第10話

 本気の喧嘩で影人をぶっ倒した翌日。俺はいつも通りの解体業務に勤しんでいた。


「よっと! 次はどれを運びゃぁいいッスか?」


「そっちの頭部を頼む!」


 今、班長達と一緒に解体しているの剣鉈蟷螂けんなたかまきりと呼ばれるDクラスの妖魔だ。


 名前通り剣鉈のような鎌を持つ危険な妖魔で、縄張りを主張する為に周囲の木々を斬り裂いて傷を付ける習性がある。


 その為、市街地に迷い込むと縄張りを主張して電柱や標識、信号機を攻撃して破損させてしまう事が多々あるのだ。


 オマケに肉食なので人が見つかれば間違いなく斬り裂かれて頭からバキバキと食われることになる。


「いやー、気合入ってるねぇ。こりゃ解体業の先輩として私も負けていられないかな?」


「慶治の気合が入ってんのは妖魔の討滅許可を俺が出したからだよ。Dクラス妖魔を一人でぶっ倒せるんだったら、解体より駆除に回した方が有用だからな」


 ポイポイと解体した部位を回収車に放り込んで載せていく姿を見た先輩がそう言うが、班長はそれの理由を話して軽く一蹴する。


「え? 慶治、Dクラスの妖魔を倒したんですか!? しかも、たった一人で!?」


「おう。影人の得物持ちを素手でぶっ倒したってよ。昨日の群れの規模を考えりゃぁ、上位個体が紛れたっておかしくはなかったからな。俺は嘘だとは思っちゃいねぇよ」


 Dクラスの妖魔というのは、通常であれば余程の経験者か実力者でなければ一人で戦うことはしない相手らしい。


 研究所所属の討滅部隊であっても、一般隊員なら個人ではなく複数人で挑むような相手。それがDクラスの妖魔なのだ。


「慶治の腕っぷしは強いと聞いてたけど、まさかDクラスの妖魔を一人で倒せるなんて……」


「正直、最初は結構ビビってたんスけどね。やってる間に昔を思い出して、そこからは割と楽にやれましたよ」


「へぇ〜……慶治なら案外Cクラスの妖魔も一人で倒せるんじゃないかい?」


 先輩が明らかに冗談交じりに言うもんだから、思わず俺も班長も顔を見合わせて笑ってしまう。


 何せ、Cクラスの妖魔となればそれはもう一人で相手するような妖魔じゃなくなるのだ。研究所の精鋭であっても、単騎ではなくチームで戦って倒す相手。


 それは解体業務を行う俺達がよく理解している。何せ、討滅された妖魔の大半はそのCクラスの妖魔なんだからな。


 今解体している剣鉈蟷螂だって、大きい個体はCクラスに指定される程の妖魔なのだ。複数の隊員で仕留めたと聞いているが、本来はそれが普通の事。


 間違っても俺のように単騎で挑んで勝とうとするような奴は、余程の天才か馬鹿かのどちらかに絞られる。ちなみに俺は言うまでもなく後者だろう。


「しかし、ここ最近は異常なまでに妖魔の動きが活発だな。真宮、なんか聞いてるか?」


「今年はあちこちで大型妖魔やAクラス妖魔の討滅作戦が実行されてるって聞いてますよ。多分、仕留め損なった妖魔がアチラコチラに動き出して下も動かざるを得ないんでしょう」


 真宮先輩はウチの社内でも結構な情報通で、他の業者ともそれなりに親しくしているからこそ、他方での情勢についてもかなり詳しい。


 そんな先輩の話によると、今季は西海支部のみならず日本各地の支部で大規模な討滅作戦が行われているらしく、仕留め損なった妖魔も幾らか出ているそうだ。


 そして、そんな妖魔が傷を癒したり縄張りから離れたりした事で、それより弱い妖魔が危機感を覚えて従来の縄張りから人里の方へ移動するようになった。


「まぁ、ここ暫くは大規模な討滅作戦なんて何処も出来ちゃいなかったからな。これ以上Aクラスの妖魔が増えられたら困るのも理解出来る」


「その皺寄せで一般市民に被害が出ないといいんですけどね」


 バラした蟷螂の羽と腹を回収車に突っ込みながら、班長と先輩の話に静かに同意する。


 妖魔はランクが高くなればなる程、周りに与える被害も尋常じゃないものになる。話に出ているAクラスの妖魔にもなれば、ヘタすれば都市部が壊滅する可能性さえ有り得る程の危険度なのだ。


