第11話

 明らかに大ヤモリでも早贄蜥蜴でもないイグアナ系の巨大トカゲ。鋭い鱗が触れる草木を容赦無く斬り裂いているが、明らかにトカゲ系の妖魔というのに合致してしまっている。


「こりゃ、素手でどうにかなる相手じゃねぇだろ」


 シュルルルル……と、唸り声を上げて威嚇する巨大トカゲ。早贄蜥蜴の上位個体だと思っておくが、そのトゲトゲしいから鋭いに変わった鱗は何処からどう見ても素手で戦っていい相手じゃない。


 それはわかっているのだが、こうして捕捉されてしまった以上は逃げることも出来ないだろうし、何が何でも素手でぶっ飛ばすしか活路が無さそうだ。


 何せ、ここで引き返して逃げようにも絶対にコイツの動きは速い。トカゲ系は大半が直線距離の走行を得意としていて、弱点はカーブや障害物。


 ただ、草木をバラバラに出来る鱗の事を考えたらここらの木々など障害物には足り得ない。多分、逃げたら周りの木々をぶった斬りながら突っ込んでくるだろう。


 それに、ヘタに逃げ切ってしまえば追い掛けたコイツが市街地の方へ移動してしまうかもしれない。


 そうなったら最早本末転倒。人々に被害を出さないように調査に来て、結果的に人的被害が出ましたは草も生えやしない。


「昨日の影人もそうだけどな! なんでこうも素手でやり難い相手とやり合わにゃならねぇんだよ!」


 まるで恐竜のように鋭い鉤爪に、ティラノサウルスも怯みそうな鋭い牙。甲殻や鱗は鋭い刃物を貼り付けたようで、鉄パイプ程度じゃどう考えても殴った瞬間にバラバラにされる。


 そう考えたら身軽なこの状態が何気に最適解だったかもしれない。いや、どちらにしろ近接戦になるからどっちもどっちが正しいか。


 取り敢えず、やると決めたからには一発ブチかますのが優先だろう。


 グッパーと手を握っては開き、軽く慣らしてから一息で駆け抜ける。前回の影人退治で、俺は常道のやり方よりやりたいようにやる方が向いていると思い出したからな。


 接近戦が危険だなんて知ったこっちゃない。得物が己の足と拳しか無いんだったら、それでどうにかぶっ倒すしか選択肢は無いだろう。


 図鑑で見たセンザンコウのような装甲に覆われたトカゲに正面から接近すると、仰天したのかただでさえ丸い目を更にギョッと丸くしてたじろぐ。


 ただ、危険だというのは本能的に理解したらしい。すぐに臨戦態勢に移ると、大口を開けて威嚇しながらガチガチと鱗を揺らし鳴らし始めて――――




「――――っぶねぇ!?」




 シュン! と風を切る音と共に顔の横を何かが飛んでいく。


 後ろの木に突き刺さったそれは、奴の尾から放たれた雫型の薄い鱗だ。反射的に首を傾けたお陰でどうにか掠らせずに済んだが、そうでなければ頸動脈が大量の血を噴き出していただろう。


 再度奴の姿をよく見てみれば、完全に敵対したのか折り畳まれていた尾の鱗が開いており、まるで花が連なって咲いたような形に変化していた。


 そして、尾は天高く真っすぐ伸びており、その先端がユラユラと落ち着きなく震えていると――――



――――シュシュシュッ!!!



