第6話

 翌日の夜。ほんの少し雲の目立つ夜空の下で、俺は巨大なカラスの妖魔の死骸を拾い集めていた。


「うわ、コレとか相当デカいっすね」


「早めに駆除されてよかったぜ。こんだけデケェと近くの子供も狙われるだろうからな」


 俺が持ち上げたのは大鴉おおがらすと呼ばれている妖魔で、ゴミを漁るカラスが変異したEクラスの妖魔である。


 元々カラスは雑食らしいが、妖魔化したこの大鴉は雑食は雑食でも肉好きの雑食になり、最近では留守中に家を荒らされる被害が多発していたらしい。


 何せ、小さい個体でも120cm程度。今持っている個体は200cmを超えているので、そのパワーを考えれば窓を破ることも容易だろう。


 最近では殆どいないが、ペットとして猫や犬を飼うような家もあり、そういった生き物を狙う妖魔としても知られてはいるが……


「ヘタしたら、向こうの幼稚園や小学校が狩り場になってたかもしれねぇんですね」


「だなぁ。外でワイワイ遊ぶ子供なんざ、昼間も気にせず飛び回るコイツらにとっちゃ手頃な獲物だろうよ」


 起こり得る未来を考え、思わず身震いしそうになる。昔のパニック映画を見せてもらった事があるが、そのようなことが現実で起きたらとその時も同じ様に考えて震えた記憶があるのだ。


