚕の妖魔の実力こそ不明だが、クラスは恐らくBクラス程度ではないかと推察も出来る。


 それならば、防御力の高い鬼刃裂と比較しても比較的鎮圧も容易なタイプの筈だ。


 というか、環境抜きでもAクラスに遜色無い鬼刃裂が大分イカれていると言える。射出する鱗の貫通力はそこまで高くなかったからBクラスになっているが、それも補えていたら迷うことなくAクラスになっていただろう。




『り、離脱しました!』


「了解! シャッター閉鎖! 緊急降下!」




 回収室内を映すカメラでも確認出来ていたが、回収班の男性の声が無線から聞こえた瞬間、開放していたシャッターを瞬時に閉め、即座に部屋を研究所内に降下させる。


 まるでロープの切れたエレベーターのように落下した特別回収室。落下の衝撃によるダメージも与える目的で設計されていて、過去の例でもその効果が確認出来る事が多かった。


 そして、それは今回も同様。落下した特別回収室が蚕の妖魔に強い衝撃を与えると、拘束していた糸がブチブチと千切れると同時に、虫系特有の鳴き声を発して叫び、緑色の液体を口から噴出させる。




『――――こちら、赤柄隊! これより対象妖魔の鎮圧を実行する!』




 ダメージを受けた蚕の妖魔の傷が癒えるより先に、その白く大きな身体へ討滅部隊と警備隊の弾丸や術が殺到し、更に大きな絶叫が対象妖魔から発生した。


「流石に防御力は低いみたいですね……!」


 白い身体に付いた無数の傷跡。思ったよりは軽度な負傷であるが、それでも最近来た三体の妖魔と比べたら確かなダメージを与えられていた。


 だが、相手もただやられるだけではない。口から緑色の液体を撒き散らしながらも、白い糸を吐き出して奥で射撃していた装甲車や戦車に付着させ、そのまま身体を動かして攻撃を始める。


 巨大な妖魔に引っ張られて宙を舞う車両の数々。見た目の割に頑丈な糸は、途中で千切れる事無く多数の車両を鎖に繋がれた鉄球のように振り回して、警備隊や討滅部隊に被害を出していた。


 ただ、攻撃方法で脅威的なのはその質量弾による圧殺や轢殺であり、稀に糸で身体を切断されることもあるようだが、大振りな攻撃でもあるので避けるのは極端に難しいものでは無い。


『推定だがBクラスの中位といったところか。糸の強度も中々のものだから、今後の試作装備に期待をしてもいいか?』


「そちらは研究開発部の担当です! 余裕があるなら早めに終わらせてください!」


 最近来た他の妖魔と比べて余裕綽々といった様子で、今回の総隊長を務める赤柄隊のリーダーも無線でこちらに話し掛けてくる。


 まぁ、その気持ちはわからなくもない。百骨童子だの焔刀鬼だの鬼刃裂だの、普通なら手出しする事さえ容易ではないAクラスやそれに相当する妖魔が連日押し寄せていたのだ。


 今回、漸く自分達の手でどうにか出来る相手に出会えたのだから、多少気が大きくなるのも無理は無いと思っている。


『こちら回収班。西地区の妖魔の回収任務から帰還しました』


「了解! 七番ゲートを開けます!」


 さて、現場で討滅部隊や警備隊が頑張っているように、私も他の仕事を終わらせなくてはいけない。


 今も他の任務で回収を終えた隊員が戻ってきたので、こちらも指定したゲートを開放して受け入れられるように整える。


「……普通に受け入れて大丈夫なの?」


「大丈夫、じゃない? 一番ヤバいのは既に対応してるわけだし……」


 同僚の指摘に少し不安を覚えたが、流石に今回は大丈夫な筈だ。まさか、今日一日でBクラスやAクラスの妖魔が一気に二体も入ってくることなど有り得ないだろう。


……有り得ない、だろう。いや、多分、大丈夫な、筈だ、うん。


 少しの不安が沸々と量を増し始め、思わずカメラの一つを回収部屋のある区画に映し変える。そこでは、今も尚多くの妖魔の死骸を積み込んだ車両が――







「――――何も、無い?」







 時間からして、そろそろ回収車が七番ゲートから研究所内に入ってきていてもおかしくはない。


 それなのに、カメラの映像には開きっぱなしの七番ゲートだけを映し、しかも人影や車両すら全く映像に入り込んでいない。


「え? なんで?」


「ちょっと待ってて。今、現場の担当者にすぐ連絡するから」


 私の疑問に同僚も異変を感じ、すぐに無線で現場で動く担当者に連絡を取り始めた。


 しかし、幾ら無線を繋ごうとしても反応が無いようで、困った顔をした同僚にも段々と不安の色が滲み出始めている。


「近くのカメラを確認するわ」


 周辺エリアにも無数のカメラがあり、その中の一つか二つには、きっと誰かしらの姿が映っている筈。


 そう思ってカメラを切り替えていくが、変わる画面に人影があるものが一切映らない。


 明らかに異常である。あるのだが、今は即応出来る部隊が蚕の妖魔の対処に追われている。


「これ、ヤバいんじゃ……」


 そこまで口にしたところで、切り替えていた画面に明らかな異常が……いや、異形が映り込む。


 それは、ゆっくりと廊下を這う黒い何か。純黒の塊が何処に向かうかわからないままに、ただただ這いずり動いていた。


 コレが異常の根源か。即座にそう理解した私は、すぐに手の空いている部隊に連絡を――――









「――――――ひっ!?」








 ソレは、確かにこちらを見ていた。黒い塊の赤い点のような瞳が、一斉にカメラのレンズに集中していた。


 まさか、管制室から見ているのがわかるとは思わなかったが、こうなれば急いで捕捉し討滅した方が良いだろう。


 そう思って、驚いた心を落ち着かせようと大きく息を吐いた時、画面はその黒い異形でビッシリと満たされていて――――












――――そこから先の記憶はプツリと途切れた。聞き慣れない同僚の悲鳴を最後に耳にしながら……

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