「だから危ねぇってんだろうがッ!?」



 どんな原理か不明だが、大量の鱗が矢のように飛んできて俺を斬り裂こうと襲い掛かってくる。


 その速さも相まって、まるで丸ノコの刃をぶん投げているような感覚だ。俺はどちらかと言うと投げる側だったが、投げられる側はこんな感覚なんだな。


 とはいえ、その鱗は大半が水平になっている。角度的に多少斜めっているのもあるが、コレくらいのスピードならまだどうにか出来る部類だ。



「シャァオラァッ!!!」



 避けきれないと判断した鱗に、下方向からアッパーカットのように鋭く拳を打ち込む。


 すると、見た目に反して軽い鱗は別方向からの衝撃を受けて簡単にその軌道を変え、あっという間にあらぬ方向に飛んでいく。


 それに驚いたのは対面の大トカゲだ。まさか自分の鱗をそのようにして防ぐとは思っていなかったらしく、射線がブレて何枚かの鱗が空に向かって飛んでいった。


 そんな好機を逃すわけがなく、次弾が撃たれるより前に距離を詰め、動揺から動きの悪くなった大トカゲの下顎に蹴りを放つ。


 だが、その感触はかなり硬い。狙えれば喉元を、と思って蹴ったのだが、まるでコンクリブロックを蹴ったような硬い感触。


 あまりの硬さに一瞬こちらの足に軽い痛みが走ったが、蹴ってやった相手にも結構な衝撃が走ったようでその頭は大きく上に上がっている。


「ダメ押し一丁ッ!!!」


 だから、さらに身体を捻る形で回してから無防備な喉にもう一発。こちらはまだ柔らかく、奴の喉には靴の形の足跡がボコッと突き刺さる。


 その一撃で大きく仰け反り吹き飛ぶ大トカゲ。かなり大きい割には二発の蹴りで吹き飛んだ――――




「――――ッ!?」




 危険を察知してすぐにバックステップで下がるものの、完全には避けきれずに右前面に一筋の切り傷が刻まれた。


 今の一瞬で何をされたのか。それは、蹴りの衝撃を利用してそのまま後ろに回転し、鋭い鱗が生え揃う尾でこちらの身体を斬ろうとしてきたのだ。


 謂わばサマーソルトと呼ばれるような攻撃に、着ていた作業着とタンクトップの右前面が斬り裂かれ、薄皮も斬れて血が滴り始める。


 そこまで重い傷ではないが、一番問題なのは攻撃後にそのまま森の中に潜伏した大トカゲ。


 完全に木々の中に紛れ込んでいるらしく、ここからでは視認するのがほぼ確実に不可能。尚且つ、向こうからは狙撃するように鱗という名の刃が何発も飛んでくる。


 それでどうにか位置はわかるのだが、相手もジッと待つことはせずに動き回っているようで、四方八方から迫る鱗の対処に回らざるを得ない。


 シュンシュンと風を切って飛んでくる鱗を叩き落とし、時にはスウェーで避け、場合によっては力余ってそのまま砕く。


 ただ、正直に言えばこれはジリ貧だ。いつまでも受け身でいるとこちらのスタミナが先に無くなるし、避けきれずに掠って傷付けばそれだけ消耗も早くなる。


 出来る限り早く決着をつけたいが、それをするには逃げ回る大トカゲを探し出して叩き潰さなくてはいけなくて…………







「――――あァ、メンドクセェなぁ、オイ」






 こんなに面倒臭いのは、昔喧嘩を吹っ掛けてきた暴走族が昼夜問わずエンジンを吹かせてバイクで襲撃してきた時以来だろうか。


 あまりの鬱陶しさにイライラが怒りに変わり始め、だんだんと飛んでくる鱗も避けるのが面倒臭くなって力技で壊すようになってくる。


 ガラスを割るように砕き続けているが、未だに残弾が残っているようで枯れる様子も見えない。




「……そっちが狙撃でチマチマやるってんなら、こっちにもそれ相応の考えがあるぞ」




 俺は、地面に落ちている割れていない鱗を何枚か拾い上げると、飛んでくる鱗も数枚軽く打って回収して、それから一息で木の上に跳び上がって姿を隠す。


 向こうが隠れっぱなしなんだから、こっちが姿を隠したって問題はないよな?


 その行動は正解だったようだ。大トカゲの狙撃は完全に止まり、索敵をしているのか風切音の響く山中に静寂が訪れる。






――――――さぁ、ここからボコボコタイムの始まりだ。その鱗全部引っ剥がすつもりで相手してやるから、覚悟しとけやトカゲ野郎。

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