第15話

 無心になって木を丸ごと食い尽くす巨大な幼虫。相当固い顎なのか、木の葉のみならず幹の半ばまで噛み砕いており、葉が無くなれば引き抜いて下の根をまたバリバリと食い始めている。


 研究所は蜘蛛系の妖魔だと言っていたが、成る程確かにコイツも糸を使う生き物だったな!


「まさか、蜘蛛じゃなくて蚕だとはな!!!」


 そう、目の前の白い芋虫は俗に言う蚕。カイコガと呼ばれる虫の幼虫が元となった妖魔であった。


 余程腹を空かしているのか、目についた木々や草葉を片っ端から大きな顎で丸太の輪が残る位まで食い荒らしている。


 恐らく、妖魔だから蛹になって成長するかどうかはわからないが…………このまま放置すれば、この山が禿山になるか住宅街に下りて大混乱を引き起こすのは間違い無いだろう。


「しっかしまぁ、こんだけデカいと日中でも平気で動くんだろうな!」


 妖魔というものは、日中は基本的に活動しない。妖魔の力は陽の気と呼ばれるものに弱く、御天道様の下ではそれが著しく弱まってしまうのだ。


 太陽とは火であり、火は神の一柱として崇められる要素である。そして、神聖なる火は不浄を焼き祓い、輪廻転生の輪への送り火となる。


 だからこそ、妖魔の多くは太陽の照り付ける日中は活動しない。無理に動こうとすれば、逆に己の力を失うことになるからだ。


 ただ、こういった野生動物由来の妖魔に関しては例外で、成り立ての妖魔は日中でも平気で活動する個体が多い。


 理由は至極単純で、己の弱体化を感じる程の力が無いからである。勿論、年経て力を得ればそういった妖魔も周日行性から夜行性に変わる。


 だが、それに至るまで長生きする妖魔は珍しく、大抵は天性の才覚でBクラス以上の上位妖魔になった個体しか夜行性にならない。


 何せ基本行動が野生動物時代と大して変わらないのだから、同じように動けば他の妖魔に狩られるか、人の領域に入り込んで狩られるかの何方かで末路を迎えることになる。


「取り敢えず!!! 先制攻撃の一発を食らって悶えてくれよな!!!」


 さて、意識を目の前の蚕に戻して駆け出す。余程腹が減っているのかこちらには眼中にもないのが幸いか、それとも侮られていると見て不幸と考えるべきか。


 こちらの声に少しだけ反応を示した妖魔が顔を向けようとするが、それよりもこちらが近付いて拳を埋め込む方が速い。




――――ボン、という音と共に蚕の横っ腹に拳がめり込み、まるで新幹線のような巨体の蚕が軽く吹き飛んで地面をゴロゴロと転がった。




 ギュピィィィィィィィァァァァァッ!!!




「うるっせぇなぁ!?」




 苦悶の声か、それとも怒声か。口元から緑色の液体を吐瀉した蚕は喧しいまでの高い音で鳴き叫び、そしてその頭にある模様に見えた眼球でこちらを睨みつける。


 どうやら、やっとこちらを敵と見做してくれたらしい。ガチガチと人の臼歯が混ざった顎で威嚇を始めているが、ハッキリ言って隙だらけ過ぎる。


「やってる暇あんならそれで噛んでこいや!!!」


 体を起こして鎌首をもたげるようにした蚕の隙だらけの下ッ腹に俺のアッパーが突き刺さり、悶絶しながらも押し潰そうとする蚕のボディプレスを軽く横跳びにして躱しながら、カウンターのように飛び膝蹴りを側面にブチかます。


 わかっていたことだが、幼虫特有の長い身体と短い足は機動力という最大級のステータスを殺してしまっている。


 打ち込まれた三発の打撃に、もうかなりのダメージが入っている蚕。だが、ここで漸く近接戦は不利と理解したらしい。


 ブシャッ! と、緑色の体液と共に噴射される大量の白い糸。ほんのりと月明かりを反射して輝く糸は散弾のように放射され、その方向が直線的でなければ避けるのは非常に難しかった。


