モーニングコール

セン

少女N

カーテンの隙間から光が零れ落ちる。窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。そんな美しい朝の訪れに、目を覚まして隣を見れば、まだ眠っている貴方がいる。

私はゆっくりベッドを出て、朝の支度をする。顔を洗って髪をとき、一つに結わって、エプロンを身につける。この瞬間は毎朝、まるで奥さんみたいね、なんてちょっと浮かれてみる。貴方の影響でパン派になったから、おかずにはベーコンと卵を仲良くフライパンに入れる。

ある程度準備ができて、コーヒーのためのお湯を沸かしたところで、朝に弱いらしく、ギリギリまで起きてこない貴方のために、もう一度寝室へ向かう。

「ねえ、起きて」

夢の中にいるあなたを、いつものように連れ戻す。優しく声をかけたくらいでは、あなたは目覚めないけれど。

「起きてってば!」

「…ぅうん」

「…ふふ、おはよ」

揺さぶりながら声をかけて、ようやく動き出す。枕元の時計を手にとって、時間を確認するやいなや、慌てた顔で飛び起きる。

遅刻しそうになるんなら、アラームでもかけなさいよね、なんて思うけど、起こしてあげるのは私の特権だと思っている自分もいる。

大急ぎで支度をして家を飛び出す貴方の背中に、

「気をつけてね!」

と呼びかけると、黒くて細い目がさらに細くなって、

「いってきます」

と答えてくれる。

いつも通りの日常。いつも通りの朝。なんてことの無い、当たり前の一日だけど、私にとっては何より大事な宝物だった。

____


今日もまた、昨日と同じように支度をして、あなたの元へと向かう。ベッドに横たわる貴方は、毎朝起こしに来る私の気持ちにもなってほしいくらい、ぐっすりと眠っている。

「ねえ、起きて」

どんな夢を見ているのか知らないが、彼はいつも以上に幸せそうな、優しい笑みを浮かべていた。肌の白さも相まって、なんだか儚くて、今にも消えてしまいそうだった。

「起きてよ」

もう一度声をかけてみても、貴方はやっぱり目覚めない。

今日は日曜日。同棲を始めた頃、毎週日曜日は二人で出かけようか、なんて言っていたのは貴方でしょう。

(幸せそうに寝ちゃって)

何度声をかけたところで、静かに眠る貴方は断固として目覚めない。せっかくの日曜日だけれど、デートは諦める。貴方と見たい映画、まだまだ沢山あったのよ。

一人の朝は、心にぽっかりと穴が開いたような、不思議な寂しさがあった。どうせ目覚めないのなら、貴方の隣で私も寝てしまおうか。貴方の夢の中に、私も一緒に入れてくれれば、この寂しさはきっと無くなったのに。

私の起きては、もう届かない。優しく声をかけても、揺さぶっても、もう二度と、貴方が目覚めることはない。

朝日が差しこむ、美しい朝の静寂に、ナースコールの音が響いた。


『モーニングコール』

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モーニングコール セン @sen_nes

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