第13話

 山積みになった大量の書類を前に、俺は殆ど意識を失い掛けながら只管にハンコを押して、問題箇所にはペンで修正しろと書き加えて分別して……


「ァァァァァ! 誰だこんなメンドクセェ仕事増やしまくったのは!?」


 山積みの書類の大半は百骨童子と焔刀鬼の収容によるものだ。全体の比率としては大体八か九くらいが二体に関係してるものな気がする。


 書いて書いて押して押して、そして積み上げた山は定期的に来室する秘書やその他の職員が回収し、新しい書類の束を幾つも持ってくる。


 お陰で俺の手はもう腱鞘炎になりそうだ。こんなんなら、俺も討滅部隊に混ざって妖魔の討滅に行きたかった。


「はい、無駄口叩いてないで手を動かしてください。ほら、追加の書類も持ってきましたから」


「それで喜ぶのは余程の変態だっての!」


 そして、無情にもこちらの言葉を一蹴した上で更に追加分を束で持ってくる秘書。その分厚さは、回収された書類よりも少し多いかもしれない。


「あぁ、そうでした。開発部からの報告ですが、術符の改良が可能かもしれないとのことで、骸骨兵の骨が追加で欲しいと要望がございます」


「…………そっちで根回しをした上で日程調整しとけ。こっちの裁可は今回だけ不要にする。だから、責任の大半はそっちに押し付けるからな」


 骸骨兵の骨が追加で欲しいというのは、百骨童子を動かして尖兵の骨共を大量に召喚させろということになる。


 それはつまり百骨童子の脱走を起こせと言っているようなもの。理由はわかるし戦力強化にも繋がるだろうから、その後の被害と天秤に掛けてどうにか許可は出すが、正直責任は取りたくない。


「かしこまりました。一つ吉報があるとすれば、焔刀鬼は手を出さなければ基本的に大人しくしていると、監視を行っている職員から報告を受けています」


「それは有り難い限りだな。昨日の一戦でバカみてぇにここをぶっ壊したバケモンも、流石に何もしなけりゃ大人しくしてくれるか」


 昨夜の激闘の被害の後始末が目の前の書類の山だったりするので、大人しくしてくれる分には幾らか溜飲が下がるというもの。


 壊した機材、車両、物資、その他諸々の再発注に、被害報告書や聴取記録の確認。後は焔刀鬼に限らず百骨童子関係でも同じ様なものが幾らか混ざっている。


 まぁ、この原因はAクラスという通常であれば討滅が普通の妖魔が立て続けに封縛出来ているからであり、今後の治安維持という意味では悪い話ではない。


「ところで、焔刀鬼の侵入経路はやはりわからなかったのか?」


「影人の回収車が出現地点なのはわかっておりますが、あの鬼を倒せるような相手がいるなら寧ろスカウトしたいくらい、とお伝えすれば御理解いただけますかね?」


「了解。何もわかってねぇってことだな」


 今回の焔刀鬼の件は百骨童子と同じだ。ここまでの明確な輸送経路がわからず、結果として封縛に成功してしまっている。


 強大な妖魔が減るのはいいことなのだが、その一方でこちらの預かり知らぬところでそのようなことが起きるのも良くはない。


 強大な妖魔か、フリーの実力者か、はたまた期待の新人という奴なのか。何にせよ、今のところ正体が全くと言っていい程暴けていないのが気味が悪い。


「警備部門から回収車にカメラを備え付けるという案も出ておりますが……」


「付けたところで死体に隠されて見えなくなるだけだ。それに、妖魔の封縛が出来てる事自体は悪いことじゃねぇからな」


 そう、この問題はAクラスの妖魔を封縛可能な状態にまで持ち込めるものがいるという事なのだ。


 それがこちらで正体などの把握が出来ているのならまだいいのだが、完全に影も形もわからない手合が野放しになっていることが、今後の展開や展望が読めないという意味でも良くない。


「百骨童子や焔刀鬼を戦闘不能にして、尚且つ回収車に放り込める輩…………出来れば人間であってほしいが、これが知恵をつけた妖魔とかなら末恐ろしいぞ」


「妖魔が妖魔を生きたまま回収車に放り込むなど、普通に考えて……」


「普通じゃねぇからこうなってんだ。どんな意図があるかはわからねぇが、ゼロじゃない可能性は僅かでいいから考慮しとけ」


 突然変異で頭のおかしい妖魔が生まれた可能性もあるし、考えられる可能性はどんなに荒唐無稽なものであっても即座に否定するわけにはいかない。


 そう考えながら、只管ハンコを押していく手を動かし続け、更にペンも素早く走らせていく。


 こんな事を考えていても仕事は全く減らないのだから、悩みのタネまで増やさないでほしいところだ。







――――ビーッ!!! ビーッ!!! ビーッ!!!








