第14話
……ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!
「ん……あぁ、もう時間か」
目覚ましの音を聞いて、支社の仮眠室の一つで目覚めた俺は、掛け布団代わりに使っていたいつもの作業着を羽織り直して伸びをする。
既に斬られた箇所は繕い直した。体の傷もいいとこ薄皮一枚が精々なので、血が止まれば後はすぐに塞がって治る。
「さてさてさぁて、っと……今日はどんな仕事が待ってるのかねぇ」
朝食……いや、夜だから夜食代わりのソーセージパンを三口で平らげると、クシャクシャにした包装をゴミ箱に投げ入れて、仮眠室を後にする。
今夜も解体業務か妖魔退治のどちらかが割り振られることだろう。解体業務は楽しいが、妖魔退治も昔を思い出してかなり楽しい。
どちらの仕事であってもとても楽しみだ。班長も快く許可を出してくれているし、憚ることが無いと自由でいいな。
「お、慶治! 今日は解体じゃなくて討滅に行ってこい!」
「うっす! ……え?」
最初は解体業務から。そう思って、外でトラックに解体道具を積み込んでいた班長から驚かざるを得ない指示が出て思わず思考が停止してしまう。
「か、解体はいいんスか?」
「今日は上も人出が足りないそうでな。討滅業務も最低限で、被害報告の出ているDクラスの妖魔を中心にした討滅依頼をこっちに回すんだと」
何でも、かなり強力な妖魔が連日連夜生け捕りにされたらしく、それの管理で主力級のエリート部隊が研究所内に留め置かれることになったそうだ。
その為、今日は被害報告の出ている低級の妖魔を研究所の新人や俺達のような委託先の業者で討滅し、その素材を研究所内にも可能なら輸送して欲しいというところまで頼まれているんだとか。
「今日は回収車も少ないんスか?」
「あぁ。何でも、研究所に置いてあった回収車の多くがその妖魔共に壊されまくったらしくてな。新しいのは発注生産してるらしいが、届くまでにはどうしても時間がいるもんだ」
恐らく明日には回収車の量も元に戻るそうだが、それでも解体業務より討滅依頼が多くなりそうな可能性が高いらしい。
「ここだけの話、研究所内に来たっつぅ妖魔はAクラス認定を受けてるマジモンのバケモンばっかりらしい」
「へぇ……Aクラスと言えば、人が勝てる相手として最大級の相手じゃないッスか? よくそんな相手を封縛出来ましたね」
「全部偶然の賜物らしいが、それが三日連続続くわけもねぇ。神東本部じゃ期待の新人って呼ばれてる若いのが、研修中に襲ってきたCクラスの妖魔をまだ着任一週間で打ち倒したらしいし、ここにもそんな感じの奴がいるのかもしれねぇな」
「お、慶治。早速だけど、討滅依頼が来ているよ。それも二つ」
班長とそんな話をしていると、同じように支度をしていた真宮先輩がタブレット片手にこちらに近寄ってくる。
どうやら、解体関係を除いた機械全般が得意ではない班長に代わって、今は真宮先輩が依頼受付の管理をしているらしい。
「二つもッスか?」
「あぁ、そうだ。一つは近くの山で確認された糸を使う妖魔の調査と討滅。もう一つは市街地で起きている推定『影人』亜種の調査と可能なら討滅だね」
先輩が言うには、近くの山で妖魔のものらしき糸が確認されているらしく、恐らく蜘蛛系の妖魔が何処かから渡ってきて住み着いた可能性があるらしい。
蜘蛛系の妖魔は凶暴且つ狡猾で、罠を仕掛け時には人を主な獲物にすることさえある。
従って、大きな人的被害を発生させる可能性の高い妖魔が生息していると仮定して、大規模な調査と討滅を行う予定だったそうだ。
もう一つは以前倒した影人の亜種らしきものによる被害で、既に何人か行方不明者も出てきている。
中には研究所に所属している隊員も含まれており、新人とはいえ一般人と比べそれなりの実力は有している筈の隊員を攫っている対象を特定し、可能ならば討滅してしまおうと考えていたという。
「ただ、何方も連日連夜の上位妖魔の封縛で人手が更に足らなくなったから、こちらに依頼したいのは主に対象の調査になるだろうね」
