第4話

 慶治が次の解体現場で作業をしている頃、狂骨の死体を回収した車両は積み荷を満載にした状態でこの地区の支部である研究所に到着していた。


「こちら回収班。回収任務から帰還しました」


『了解。三番ゲートを開放します』


 車内の無線機から管制室に連絡を入れると、指定されたゲートのランプが点灯して門が横方向に水平に開く。


 それを確認したら、周りに他の車両が無いか確認して、ゆっくりとそのゲートを通って広い部屋の中に停車する。


 すると、開いていたゲートが閉じて密室の中に閉じ込められ、そのままゲート内の部屋が揺れ始める。


 ここはエレベーターとなっていて、そのまま研究所の施設内に直通となっているのだ。大型車両もそのまま入ることが出来るので、回収班の車両は大抵このゲートを使って研究所に回収物を運び込んでいる。


 暫くの振動の後、ガタンと大きく揺れてから閉じていたゲートが開く。



「お疲れ様です! 八番に案内します!」


「八番了解!」



 ここは研究所の地下……という名目の別世界だ。日本の神々が妖魔の捕縛や研究を行う為に、態々専用の空間を作ってくれている。


 何故なら妖魔というのは生命力が強いものも多いし、毒性も下手すれば原発の放射能より危険なものさえ有り得るからだ。


 そういったものを処理したり加工したりするとなれば、表の世界よりこうして専用の空間を作って作業を行った方が、もし事故が起きたとしても被害は大きく抑えられる。


 何より、この空間であれば妖魔が脱走するのも防ぐことが出来る。ここにその魂魄を縛る為、地上に出ようとしてもすぐに引き戻されて出られないのだとか。


「オーライ! オーライ! オーライ!」


 職員の声に合わせて八番の回収部屋に回収車を停めると、荷台を動かして積んでいた狂骨の死体をバラバラと床に広げる。


「結構な量になりますね」


「割と多かったみたいだな。夏場だから仕方ねぇ部分もあるけどよ」


 回収車を降りると、後は俺も選別作業だ。とは言え、狂骨の素材は基本的に薬草や香木等の栽培用の肥料なので、やることは大きい骨と小さい骨で適当に選り分けるだけ。


 特に今回は形の残っているデカい骨が多い。確か、今回担当した解体業者は委託先としてそこそこ経験もあると聞いているから、狂骨の狩り方もそれなりに心得ているのだろう。


「おわ!? こっちの骨とか丸々残ってますね!」


「おぉ、マジだ……腕とかは折れてるが、ほぼほぼ完品じゃねぇか。このまま標本にしたいくらいだな」


 ヒビ割れた顔面と折れた右腕以外はそこまで損傷の見られない狂骨も混じっているし、今回は結構当たりの部類だ。


 下手な奴だと兎に角やたらめったら殴りまくるので、身体の骨の大半がゴミみたいな欠片になって選り分けるのが面倒になる。


 その点、今回のように殆ど損傷無しでデカい塊がある方が後処理が楽で嬉しい。まぁ、箱に詰めるのは少し大変だが……


「すいません! 箱持ってきたんでここに置いときますね!」


「お、ありがとさん。どうせだ、お前も一緒に……」


「あ、他にも仕事あるんで」


 箱を持ってきた職員を巻き込もうとしたが、やはり選別作業は面倒なのだろう。あっという間に断ってそそくさと逃げようとし――――




「……あれ? その骨、動いてませんか?」


「あ? ……あぁ、確かに動いてるな」




 どうやら、ちゃんと仕留め切れていなかった狂骨が混じっていたらしい。顔面がバキバキになっていたキレイな全身の骨格標本が、かなり緩慢な動きで起き上がろうとしていた。


 随分キレイな骨だと思ったが、死んでいなかったと言うなら納得だ。こういう妖魔は完全に仕留めないと持ち前の再生力ですぐに回復するから、それでここまで完品の状態で運ばれてきたのだろう。


 取り敢えず、腰に付けた警棒を引き抜いて縮めていた部分を伸ばす。狂骨の相手ならこの棒切れ一つで充分だ。


 そう思い、少しフラついた様子の狂骨にゆっくりと近付いて、俺は頭を砕いてやろうと警棒を振り上げて…………






「…………あ?」






――――何故か、頭の無い自分の体をその視界に収めていた。













 ビーッ!!! ビーッ!!! ビーッ!!!