 ただ、昨日のトカゲの鱗という弾丸と比べたらあまりにも遅緩に過ぎる程で、多少避けにくいかな? と疑問符が付くくらいのものでしかない。


 地面を蹴って迫る糸を避けながら走ると、背後から何かが引き抜かれる音が聞こえてくる。


「あー、成る程成る程。お前はそういう事をしてくるわけだ!」


 軽く後方を一瞥すれば、糸が付着した木々や石が引き抜かれており、そのまま蚕の頭に合わせてムチのようにこちらを狙って追ってくる様子が見えた。


 オマケに糸自体の切れ味も中々のようで、軌道上を通過した枝や木の葉、或いは土埃が糸に斬り裂かれて二つに両断されている。


 蜘蛛系の妖魔は肉食で人を襲うこともあるから危険だと言うが、こっちはこっちで暴れ出したらヘタに手を付けられないタイプの妖魔だな。


 背後で様々な破砕音が鳴り響く中、ぐるぐると蚕を中心にして周回し、時には中途半端に残る切り株や禿げた木を間に挟みながら、何周も何周も蚕を翻弄して回り続ける。


 そうすると、こちらの動きに合わせようと蚕もその頭を大きく振って追いつこうとして……





――――自らが吐き出した糸が身体に絡み、また回り過ぎて目が眩んで倒れ込む。





 大きく長い身体がひっくり返り、体格の割に短い足をジタバタと動かす蚕は、それはもうとてもデカいサンドバッグのようなもの。


 こうなってしまえば、後はこちらも容赦無くやってやれる。一度急ブレーキを掛けると、そのまま進行方向を蚕に切り替えて、その無防備な腹に向かって拳を握りながら突撃。



「オォォォォォォォォォォォッ!!!」



 そして、何発も何発も無防備な腹全体に拳を打ち込み、叫び声を上げながらビチビチと動く蚕に加減抜きの拳を只管突き立てる。


「コイツでッ!!! 終いだァァァァァッ!!!」


 何十発と殴って殴って殴り抜いた最後、俺は一息で高く跳び上がり、緑色の体液と白い糸が混ざった液体を吐く蚕の頭頂部を越える。


 そのまま身体を回し、クルクルと回転しながら落下した俺は、右足を思いっきり蚕の脳天にかかと落としを叩き込んだ。



――――それが決定打になったのだろう。



 巨大な蚕は大量の眼球全てに白目を向かせ、最後に大きく緑色の液体を吐いて、地に倒れて痙攣しながらゆっくりと動きを止めた。


 まぁ、かかと落としは頭にかなりめり込んでダメージを与えていたから、腹に与えたダメージと加えて致命傷に至ったのだろう。


「……あ、糸も溶け始めたな」


 恐らく、蚕が力尽きたことで糸を維持する妖力も切れ始めたらしく、周りに散乱していた糸はボロボロと崩れ地面に染み込んでいった。


 流石に地面に染みた体液等の清掃までは行っていないので、後はこのバカデカい蚕を丸ごと回収車の荷台に放り込んで終わりだろう。


 幸いにも身体中に絡んでいる糸は崩れず維持されているので、このままうまく縛って丸めて……


「いよっし! じゃ、後はコレを持って山下りすっか!」


 正直面倒臭い作業ではあるが、昨日のトカゲと比べたらめちゃくちゃ楽に終わった相手で、体力にも十分な余裕がある。


 それに、今回はコイツの糸のお陰で運びやすい形に縛り上げる事も出来た。ホントに昨日とは比較にならないほど楽な相手だったな。


「あ、でも木には引っ掛かりそうだな……転がすか」


 軽く持ち上げていざ下りようと思ったが、丸めても思ったよりデカいので木の枝が邪魔になりそうだ。






――――そう思って縦にして転がしたら、想像以上に速く転がっていって、猛ダッシュで下山することになった。面倒でもしっかりと担いで運んだ方が楽だったな。
















「こちら三ツ谷隊。件の蜘蛛型妖魔の討滅が完了致しました!」


『了解。回収車を手配しましたので、そのまま次の地点の討滅任務に当たってください』





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