第5話


「…………それで、百骨童子と交戦し無事鎮圧した、ということだな」


「えぇ――――尤も、赤柄隊も風華隊も相当な被害を出しましたけどね」


 翌日、昨夜未明に起きた『百骨童子襲撃事件』のレポートを受け取る支部長は、秘書の報告も合わせて聞いて眉間にシワを寄せていた。


 今回、回収した狂骨の中に破損した百骨童子が混ざっていたのだと、第一発見者だった回収班の職員達から確認を取っている。


 ただ、百骨童子は危険度としてはAクラスの妖魔であり、その配下である骸骨兵でさえCクラスの危険度を誇る妖魔なのだ。


 倒そうと思えば素人でも倒せるEクラスの狂骨とは違い、委託した解体業者や新人の手に負えるような相手じゃない。


 そもそも、エリートクラスの部隊員を何十何百と集めて漸く討滅が可能なのがAクラスに指定される妖魔なのだ。


 今回の百骨童子とて、隣の濃南支部で討滅作戦を行い、現地の部隊に大きな被害を出した正真正銘の大妖魔。流石に敵わずこちらの方へ逃げたようではあるが、それでも単なる解体業者が勝てる訳が無いのである。


「濃南支部には一報を入れておくとして、だ。今回の件で考えられる可能性は何があると思う?」


「……ここに運び込まれた時点でかなりの損傷があったようですので、恐らく縄張り争いに負けた百骨童子が瀕死の状態で放置され、それを何も知らない解体業者が狂骨と誤認して積み込んだのが一番高いかと」


 どうやら秘書の考えも同じようだ。この件で一番可能性の高い筋書きというのは正しくコレ。


 まず、濃南支部の討滅作戦を受けて大きな被害を与えた百骨童子。向こうの支部の情報だと、旧式とはいえ戦車と装甲車を簡易的な近代化装甲で改造した車両を大量に導入して開戦したと聞く。


 その結果、使用した戦車と装甲車は三十両をスクラップにし、更に二十両は修復可能だが廃棄した方がいい状態にさせられたという。


 幸いなのは参加した部隊員に犠牲が出ていないことだろう。戦車乗り達もエリートクラスの部隊員も重軽傷者多数だが、参戦していた約三百人の人員に死者は出なかった。


 ただ、この時点で劣勢を悟った百骨童子は大量の骸骨兵を囮に戦場から離脱。獅子奮迅の戦いを繰り広げて骸骨兵を掃討した頃には、山側に逃げた百骨童子の後を追うことは難しくなっていたという。


「で、山側からこっちに来た百骨童子は妖力を消費していて恐らく相当弱っていた。骸骨兵を呼び出すのもタダで、ってわけじゃないだろうからな」


「研究者曰く、悪感情や呪詛、瘴気等を妖力と共に骸骨兵に変換しているのではないか、ということでした。濃南支部の戦場に大量の骸骨兵を置いてきたともなれば、失った量的にも弱っていたのは間違い無いでしょう」


 百骨童子の骸骨兵は妖魔の有する力の源である妖力を使って、周囲の悪感情や呪詛等の負の力を媒体に呼び出されていると考えられている。


 そして、骸骨兵が死ねば霧散した妖力や負の力を再利用して再召喚。勿論、呼び水として多少の妖力は使うようだが、それでも再召喚する事自体はかなり低コストで出来る、というのが研究者の見立てらしい。