『八番部屋で異常発生!!! 八番部屋で異常発生!!! 付近の職員及び警備部隊は至急対応してください!!!』





 研究所内でけたたましく鳴り響くアラート音。監視カメラで確認していたのであろう女性スタッフが、かなり焦燥した様子でスピーカーから警告を行う。


「や、やめっ!?」


「ひ、ヒィッ!?」


 八番の回収部屋。そこからは大量の骸骨達が湧き出ており、その手に骨の刀を持って近くの職員を片端から斬り裂いて殺していく。


 中には応戦しようとした職員もいたようだが、標準装備である警棒は真っ二つに斬られて、作業着も袈裟斬りにされて血を滴らせている。


 特に酷いものは複数本の刀で突き殺されたようで、その身体には何十と刀で突かれ穴が空いて、どくどくと血を流していた。



「いたぞ! 撃て撃て撃て撃て撃て!!!」



 既に研究所内は刀を持った骸骨達が彷徨いている。武装した警備部隊がその集団を見つけて、その手に持つ銃器で蜂の巣にするのも殆ど御約束の流れであった。


 弾丸を受けて弾け飛ぶ骸骨兵。バキャバキャと心地良い程の音を立てながら砕け散っていく。


 だが、それで終わるならまだ楽だった。先頭が撃たれ死んでいくと、後方にいた骸骨兵は刀を投擲して警備部隊を攻撃する。


 骨の刀ということもあって大抵は弾丸に当たり砕けるのだが、運悪く弾幕をすり抜けた刀が何人かの警備部隊の隊員を貫いて仕留めていく。


 そしてそれは弾幕の減少にも繋がり、徐々に投擲して飛んでくる刀の量が増えてくると、警備部隊は継戦不可と判断して後退を始める。


 そうなれば後は終わりだ。銃の弾も無尽蔵ではない故に、リロードのタイミングが来ればその時点で駆け寄られた骸骨兵に襲われて屍に変えられた。


「こちら警備部隊!!! 誰だコイツを狂骨だとほざいた連中は!? 普通に討滅部隊が動くような輩じゃねぇか!!!」


『そんなこと言われてもしょうがないじゃないですか!!! 既に近隣の部隊にも連絡してますので、どうにか耐えてください!!!』


 警備部の人員は言ってしまえば交番勤務の警察くらいの実力で、骸骨兵は少なくとも中東のテロリストレベル。


 例として適切かどうかは不明だが、両者の装備の差などを考えればどれくらい実力に差があるか薄々わかるのではないだろうか。


 簡易的なバリケードで応戦しつつ、無限湧きの骸骨兵を破壊する警備部隊。ここまでで、既に研究所の回収部屋周辺は完全にこの骸骨兵達に制圧されてしまっていた。


 だが、骸骨兵達の闊歩もここで終わる。そもそも、ここは職員のホームグラウンドなのだ。


 突如として隔壁が一部の通路を封鎖。複数箇所で骸骨兵の流出を防ぎ、これ以上の分散を防ごうとしたのだ。


 そして、戦闘箇所が減れば必然的に戦力を他の地点に割り振る事が出来る。相手もそれは同じだが、遠距離攻撃の手段を多く有する警備部隊の方が軍配が上がるというもの。


 依然として被害者は出るものの、押され気味の戦線は膠着状態に陥り、そして徐々に押し切れる警備部隊も出始めていた。




「――――待たせたな。赤柄隊、これより狂骨共の掃討を実行する」


「同じく風華隊、掃討を行いますわ」




 更に到着する討滅部隊。地上にて数多の妖魔と戦ってきたエリートの帰還に、敵の戦線は大きく瓦解することになった。


 近接戦を得手とする赤柄隊と、遠距離からの術式による攻撃と支援を得手とする風華隊。両部隊合わせて十数名程度でありながら、骸骨兵は一度にその数を何十と減らしていく。




――――誰もが勝てると、この時はそう思っていた。




『――――緊急連絡!!! 敵妖魔の集団が移動中!!!』




 急な連絡に誰もが驚き、戦う手は止めずにその連絡を傾注する。


 基本的に、戦闘中にこのような連絡が入る事自体かなり稀なのだ。それが起きていると言う事は、必ず知らせなければならないほど重要な情報があるということなのだろう。



――――そして、それは緊急連絡が現場にいる者の耳に入るより先に、その姿を現していた。



「……ッ!? た、隊長!!!」



 先頭で戦っていた赤柄隊の盾使いが指を指し向け驚愕の声を漏らす。普段は落ち着いていて動じる事が無いと評価されている隊員の驚愕は、その場にいた隊員達に警戒を促すのに充分であった。


 大量の骸骨兵の更に奥、空っぽである筈の頭蓋骨に青く輝く炎を灯した一体の骸骨が、左手に杖、右手に剣を持ってゆったりと歩いてきている。


 その後ろには骨製の槍や弓を持った骸骨兵が増えており、刀持ちと合わせても倒した数に匹敵する量が後続に控えている。


 だが、そんな事はどうでもいい。その杖と剣を持つ骸骨に見覚えがあるのだから、他の要素など些少なものなのだ。



「こちら赤柄隊!!! 敵妖魔確認!!! この妖魔は――――!!!」








――――Aクラス妖魔【百骨童子びゃっこつどうじ】だ!!!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る