第3話
迫る骸骨の兵士達。その手に持った刀は本来ならば外敵を殺す凶器である筈なのだが、眼前の男を殺すには何故か心許ないと言うしかない。
その男、全くの素人でありながら『狂骨は打撃がよく効く』という知識だけで居並ぶ骸骨の兵士達をパイプで殴殺し、消える前の骨の刀や頭蓋骨を掴み取っては投擲して更に多くの兵士を砕いていく。
何より、その鋭い眼光が骨だけの身体を睨みつけるように一瞥するだけで、感情など微塵も無い骸骨に『恐怖』というもので身を竦まさせた。
「――――後、もう少し!!!」
既に慶治が本体と見定めた個体まで、残り数百mのところまで踏み込んできていた。
背後には何も残らず、砕かれた骨が徐々に塵となって消えていく瞬間が極々短時間の間だけ見受けられる。
ただ、それは骸骨達にとって避けられない敗北の証拠でもあった。相手は一人、対するこちらは既に百人以上。
それなのに、もう既にその百人以上という数字は大きく目減りし、残るは少し広めの通りいっぱいに広がった五十数人程度。
一体何処で読み間違えた? 何処で打ち手を間違えた? 何故ここまで追い詰められている?
陣地の最奥にて迫り来る男を鬼火灯る空洞の眼で捉える。慶治に『本体』と認識された骸骨は、長らく生きてきた骨だけの身体に、疾うの昔に忘れた寒気を感じていた。
カタカタ、と顎を打ち鳴らして杖の石突が地面を叩く。すると、暗い影から白い骨が次々と這い出してきて、その手に刀を持ちながら迫る慶治に向かって駆け出していく。
その最期は鉄パイプの殴打か、投げつけられた骨の刀か頭蓋骨の直撃による爆散か。どちらにせよ、今夜を越えることは出来ないだろう。
滲む汗など無い筈なのに、何故か手に持つ杖が湿ったような感覚を覚える。これが、忘れていた殺されるという感覚だろうか。
――――不意に、全身に凍てつく程の恐怖と喧しいほどの危険を報せる警告が満たされていく。
身体が動いたのは殆ど本能からなる反射的なものだった。このままではマズイと頭を下げ、出来る限り姿勢を低くした。
それが正解だとわかったのは、右に持つ杖の上部から聞こえてきた破砕音のお陰だ。
すぐに軽く見上げれば、持っていた杖の半ばから上が圧し折れ、まるで踏み折った木の枝のようにボロボロになった断面を晒している。
何故こうなったかはすぐに分かった。後方で鳴った金属音。僅かな時間でバッと振り向けば、遥か遠くに男の持っていた鉄パイプが転がっていた。
そう、奴は投げたのだ。未だに骸骨の兵士が残る中で、最大の武器である鉄パイプを投擲してこの首を取ろうとしてきたのである。
あまりにも恐ろしい判断に背骨が凍るような感覚を覚えたが、それもすぐに氷解する。
今の男には武器が無いのだ。あの金属塊に等しいパイプが無くなれば、後は素手の男が残るのみ。
そうなれば、囲んだ骸骨の刀がその身体をズタズタに斬り裂いて屍に変えるだろう。身体に満ちていた恐怖心が解きほぐされていく感覚に、強張りかけた身体も感覚を取り戻す――――
「漸くここまで来たなぁ、骨野郎」
――――ゾッとした。忘れていた恐怖心が訴えるイカれた男の狂気に、世界が動きを緩慢にさせて鬼火灯る双眸がその姿を捉える時間を与えてくれた。
そこには、武器を失った男が五体満足で立っている。周りには、もう三十人程度にまで数を減らした兵士達。
その一人が斬り掛かろうとした瞬間、振り抜かれた右腕が刀を構え……いや、そもそも刀を振り上げようとする前に顔面を粉々に打ち砕いて即座に無力化する。
他の骸骨の兵士も同じだ。斬り掛かろうとした瞬間にあの男の腕がブレたように動き、刃が突き立てられるより先にその拳が頭や肋を打ち抜いて砕いてしまっている。
脳裏を埋め尽くす驚愕。理解出来ないその光景に空っぽの頭の回転がカタツムリのように遅くなるのを感じる。
だが、ここで止まっていては碌な抵抗も出来ぬままに奴に殺される。それが理解していたからこそ、懐から抜き放った骨の剣を両手で構え、その切っ先を奴の胸に突き立てようと駆け出す。
この動きに合わせるように、骸骨の兵士も二人程捨て身の特攻を仕掛けた。すぐに打ち倒される姿も目の当たりにしたが、時間稼ぎとしてなら充分。
既に奴との距離は大きく縮めた。この距離なら、避けるのも間に合いはすまい。
そう思い、筋肉などない骨の身体で渾身の力を込めて己の剣を突き出し――――――
「――――あっぶねぇなぁ」
目の前で、己の剣が折れる瞬間を見た。
理屈としてはとても単純だ。突き出した剣はその腹を横に向けていて、先端に行くに連れ尖る刃は縦方向に向けられていた。
だから、目の前の男は殴ると決めた。迫り来る私ではなく、私の持つ剣の腹を。