 その上で、疲弊していた百骨童子は山中で何かしらの妖魔と遭遇して戦い、どうにか生き延びるも瀕死の状態で野に晒された。


 それが狂骨の死体と間違われて回収され、結果として研究所に運び込まれて封縛の形になった。粗はあるだろうが、コレが一番近い答えだろう。


「狂骨の出現地点は複数ありますから、位置の特定は少し難しいですね……」


「虱潰しでどうにかなるっちゃなるが、そこまですることでもねぇか。しかし、これもまぁ有り得る考察だがしっくりはこねぇんだよな」


 まず、百骨童子はAクラスの妖魔で、弱っていると言えども並大抵の妖魔に負ける程ヤワな存在ではない。


 それに相性の問題はあるだろうが、それでもAクラスの妖魔同士で戦闘が起きれば瀕死の状態で終わる事さえ稀であると言える。


 最後に、そのような戦闘が起きていたのならまず間違いなく前兆を察知できる。どんなに山奥であっても、戦闘音や振動まで完全に消せるようなものではないからだ。


「まぁ、経緯はこんくらいでほっとくとして、鎮圧後の百骨童子の様子はどうだ?」


「そちらはまぁ、比較的落ち着いてます。収容室内の調整で管理員がイラついてますがね」


 百骨童子の管理はかなり繊細。収容室内の負の力の分量を一定に保たないと、すぐに脱走を試みようと暴れ始めるのだ。


 多過ぎると大量の骸骨兵を生み出して氾濫させてくるし、少な過ぎると危機感を抱いてその手に持った骨剣で収容室の壁を斬り裂いて脱走する。


 何故わかるかと言ったら、既にそれで度々脱走が起きているからだ。お陰で夜勤組が機嫌悪くて空気も悪くなっている。


「脱走回数はもう二桁に迫ろうとしてます。ただ、ここだと骸骨兵の骨が採取出来るのでそれが唯一の利点ですかね」


「つっても、武器防具には使えねぇし、いいとこ肥料ってんだからやってられんよなぁ……」


 百骨童子の収容メリットは骸骨兵の骨。肥料として狂骨の骨よりも栄養分的に良いらしく、試験室の作物の成長速度も結構速くなるそうだ。


 ただ、脱走時の被害を考えると天秤に釣り合うかどうかは微妙なライン。作物関係の食料自給率は上がるだろうが、割に合うか聞かれたらワンチャン手が出てもおかしくない。




「ちょっと失礼しま〜す。現状の百骨童子の研究データ持ってきたので、適当に把握しといて下さい」


「……伏原さん。仮にも支部長の前なんですから少しは態度を取り繕ってくださいよ」


「メンドいんでパスで。あ、でもあの骨みたいな研究対象増やしてくれたらちょっとは検討します」




 そう言って、簡単にまとめられたレポートを支部長の机の上に軽く放る研究員。これでもこの支部内では数少ないエリート研究員なのだから、こういう事でヘタに罰する事も出来ない。


「軽く試しましたけど、骨は術式関係でも使えますね。試しに水に溶かしたら、呪符用の墨と相性いいのか出力が上がりましたよ」


「ふむ……これなら、多少は脱走時の被害を考えても天秤が釣り合うようになったか?」


「そこら辺は知らないです。でも、触媒としてなら割と使えなくはないですね。Cクラス妖魔が元の触媒が沢山手に入るって考えれば得かな?」


 妖魔の素材は使い道という意味で損をしない素材であり、あればあるだけ欲しいと願う企業も多い。


 今回の百骨童子が呼び出す骸骨兵の素材も、主に農協が得意先になるかと思っていた。


 だが、術式関係で使えるなら話は別。他支部も含め、妖魔の技や特性を元にした術式の強化が出来るというのなら、工業や産業系の企業もそれを欲すること間違いナシだ。


「にしても、百骨童子なんてよく封縛出来ましたね? いつ作戦を実行したんですか?」


「それが何もしてねぇんだよな、コレが」


「瀕死の状態で狂骨の回収車に紛れ込んでいたそうですよ」


「……へぇ? それはまた、随分と不思議な事があったんですねぇ」


 確か、損傷箇所は顔面と右腕。それと、左手首も損傷していたように見えたらしい。考えれば考える程、あまりにも軽過ぎる損傷だ。


「正直、なんで百骨童子が紛れてたのかなんて全くわかりゃしねぇんだよな」


「そんなの、討滅部隊がやっつけて回収車に放り込んだって……」


「狂骨の討滅任務は委託先の解体業者がやっていたんですよ」


「あ、理解。Aクラス妖魔の解体(暴力)が出来る業者とか、いたら速攻でここにスカウトされてるわ」


 解体業者がAクラス妖魔と戦って勝てるわけがないし、骸骨兵が呼べないくらい弱ってたとしても素の身体能力で負ける程百骨童子という妖魔は弱くない。


「今後は警戒網も見直してちょいと警戒を高めていく。百骨童子とやりあった妖魔がもし生きてたら、少なくともAクラスの妖魔が近隣にもう一体いることになるからな」


「ま、それが妥当でしょうね。こちらも研究開発に勤しむんで、試作品や試験の協力は頼みますよ」






――――こうして、西海支部のかなり上層部の者達による報告会は終了した。肝心の百骨童子を倒した相手の尻尾だが、どうやらまだ掴まる様子はなさそうだ。

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