「あァ!? 今度は何事だァ!?」



『緊急連絡!!! 第四解体室にてトカゲ型妖魔が脱走!!! 現在、研究所内を逃走中!!!』




 ほんの少しの平穏は瞬く間に終わりを告げた。あっという間に研究所内に警報が鳴り響くと、すぐに室内のモニターが点灯して、司令部に詰めている職員からの報告も入る。


『支部長! 現在、対象妖魔は混乱した様子で研究所内を暴走中! 先回りした警備隊も、止めることが出来ずに甚大な被害を受けています!』


「なんで連日連夜、こんなクソメンドクセェ連中がここに押し寄せてくんだよ!?」


「言ってる場合ですか。それより、警備隊の被害はどうなっています?」


『対応した部隊の報告ですが、防御力が非常に高くて警備隊の銃器では全く歯が立たないとのこと! また、鋭い爪で斬られた隊員もいます!』


 数で押す百骨童子に高火力で押し切る焔刀鬼に続いて、今度は防御力に特化した妖魔が研究所内を走り回っているらしい。


 二度あることは三度あるということわざもあるが、流石にコレはいい加減にしろ、と言いたくなる。


「百骨童子の監視担当の討滅部隊は?」


『今日の担当部隊は式波隊で相性面が最悪です!』


 式波隊は妖魔を召喚し操る『式術』を扱う部隊。数で押し切る事も可能なため、同じく数で押し切るタイプの百骨童子も抑えられるだろうと判断していた。


 だが、今回の相手は動きが速く防御力も高い。召喚する妖魔もEクラスやDクラスが殆どでもある為、上位の妖魔を相手にして勝てるかどうかと言われれば否と言う他無い。


「……現状の被害は?」


『積極的に襲っているわけではないので、被害と言っても比較的軽微……いや、すみません。連日の襲撃で感覚が鈍りました。充分甚大な部類に入ります』


 司令部の報告では、回収車が十台近く破損して解体された妖魔も大半が端材になり、更には曲がり道などで壁面にも大小様々な傷を付けている有り様なのだとか。


 その報告だけでかなり嫌な予感がしてきたのだが、事態はより一層嫌な方向へと傾いていく。




『――――あっ!? え、焔刀鬼、脱走!!!』




「うぉぉぉぉぉい!? 流石にそれは洒落にならねぇって!?」


 緊急連絡の体さえ失った司令部のアナウンスに、思わず頭を抱えそうになって叫ぶ。焔刀鬼まで脱走したら被害のレベルが跳ね上がるだろう。


 現に今も、司令部から何かの破砕音らしき音声がこちらに届いてきている。その始末書は誰が書くと言われたら、この部屋を預かる俺しかいない。


「おいっす〜。また新しい妖魔来ましたね〜」


「伏原ァ!!! 煽ってんならその喧嘩買ったるぞオラァ!!!」


「おわっち!? ちょ、ゴミ投げんな!!!」


 何処か飄々とした様子で入ってきた伏原にムカついた俺は、その憎たらしく感じた顔に向かってポイポイとクシャクシャに丸めた紙を投げつける。


「……支部長。幾らストレスが溜まっているとはいえ、正式な書類を丸めて投げるのは如何なものかと」


「この機に乗じて個人的に欲しいもんのリストまで混ぜてる奴がいるからなぁ!!! そういうのを俺は認めやしねぇよ!!!」


「それはちゃっかりしてる人もいるもんですね〜」


「お前が言うな! てか、随分と機嫌良さそうじゃねぇか」


 コイツの機嫌がいい時は、何かしらの成果が得られた時か面白い、若しくは有用な素材を手に入れた時なんだが……


「今回入ってきたヤツなんですけど、アレ鬼刃裂きばさきですね。前にどっかの支部で見つけて取り逃がした妖魔です」


「鬼刃裂ぃ? ……あぁ、そういやそんなヤツがいたって聞いたことあんなぁ」


 確か信奥支部か濃野支部だったか。そこまで記憶にはないが、トカゲ系妖魔の上位種が見つかったと騒ぎになった話があった筈だ。


 何でも鱗がめちゃくちゃ硬くて銃火器が全く通らず、臆病なのかあっという間に逃げられて見失ったとか言ってたような……


「お前の機嫌がいいってことは、ソイツは有用なんだな?」


「有用どころじゃないですよ。鬼刃裂の鱗の硬度は現状の銃火器の威力を参照しても相当なもの。そして今回は封縛してることになりますから、今後はある程度安定して供給できると考えれば……」


「……武装の強化も現実的、か」


 送られる映像を観ながら伏原の言葉を脳内で反芻し考える。


 今はその鬼刃裂と焔刀鬼が邂逅しており、互いに殺す気で激闘を繰り広げ、そして周囲の壁や床、天井がどんどん破壊されていく。


 その攻め手である焔刀鬼が刀を振って弾く鱗は、硬質なのは勿論斬れ味も鋭いもののようで、耐久性に優れている壁面にもガッツリ突き刺さっている部分も確認出来た。


「……今回の被害で頭を抱えそうだったが、リターンはデカいと見ていいんだな?」


「鬼刃裂のランクは環境込みでAクラスでしたからね。ここなら一つ下げてBクラス認定でもいいと思いますよ。ま、素材はBクラスどころじゃなさそうですがね」









――――ニヤニヤ笑う伏原のドヤ顔が腹立たしいが、今回ばかりは目を瞑って見逃すしかねぇな。

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