 まぁ、それを危険視したからこそ既に死骸となって散乱しているわけだが。聞けば殆ど散弾で撃ち落としていたらしい。


「ひのふのみの…………大体五十ってところか」


「結構デカい群れだったんですね」


「元々大鴉は群れやすいがな。それでもここまでの群れは早々見られねぇぞ」


 経験豊富な班長がそう言うくらいなのだから、今回の大鴉の群れは規模という意味でかなりレアだったのだろう。


 確か、素材としては羽根を矢に使える。鳥系妖魔全般は羽根という貴重な矢の材料が手に入るからと、回収されれば多分研究所で羽根を毟られることになる。


 そんな大鴉の死骸をポイポイと回収車に放り込んで積んでいくと、あっという間に路上に散乱していた大鴉の群れの跡は綺麗サッパリ無くなっていた。


「妖魔のいいところは、細々した部分の掃除までしなくていい事かもしれませんね」


「そうだなぁ。普通だったら血の跡やら千切れた羽根やらでもっと汚れるが、妖魔は勝手に消えてくれるからそこはいいよな」


 妖魔の死骸は放置しているとあっという間に霧散してチリ一つ残さず綺麗に無くなる。


 回収車には霧散防止の機能がついているが、それが無ければ大体二、三時間もあればどんな妖魔も消え去るのだとか。


 ただ、霧散すると妖魔の力が辺りに撒き散らされることになるらしく、それを好む妖魔が寄ってきたり新しい妖魔が育つ土壌を作ってしまったりと、兎に角良いことは何も無い。


 研究所が回収車を走らせて妖魔の死骸を回収していくのはそういった理由もある。駆除した妖魔が原因で新しい妖魔が増えまくりました、なんて笑い話にもならないからな。


 しかし、夏場になると妖魔が増えるというのは聞いたことはあったが、実際に経験するとこうも大変だとは思わなかった。


「次の現場は何処なんです?」


「えーっとだな……お、解体じゃなくて討伐だな。影人かげびとが湧いたから人海戦術で潰すんだとよ」


 今回は先輩も別箇所の応援に行っていて班長とタッグで活動していることもあり、多分社内で現在一番フットワークが軽いのが俺達になる。


「場所は何処です?」


「こっからそう遠くねぇよ。ほら、あっこの小学校の近くだ」


 そう言って班長が指差した先には、昼間なら子供達がワイワイ騒いで駆け回る広い校庭を有した小学校が建っている。


「影人は大人なら問題ねぇ妖魔なんだがな。子供だと興味本位で近付いて攫われるのが多いんだよ」


「そりゃぁ……成る程、納得しました」


 小学校の近くでそんな妖魔が彷徨いているとなったら、保護者の方々の心配というものも無尽蔵に湧いてくることだろう。


 荷台に乗る羽目になる鬱屈感も、場所と妖魔の習性を聞いて完全に霧散した。


「影人ってヤツは、狂骨と比べたらどれくらい危険ッスか」


「どっちも大差ねぇよ。同じEクラスの妖魔で、人を積極的に襲うか否かの違いしかねぇんだ」


 なら、今回も俺の馬鹿力を使うしか無いだろう。狂骨もワンパンでぶっ倒せたし、影人とやらも力一杯殴れば倒せる筈だ。


 気合十分で荷台に乗り込んだ俺の姿を見て、笑いながら運転席に乗りトラックを動かす班長。








――――ボロトラックの荷台に打たれてちょっとケツが痛くなったが、全然気は滅入っていない、滅入っていないぞ。











 前の狂骨退治より移動時間は掛からなかったが、それでもジワジワと喧しいくらいに痛みを訴える俺の下半身の一部。


「今度はクッションでも持ってこねぇとな……」


「デケェのは持ってくんなよ。邪魔にしかならねぇからな」


 痛む箇所を軽く擦る俺を見て笑いながら話す班長だが、すぐに表情を真面目なものに変えると俺に向かって影人についての情報を教えてくれる。


「影人は大人以上の身長がある細い人影だ。性質として研究所は『誘拐犯』っつってるが、子供を攫いまくると『殺人鬼』に変わる」


「……情報としてはそれだけでも充分なくらいですけどね」


「過去にゃ刃物持って襲い掛かるような危険なヤツも見つかってるそうだ。今回のはそこまでじゃねぇと思いてぇが、何匹かいるってのがなぁ……」


 今回の影人も複数体確認されているらしく、軽く見積もっても八体くらいはいるのではないか? ということらしい。


 影人は子供にとっては脅威だが、大人なら案外簡単に倒せる相手でもある。特に『誘拐犯』と評される状態なら、鉄パイプ等で殴り倒せばそれで終わるとか。


 取り敢えず、俺は『高身長の黒い影』を探すようにすればいいだろう。後は、稀に『刃物』を持っているヤバい奴がいるというのもだ。


「多分大丈夫だろうが、得物持ちが出たらすぐに逃げろよ。影人自体はEクラスだが、得物持ち出したらDクラスになるみてぇだからな」


「そうッスね。俺も気をつけますんで、班長も気ぃつけてください」


 Dクラスの妖魔ともなれば、その危険性は一気に格が上がる。研究所曰く『弱くてもクマやサメのような猛獣』くらいの強さがあるのがDクラスだ。


 そんな相手と戦うとなれば、殆ど一般人と変わらない俺達じゃぁきっと厳しい事になるだろう。ま、武器がある分未知数なところも多いが。


「んじゃ、俺はあっちの方見てきます。もしかしたら、またはぐれがいるかもしれないんで」


「あー……はぐれの事を考えてなかったな。わかった、お前はそっち見てこい」


 鉄パイプを担いだ班長が今回の捜索範囲の方へ歩き出すと、俺はその反対側に向かって通りを歩いていく。


 前回の狂骨もはぐれ個体がいたわけだし、一人でも残せば将来的に子供達に被害が出る可能性が高い。


 そして、そんな奴をのさばらせておく訳にもいかないというのはバカな俺でもわかる。だから、今回も一体も逃さずぶっ倒して研究所送りにしてやらねぇとな。




 そう思い、人気の無い通りをゆっくりと歩く。周りの家やマンションに明かりは灯っておらず、誰も彼もが穏やかな夜の帳に包まれて眠っているようだ。


 夜は妖魔の時間であり、昼のざわめきも月明かりのみの夜では虫の囁き程度の音に変わる。これは、強力な妖魔の一体が効率良く獲物を狩る為に、この世界の夜をそのような空間に変えたと言われている。


 実際、夜になれば激しい戦闘音も殆ど響かず、ただ振動だけが戦闘中である事を周りに報せるのだ。


「……思ったより離れちまったな」


 ふと振り返ってみると、いつの間にか班長と別れた地点からかなり遠いところまで来ていた。考え事をしながら歩くのはあまり良くないかもしれない。


 今回は空振りで終わりそうだ……そう思い、少し遠回りで班長のところへ戻ろうとして、視界の端に何かを見る。



…………影人、か?



 ほんの一瞬だが、何かしらの影が動いた。それが何なのかはわからないが、もし影人なら討ち取らなくてはならない。


 息を潜めながら、違和感を感じた通りの方へゆっくりと歩いていく。ヘタに音を出せば、耳の良い妖魔等はすぐに勘付いて動いてしまう。


 そして、ブロック塀に手を付けてそっと左側の通りを見る。勿論、最後の最後まで気を抜かないようにして、だ。




――――そこにあったのは、月明かりに照らされた長身痩躯の妖魔の姿。





 影のように黒い身体に長い黒髪。その手には長い刀を持ち、ゆっくりと通りを真っ直ぐ歩いている。


 その身の丈は恐らく4m近い。手足もスラッとして長く、腰回りには武者鎧風の装甲を身に着けている。


 コレは影人なのか? バカな俺でも違う妖魔なのではないかと思ったが、班長から聞いた情報とそこまで相違していない。


 高身長の黒い影のような身体に、その手には刃物……というより刀を持ち、気配はかなり薄弱。何より、子供が引き寄せられそうな見た目でもある。


 流石にコレは危険だ。そう思い、その場を離れようとして…………すぐに思い留まる。


 何故なら、その影人が歩いている方向が班長やその他の人達が捜索を行っている方向なのだ。意識して向かっているわけでは無いだろうが、このまま放置すれば何れコイツが班長達に気付く距離まで近付くことになるだろう。


 そうなった時、班長はこの妖魔に勝てるのか。答えは絶対『いいえ』だ。コレだけ大きくて武器も持っている相手に、一般人が勝てるわけがない。







「――――やるしかねぇよなぁ」







 やるべき事はただ一つ。多少の無理や無茶は承知で目の前のコイツを足止めし、あわよくば思いっきり殴り倒す。


 その覚悟を決めた俺は、身を隠す事なく通りの真ん中に立ち、振り向いてこちらを見る赤眼の影人と対峙した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る