「可能なら討滅しちゃっていいってことですし、見つけたらボコっても?」
「命大事に、を前提にしてやれるって判断したならやればいいと思うよ。まぁ、運良く回収車を見つけられるといいね」
真宮先輩のその言葉に少し躊躇が生まれそうだったが、倒したら倒したでそれなりの距離は担いで運ぶことになっているので、思い返してしまえばそこまで戸惑う事でもなかった。
まぁ、いつもより回収車を見つけるのが大変とだけ思っておけばいいだろう。
「りょーかいッス。じゃ、無理しない程度にちょっくら暴れてきますよ」
「行ってこい行ってこい! 派手に暴れて、現代の傾奇者って名乗りゃぁ百点くれてやるよ!」
「そんな、前田慶次じゃないんだから……でも、慶治にはそれくらいの気概で頑張ってもらった方がいいかもしれないね」
他愛無い会話を終え、班長の運転するトラックで最初の場所の付近へ送ってもらった俺は、その大きな山の中に堂々と足を踏み入れていた。
ここには『糸を使う妖魔』の痕跡が残っていたらしく、研究所は蜘蛛系の妖魔だろうと当たりをつけている。
野生の蜘蛛が妖魔に変化して、有り余る力を使い更に強力な妖魔になろうと、縄張りに丁度いい場所を探してきた。
真宮先輩曰く、妖魔になって気が大きくなった野生動物はその傾向が多いらしく、今回の蜘蛛の妖魔もその部類だろうと言われているそうだ。
「気が大きくなんのはわかるかもなぁ。チャカだのドスだの、ちょっとした得物構えただけで強気になるバカが多かったし……」
そういう強気になった相手は経験則で二種類に分けられると俺は思っている。
一つは力に溺れて慢心し、最終的に痛い目を見て叩きのめされる連中。俺が出会ってきたのは大抵このパターンだ。
そしてもう一つは、実際に身に付けた力を使い熟してみせ、慢心するに足り得る実力を身に付けた相手だ。まぁ、これに関しても多少死に掛けたりはしたが、力技でボコしてやったわけなんだが。
今回の相手は前者だと言われているが、果たしてその実態は如何に! といったところだな。
「あー……しっかし、山登りなんざ小学校以来だなぁ」
まだそこまで妖魔の危険性が認知されていなかった頃、地域の丘とも呼べるような小さな山に登った記憶が沸々と蘇る。
記憶にある山とは違い、ここは殆ど手入れもされていない自然溢れるただの野山。麓の近くは多少間伐や草刈りもされているが、奥に踏み込めばあっという間に野生動物と妖魔の領域に変わっている。
とはいえ、付近の市街地からはそう遠いわけでもなく、近くに畜産を行う農家がいるわけでもないから、獲物として家畜ではなく人が狙われやすい。
従って、己の力に溺れて慢心した妖魔はコレ幸いと狩り場に近い場所を縄張りとしやすいのだ。特に、ここからは女子供の多い住宅地にも近付けない程ではない。
……いつか、昔みたいに子供達が周りを怖がる事無く遊び回れるような国にしたい。それが、連盟のトップが記者会見で話した言葉だ。
「……さて、俺もそろそろ気合い入れるとしますかね」
代わり映えのない景色ばかりで深く思考の中に耽る時間が出来ていたが、木の枝から垂れ下がる白い糸を見てすぐに意識を切り替える。
どうやら、件の妖魔の縄張りが近くなってきているらしい。少し周りを見てみると、木の枝だけでなく低木や地面にも白い糸が散らばり付着していた。
恐らくDクラス相当の妖魔だろうが、まぁ懐に潜り込んで何十発と殴ってやれば昨日のトカゲみたいにくたばる筈だ。
「さて、その面拝ませてもらうぜ?」
ゴキゴキ、ボキボキと指の骨を鳴らしながら草木をかき分けて、やけに開けているのか月の光の当たる場所に向かい、堂々と足を踏み入れ…………
「…………あ?」
森の中から広場に出た俺の目には、とても真っ白な芋虫が草木をバリバリと食い漁る姿がハッキリと映っていた。
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