「今年は色々荒れてるみてぇだからな。中国やフィリピン方面じゃ台風や嵐の被害も出始めてる」


「自然災害が妖魔に成り代わって、余計に対処が難しくなりましたからね……」


 今の世界では、自然災害というものは総じて妖魔が引き起こすものに変わっている。


 姿形は様々なれど、元々脅威的な災害が妖魔になってより一層危険になった事は、どの学者も『人類にとって最大級の悲劇』と称した程。


 アメリカの山火事も、ロシアの大雪も、東南アジアで頻発する台風も、中東やアフリカ北部の砂漠地帯で起きる砂嵐でさえも、今では巨大で強大な妖魔が引き起こしている。


 日本で起きる噴火や地震、そして南から襲来する台風は軒並みAクラス妖魔であり、場合によってはその更に上であるSクラスに指定されることさえ有り得る。


「――っと、慶治! 研究所からの御依頼だ!」


「うっす!!!」


「場所は北の自然公園付近! トカゲ型妖魔の姿が確認されたってことで、調査と可能なら討滅だ! こないだの残党がいるかもしれねぇから気ぃ付けろ!」


 この間の残党というのは、以前解体したトゲトカゲの事を言っているのだろう。


 アレは早贄蜥蜴はやにえとかげというトゲに獲物を刺して更に獲物を引き寄せたり、保存食として蓄える習性があるDクラスの妖魔だった。


 恐らくその時のはぐれか幼体だと判断しているようだが、それでも場合によってはDクラスの危険性がある筈だ。


「んじゃ、派手にぶっ潰してきますよ!」


「おう! しっかり暴れて帰ってこいや!」


「大怪我には気を付けるんだよ〜!」


 こうして、俺は班長と先輩に見送られる形で北の自然公園の近くに向かって走っていった。


…………トラックで近場まで運んで貰った方が絶対に楽だったな、うん。














 安積山自然公園は、昔起きた妖魔によって破壊された自然公園を復旧させて再建された比較的新しい自然公園だ。


 他の自然公園は破壊された後に再建されることは無かったが、ここだけはとある目的の為に再建されたという理由がある。


 その目的こそ、妖魔を引き寄せる囮というもの。謂わば餌場や繁殖地として使える公園を作り、そこに妖魔を集中させることで市街地等のエリアへの進出を抑制させる。


「そういえば、大ヤモリの可能性も有り得るって班長は言ってたなぁ……」


 トカゲ系の妖魔は小型の妖魔を食べることも多いが、早贄蜥蜴も大ヤモリもその習性が特に強い。


 大ヤモリであればEクラスであり、余程の大きさでないとDクラスにも届かない。早贄蜥蜴もその図体とトゲは危険だが、しっかりと間合いを取れば恐れるような相手でもないそうだ。


 だから、今回は前回の反省を活かして、鉄パイプをトラックの荷台に積んで…………あ!?



「トラックで来てねぇじゃん!?」



 ちゃんと会社で自分用の鉄パイプを積んだまでは良かったが、その後にこの公園付近まで突っ走ってきたので、鉄パイプは今もトラックの荷台の上だ。


 流石に武器を現地調達するのは無理があるので、どうにか素手でやり合えるような相手だといいんだが……


「大ヤモリ来いよ大ヤモリ。早贄蜥蜴は来んな。大ヤモリで来い大ヤモリ」


 早贄蜥蜴と違って、大ヤモリは表面にトゲも何も無いタダのデカいヤモリだ。それならば、まだ素手で殴るなり思いっきり蹴っ飛ばすなりしてやれる。


 そう思いながら、所々に木々の立ち並ぶ自然公園をゆっくりと歩く。夜中だから人の気配は全く無いが、日中はここも老若男女様々な人達が訪れる場所だ。


 そんな場所に武器になりそうな物があるわけもなく、ちょっと長い木の枝くらいしか拾えそうにない。


 流石にそこらの木の枝では碌なダメージも与えられないだろうし、一発叩いたらその時点で木っ端微塵になるだろう。


「さぁて、いるとしたらこっちの山に近いところだと思うんだが……」


 自然公園には大きな遊水池と遊歩道とで成り立っており、更に北側に行くとそこからは天然の山の領域に変わる。


 比較的開けている公園よりも、隠れ場所の多い山中の方が種族的にも居そうな気がしていた。案外、妖魔は種族としての特性や本能を色濃く残しているものも多いのだ。


 例外は狂骨や影人といった部類だろうが、動植物から昆虫、魚類に至るまで、生物としての身体を有するものは大抵野生動物に近い行動しかしない。


 違う点があるとすれば、普通の野生動物よりも知能が高くて学習能力もかなりのものだと言うところだろう。そのせいで、Bクラス以上の妖魔は確実に討滅することを求められているのだが。





――――そんな事を考えながら、整えられていた山道を歩いていた時だった。





「…………あ」





 ガサガサと、辺りの草木をかき分け……いや、鱗で斬り裂きながら山道に出てきた巨大なトカゲと、俺の目がバッチリと交わされた。

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