私の剣は半ばから圧し折られて刃を失い、衝撃で突き出した腕が右方向へ弾かれる。
慌ててそれを戻そうとした時、今度は左手が素早く下から上へと振り上げられ、戻そうとした右の腕の骨を打つ。
その瞬間、ベキリと右腕が勝手に折り畳まれる。打撃に弱いとは言え、鉄の塊で殴られてもヒビ一つ入らない私の骨が、新しい関節が増えたかのように折れてパタンと閉じてしまった。
「――――とっととくたばれ」
私の左手は動かない。よく見てみれば、手首が砕けたのかダラリと力無く垂れ下がっている。もしかしたら、剣を圧し折られた時の衝撃に耐えられなかったのかもしれない。
そして、左手を見ていた視線を正面に向ければ、背の後ろにまで振り被られた右腕が握り拳を作り、それが一瞬で視界を埋め尽くす。
――――最後に感じたのは、意識も記憶も全て吹き飛ばすような激しい衝撃だった。
振り抜いた拳が本体の顔面を打ち抜く。結構硬い骨をしているのはわかっていたので、そのまま身体を前に倒して握り拳で頭を地面に叩きつけた。
「……よし! 骨が残った!」
ちょっとアスファルトにヒビが入ったが、大半の衝撃は上手く地面に逃がせたらしい。狂骨の顔面は割れたスマホの画面のようにバキバキになり、そこからはピクリと動くことすらない。
右腕の骨も折ったし、左手は手首の骨が砕けたのかまともに動いていない。これならば、仮に死んだふりをしていたとしても噛みつくくらいしかしてこないだろう。
周りに残っていた骸骨共は、本体がくたばったからかあっという間に霧散していた。
「さてと、だ。取り敢えず、パイプ回収してこの骨も片しとくか」
思いっきり打ち込めば顔面どころか頭を粉々に出来ると思っていたが、想像より頭の骨が硬くてそれも出来なかった。
ただ、今となっては砕けなくて正解だったとつくづく思う。もし砕けていたら、破片を拾い集める作業で地獄を見ていただろうからな。
「あ、パイプ曲がってんじゃん。流石に投げたのはマズかったか……?」
狂骨を放置してパイプを拾い上げるが、着弾時の威力や角度が悪かったのかそのパイプはくの字型に曲がってしまっていた。
取り敢えず、今回は武器としての役割はもう無いと思うので、力技で真っ直ぐ戻してから狂骨の骨を担ぐための天秤棒として使おう。
「そういや、回収車って何処にあんだろうな?」
パイプに狂骨をぶっ刺して、骨格標本みたいにカラカラと四肢の骨を鳴らしながら来た道を戻る。
確か、班長は近くに回収車も寄せておいてあると言っていたように聞いていたんだが……
記憶を頼りに思い返していれば、視界の端に見慣れた様式のトラックが停まっている。
「近くの回収車ってコレのことか?」
それは、間違いなく妖魔の死体を回収している研究所の回収車。運転手は不在のようだが、荷台には幾つか骨が見え隠れしていた。
恐らく、コレが班長の言っていた回収車なのだろう。丁度いいので、壊れかけのパイプと一緒に狂骨を荷台の上に放り込んでおく。
これで、後は班長の所に戻っておけば問題は無いはずだ。結構大変な相手だったが、まぁ事前評価通りの低級妖魔だったな。
「――――おぉ!? なんだ、慶治! なんでオメェそっちから帰ってきてんだ!?」
「…………え?」
トラックに戻って早々言われたのはその言葉。詳しく聞いてみたら、班長と先輩は車から降りて右。つまり東側で狂骨を倒していたらしい。
「班長がひって言ってたところまでは聞こえてたんですよ」
「あー……それでオメェ、東側じゃなくて左の通りを走ってったのか」
「一応、一匹は仕留めたんですがね……」
俺が出会ったのは群れから逸れた個体だろうってことらしい。数が多いと数匹逸れることは珍しくないので、割とありふれていることではあるそうだ。
「慶治、パイプ持ってかなかったのか?」
「いや、途中でぶっ壊しました。頭狙って思いっきりぶん投げたら外しちまって、そのまま地面に当たって曲がっちまいましたよ」
「オメェ、ホントに馬鹿力だな……」
「片すの面倒だったんで、停まってた回収車にまとめてぶん投げときました」
「それでいいさ。壊れた道具も向こうで片してくれるって話だからな。今回の慶治の初陣はまぁ程々に成功ってことでいいだろうよ」
取り敢えず、ここでの仕事はこれで終わりだ。班長曰く、次は虎型のデカい妖魔が討滅されたそうなので、そっちの解体を行うことになるらしい。
こうして、俺は初めての妖魔退治を無事に終え、トラックの荷台にケツを何度も叩かれながら、次の現場に向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます